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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.354 深淵の中へ

 セイランの背に乗って空を舞い、僕達は山脈を一気に超える事が出来た。


 やがて見晴らしの良い上空からの山岳地帯の先には、僕達の目的地である深淵の大穴と思われる、異様にポッカリと穴の空いた真っ黒い箇所が見えてきた。


「あそこに闇の祖精霊が……」


 僕は遥か彼方の闇を見詰めるように目を細めた。

 漆黒と言っても過言では無い程の広大な奈落が山に囲まれている。まるで別世界への入口のようだ……。


「あの中に入るのね……」

「……あまり喜び勇んで足を踏み入れたくはないがな」


 同じく常闇の穴を見つめていたサリアは固唾を呑み、シェーデがそれに続く。深淵の大穴からは、皆それぞれが警戒心を抱く程の得体の知れない圧迫感を放っていた。


「だけど行かなきゃならない。……なに、こちらにはクサビと契約した火と地の祖精霊がいるんだ。きっと闇の祖精霊もその気配に気付いているはずさ。いきなり攻撃されるようなことはないと思うよ」


 アズマが皆を励ますように努めて明るく言い放ってみせる。

 そうだ。僕達は対話しに来たんだ。警戒心を露わにしたままではそれも叶わない。


「精霊の領域が近く、ここから先は不用意に舞えぬ。主よ、ここで降りるぞ」


 深淵の大穴まであと少しといった所でセイランは降下し始める。



 降りられそうな足場を探し、やがて地面に降り立つと僕達を降ろしたセイランは人の姿に変えた。


 ここは深淵の大穴へと至る最後の岩山の中腹辺りだ。ここから先は闇の祖精霊の不用意な警戒心を持たれないよう、自らの足で向かうことになる。


 天候もさほど厳しくなく、山越えの苦労は感じられない程に穏やかなものだ。


 ただ、祖精霊の領域の影響か、妙に静かな空間がそこにはあった。生き物の気配は全くなく、冷たい風が当たる感覚はあるものの不思議と音はないことに気付く。


 神聖さすら感じる完全な静寂がそこにはあった。


「流石の雰囲気が漂っているね。……さあ、気を抜かずに行こうか」

「はい……!」


 アズマは皆の顔を見回してから、先陣を切って歩き出し、僕も後に続いた。



 深淵の大穴を目指して登り、やがて岩山の頂上付近に辿り着くと、ようやくそこで深淵の大穴の全容を確認する事ができた。


 眼下に見えるのは底の見えない漆黒が、どこまでも広がり続いているような光景だ。


「ここから下っていけば大穴に行けそうね」


 サリアはそう呟くと、皆に振り返って頷く。


 もうすぐ闇の祖精霊のところに着くのか。やはり試練を課してくるのだろうか。


 でもどんな試練だろうと、絶対に乗り越えてやるんだ!

 僕の生まれた時代で皆が待っている。その世界を救う為にもなんとしても……!


 緊張感が高まる中、僕達は皆で一列に並んで、深淵の大穴へと足を進めるのだった。




「……近くまで来ると、まるで吸い込まれそうになるね。凄いな……」


 僕達は岩山を下り、ついに目的地である深淵の大穴の入口へと辿り着いた。


 周囲は異常な程に静まり返っており、僕達は風の音もない完全な無音の空間の中に居た。それはまるで闇に音が吸い込まれてしまったのかと錯覚してしまう。


 アズマは漆黒が広がる大穴をを覗き込みながら感嘆の声を漏らしている。


 そんなアズマの声につられて大穴の縁へと近づくと、不意にアグニからの念話が頭の中に響いた。


《彼奴め、闇の中から此方を見ているな。主よ、念の為用心するのだ》

《……わかった!》


 僕はアグニの声に気を引き締め直すと、皆に声を掛けた。


「皆、この先に闇の祖精霊が居るのは間違いないようです。行きましょう!」


「ええ。なら私の飛翔の魔術を使って降りていきましょう」


 サリアはそう言うと大穴に視線を落としながら両手をかざす。


 すると僕の身体を不思議な感覚が走る。今まで何度も経験したサリアの風属性にあたる、飛翔の魔術による感覚だ。この感覚を受けると、自分は飛ぶ事が出来ると確信するのだ。



「よし、じゃあ行こうか」


 アズマはそう言うと大穴の中へ足をかけ、意を決して飛び降りて行った。

 僕達もアズマに続いて大穴に飛び込む。



 大穴に飛び込むと瞬く間に闇に包まれ、完全な暗闇が僕達を包み込む。その闇には邪悪さは感じられず、瘴気とは全くの別物だ。

 

 だがその闇の濃さは計り知れず、上を見上げても、入口から漏れ出ていなければならない陽の光すらも既に通らない。その様子に僕は闇の祖精霊の領域に進入したことを強く実感する。


 すぐ傍で一緒に降りている筈の仲間達の姿も見えない程に闇は濃く、そして静かだ。

 空気の流れる音すらしない静寂に、僕は突然孤独感に襲われて、皆がいるのか不安になった僕はその寂然を破る。


「皆! ……居ますよね……?」


「――はは、勇者も暗闇が怖くなったかな? ちゃんと居るよ」

「こんなモンでビビってんじゃねぇぞッ」

「大丈夫。私もここにいるわ」

「僕もちゃんといるよ」

「…………っ」


 デインの声も微かに聞こえ、皆の声に安堵する。


「主よ、この暗闇ではいつ地面が迫るかわからん。努々用心することだ」

「そうだね……! 気を付けて行こう」


 セイランの忠告に用心を深めつつ、さらに闇の奥へと降下していく。



 ……しかし、警戒していた地面への衝撃は、待てども待てども訪れない。かなりの時間を落下していた僕達は徐々にその異常さを不審に思い始める。そしてそれは確信に変わる――。


「――皆、一旦止まろう! 何かおかしい!」


 アズマの号令に僕達は降下を止めて、その場に浮遊して様子を伺い始める。

 いくらなんでも落ちすぎではないかと言う程に深く降りてきており、僕達の中に大きな疑念と違和感を感じていたのだ。


 僕は念話でアグニとジオに意見を求めようと、彼らを思いながら念じる。

 ……しかし、いつも感じていた、繋がりのような感覚が全くないことに気付いた。念話が届いていないのだろうか。ここに入るまでは通じていたのに……。


「シェーデ、フェンリルと話せますか? アグニとジオに念話が通じないんです」


 僕はシェーデに向けて言葉を投げ掛ける。すると闇の中から彼女の落胆混じりの声が返ってきた。


「こちらも何度も呼びかけているが空振りだよ。おそらくその原因は……」


「……この闇であろうな。先程から酷く居心地が悪いのだ。どうやら我らは完全に闇の祖精霊の領域……つまり腹の中のようだぞ…………」

「腹の中……」


 続けて発したセイランの声が酷く気怠そうだ。その様子からこの闇の空間は、精霊に近い存在に何かしらの影響があるのだと推測する。


「……で、どうすんだよ」


 ウルグラムの吐き捨てるような声が投げ掛けられ、アズマが唸る。


「アズマ、私の神聖魔術で照らしてみましょうか? ここはとにかく暗すぎるわ……」

「そうだね。頼むよ」


 サリアの提案にアズマは頷いたようだった。


 直後、光の球体が浮かび上がり、周囲を淡い光が照らす。サリアの神聖魔術による灯だ。


 その優しい光のおかげで僕達は互いの姿を視認すると、目が合ったサリアが穏やかに微笑んでくれた。


 そしてサリアはさらに、いつの間にか取り出していた杖を携え、さらに魔力を集めていく。


「一帯を照らしてみるわね。びっくりしないように気をつけてねっ」


 そう言うとサリアは杖を掲げて魔術を発動した!


「光よ、遍く照らし安らぎを……『フラッシュ・ディフュージョン』!」


 サリアが唱えた術が発動すると、周囲を照らす柔らかな光が強烈に膨れ上がり、眩い閃光が辺りに放たれた!


 その瞬間、周囲の暗闇が一変する。


 先ほどまでとは比較にならない程に明るい空間が生まれ、僕は目を押さえて眩しさを耐えながら周囲を窺った。


 しかし辺りには、あるはずの地層の壁も何も見えない。まるで何処まで行っても闇に覆われた無限空間のようで、周囲は完全な無の空間だったのだ。


 そしてそんな状況を整理する間もなく、サリアが生み出した光が、周囲の闇に喰い尽くされるかのように再び黒に塗り替えられていく!


「こ、これはっ――」


 その勢いたるや、僕達ごと呑み込まんとするように、瞬く間にその場にいた全員を暗闇が覆っていく。


 闇に覆われた僕は、急激に襲い来る微睡みによって、抵抗すら出来ぬまま為す術なく意識を手放した――。

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