Ep.353 セイラン
僕は蒼龍に近付き、契約を始める。
祖精霊とは違い実体がある蒼龍は、祖精霊のように光となって僕の中に入ってくるといった芸当は出来ない。
だから僕は直接蒼龍に触れることにする。
鱗に触れた手のひらから、蒼龍に向かって僕の魔力が吸い取られているのを感じる。……契約開始だ。
「――皆! クサビに魔力を……え? アズマ?」
行く末を見守っていたサリアがはっとして僕に魔力を送ろうと手を翳した時、アズマはその手を制した。その行動にサリアは驚いた表情を見せる。
「大丈夫。クサビは一人でやってのけるよ」
「……っ。え、ええ……」
アズマは微笑をサリアに向けて首を振り、僕に視線を移すと、ただ見つめて信じてくれた。
それはシェーデも同じだった。ただ頷いて僕を見据えていて、ウルグラムもいつもの不機嫌そうな表情で、腕を組んで僕をただ見ていた。
……デインはサリアとオロオロしていたけれどね。
……でも、今の僕なら出来る。僕がそれを信じている!
僕は皆に応えるように力強く頷いてから、意識を集中させる。
すると、蒼龍の身体から淡い蒼白い光が生まれ、僕の右手に集まっていく!
その光は次第に大きくなると、眩いばかりの輝きを放ちながら僕の左手へと吸い込まれていく!
同時に僕から蒼龍の方へと抜けていく魔力。それは魔力をすべて喰らわんとする勢いだった。
だけど、僕への負担は感じられない。今流れ込んでいく魔力は、アグニとジオの魔力だからだ。
僕は彼らの魔力を操ることが出来ている!
……これなら……!
「『サア、我ガ名ヲ告ゲヨ。ソレヲ以ッテ契約ト成ス』」
蒼龍は厳かに僕に告げる。僕は意識を集中させ、魔力を注ぎ込みながら答えた。
「……君は青き嵐……。セイラン!」
「『……契約成レリ。我ガ名ハ、セイラン――』」
その瞬間、蒼龍の身体が眩い光に包まれ、僕の手から魔力が吸い取られる速度が急激に上がる!
僕は歯を食いしばって集中し、魔力を送り続ける!
やがてセイランの巨大な身体全体が眩い光に包まれていき、そして――。
次の瞬間、眩い光は弾け、辺りを満たした!
――グォォォォォーン!
辺りの空気が震え、衝撃波が広がる!
そして咆哮と共に天高く飛び立ったセイランが、轟音を響かせながら、まるで昂揚を発散させるかのように縦横無尽に空を舞い踊った。
やがて僕達のところへ戻ってきたセイランが、出会った時のように同じく大きな翼を広げ、勇壮な雰囲気を漂わせて大地に降り立ったのだった。
「クサビ・ヒモロギ……我が主よ。我が名はセイラン。これよりは共に翔けようぞ」
セイランは僕の高さまで頭を下げてきてくれて、頭の中に響く音ではなく、今度はちゃんとした言葉を僕に届けてくる。
僕は目の前に差し出されたセイランの頭にそっと手を乗せて、優しく撫でる。
「うん……。よろしくね。セイラン!」
僕は満面の笑みでセイランに語りかけた。
無事に契約を終えることが出来たぞ!
……と、急にどっと疲労が押し寄せてきて、僕はその場に尻もちをついてしまった。
セイランとの契約で、アグニやジオの魔力を使ったとはいえ、僕への負担がゼロとは行かなかったみたいだ。
「お疲れ様、クサビ」
「クサビ、よくやったな。祖精霊の魔力をよく使いこなした」
アズマとシェーデが僕を支えて起こしてくれた。
「ありがとうございます……。信じてくれて」
二人は優しく微笑んでくれた。
僕は二人にお礼を言って起き上がろうとするも、足が震えて立てない。まるで膝が笑ってるようだ。
「あら、大変だわっ。みんな、ひとまず野営の支度をしましょう! クサビはセイランと休んでいてね?」
「そうだな。空が晴れた今、野営場所もすぐに見つかりそうだ」
サリアはそう言うと、素早くテントを張り始め、他の皆もそれに続く。
僕は申し訳ない気持ちになりながらも、セイランと一緒にその様子を眺める。
「主よ、疲れたか? 我に寄りかかっても良いのだぞ」
「うん。ありがとう……そうさせてもらおうかな」
後ろからの声に、僕はその大きな体に身体を預けようとした。
……のだが。何かおかしい。
……背中に感じる感触に違和感。もっと大きなものに包まれるような想像をしていたのだけど……。
それに妙に柔らかい。さっき触れた鱗はあんなにスベスベで硬かったのに。
僕は不思議に思って後ろを振り返った……。
「――――ッ!?!?」
僕はその姿を見た瞬間思わず後退る。
……驚いて心臓が飛び出るかと思った。
なぜなら、目の前にいたそれは、大きな龍ではなく、人間の女性のもので……。
「サヤ……?」
……しかもそれは、僕の一番逢いたかった大切な人。サヤの姿に瓜二つだったのだ……!
僕は目の前の存在が信じられなくて、身体がうごかない。
だってここに居るはずがない……。皆は過去に来れないはずで……。
「どうだ? 我が主。さあ遠慮するな。同じ人の姿ならば良い安らぎになろう?」
「え……。セイラン……なのか……? サヤ……? ええぇ……?」
口調はセイランのもので、姿や声はサヤのものだったから、僕は混乱してしまった。
だが、少しずつ冷静になっていくと、僕は落ち着いて尋ねてみることにした。
「……えっと、セイラン。あの、なんでまた、こんな姿に……?」
僕の質問に、セイランは得意げに胸を張る。
「何故とは異な事を……。この姿が、主が最も求めて止まない存在であろう? 契約の折り、主の記憶が視えたのだ」
「記憶を視たって……。は、初耳だよ……」
僕は驚き、自分の記憶を探る。
……そういえば、契約する時、僕の魔力から何か吸い出されるような感覚が……。
もしかして、その時に記憶を読み取ったのかな……。
僕は少し複雑な気持ちでセイランの顔を見つめる。
「何をしておる。さあ、寄りかかるがよいぞ?」
セイランはサヤの姿でこちらを誘うようなポーズを取って見せてくる。
それを見た途端、僕の顔が急激に熱を帯びていくのがわかった。
「ちょっ……! サヤはそんな事しないし――じゃなくてっ! とにかくその姿をやめてくれぇ〜!」
僕の顔を真っ赤にした必死の要求は、仲間の皆にも聞こえてしまったようで、皆がこっちを見る気配がして、人に変身したセイランを見て皆が驚いていた。
そしてセイランが取ったサヤの姿について、野営中サリアを筆頭にシェーデ、アズマまでもが追求してくるのだった……。
ひとしきり追求された後、夜は更けてその翌日。僕達はセイランを交えて話し合う。
セイランは龍の姿のままだと色々と不都合もあるだろうと、普段は人の姿を取ることにしたようだ。
ただ、サヤの姿はいろいろと落ち着かないので、別の姿にしてもらうことにした。
セイランが取った人の姿は、褐色の肌に深い青の長い髪をなびかせた女性だ。
瞳の色はまるで彼女の瞳が空のようにも見える。
外見は自由に変えられるようだが、何故その外見なのかと聞いてみると、僕の記憶を参考にして、僕の好みに近い姿にしてやった……らしい。なんだか無性に恥ずかしい……。
蒼龍らしい色合いを除けば、確かに体型はサヤに近いかもしれない……。
セイランは姿を自在に変えられるが中身は龍。それ故にその力は計り知れない。
その力は周囲の天候を操るほどに強大であり、祖精霊には及ばすとも、フェンリルと同等の力を備えているのだ。
頼もしい仲間を加えることができて、僕達は大いに喜んだ。
……そしてさらに僕達にとっての僥倖があった。
元来平穏を好むフロストドラゴンのセイランは、ここ一帯の山脈を縄張りとし、魔物や人間が寄り付かぬよう、常に天候を荒れさせていた。ここまでの悪天候をもたらした張本人だったのだ。
天候を操るということはつまり、吹雪に出来るのなら逆に晴らすこともできるという事だ。
天候が良好になれば飛行も可能となる。
極めつけにここからの道程は、龍の姿に戻ったセイランの背に乗ってひとっ飛びときた。龍の背に乗るという貴重な体験が出来たとアズマも心を躍らせていた。
結果僕達はセイランとの出会いの末、ここまで辛かった山越えが嘘のようにサクサクと進む事になり、僕の心は弾むばかりであった。




