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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第3章『封印の剣』
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Ep.352 天を穿つ咆哮

 突如現れた蒼龍は、ワイバーンやドレイクといった竜種とは一線を画す、圧倒的な威圧感を放っている……!


 ――この龍は……強いっ……! きっとこれまで戦ってきた魔物のどれとも比較にならない程の……。


 その勇壮たる翼を広げた蒼き龍を前に、僕の直感が警鐘を鳴らし、生唾を呑む。

 僕はただ、気圧されぬようにと相手を見据えるのみで、声を発する事すら隙になってしまいそうで、何も出来ずにいた。

 

「フロストドラゴン……! それも長い時を生き抜いた種のようだな……ッ」


 シェーデが驚愕に目を見開きながら、警戒を露わにしながら剣と盾を構えて、遭遇の不幸を吐き捨てるかのように呟いた。


 そんなフロストドラゴンは殺気の孕んだ視線で僕達を一瞥した後、その口を開いた!


 ――ブレスが来る……ッ!?


 僕は咄嗟に身構える!



 ……しかし、放たれたのは咆哮ではなく、重々しい声のような音だった。

 その音は耳朶を打つ。


「『――人間ヨ、我ガ領域ニ何ノ用ダ』」


 耳では判別できない、言語のような音が鳴り響く。しかしその言葉の意味は、何故か頭の中に流れてくる……。


 会話を可能とする程に知能を備えた魔物。


 僕は警戒を継続しつつ、戦意を保ったまま殺気を抑える。



 そこにアズマが一歩へ出て、剣を収めて蒼龍に話しかけた。


「龍よ、平穏を乱した事を謝るよ。……僕らは、この山脈を越えたいだけなんだ」


 アズマは両手を上げて、敵意が無いことを示しながらそう言って蒼龍を見据える。


 蒼龍はそんなアズマを視線で射抜くと、暫しの沈黙の後、再び口を開いた。


「『コノ先人間ハ居ラヌ地ゾ。何故ダ?』」


 アズマは一度僕の方に目を向けてから、蒼龍に答える。


「この先の深淵の大穴に向かう為だよ。僕達は闇の祖精霊に、なんとしても会わなければならないんだ。この世界の脅威の為に」


 アズマは淀みない口調で蒼龍に告げる。

 蒼龍は目を細めてアズマを見据えた後、次に僕達を見据えて言葉の音を僕達の頭の中に響かせる。


「『解セヌ。邪悪ナル根源、魔ノ長ハ封ゼラレ、脅威ハ去ッタデハナイカ。何ノ脅威ガアルト?』」


 蒼龍の問いに、アズマが首を振る。


「……確かに僕らは魔王を封印する事には成功したよ。この先この世界は平穏へと向かっていくのだろうね。……でも、それは永遠じゃない」


 アズマは言葉を選ぶように慎重に言葉を紡ぎ、蒼龍の目を見た。


「『……』」


 蒼龍は黙したまま、アズマの言葉を聞いている。

 アズマはその様子に気付くと、意を決したように言葉を続ける。


「魔王は500年の先で復活し、再び世界を混沌に包むよ。……僕達はそれを知っている」

「『戯言ヲ。短命種タル人間ガ、未来ヲ見通セルトデモ言ウノカ?』」


 蒼龍は嘲るように嗤うと、ぴたりと止んでアズマを睨み付けた。


 しかしアズマは臆することなく頷き、僕に振り返った。


「……そこの彼がその証さ。彼は500年の先の未来から来たのだからね」


 アズマの視線を受けた僕は、蒼龍に向き直り頷く。


 蒼龍は訝しむような視線を向けて僕を見据え、無言のまま僕を見つめた。


「『何ヲ言イ出スカト思エバ……。ソレヲドウ証明スル?』」


 蒼龍は疑いの眼差しを僕に向ける。

 僕は緊張しながらも、蒼龍の瞳を真っ向から見返して答えた。


「……この剣を見てください。勇者アズマの持つ剣と、まったく同じ物です。本来二つと存在しない、解放の神剣です」


 僕は鞘から剣を抜くと、蒼龍に見えるように掲げてみせ、アズマも同じように自身の剣を抜いて掲げた。


 蒼龍の眼前に、精霊暦の勇者の解放の神剣と、太陽暦の勇者の解放の神剣が揃い、それは刀身に同じ煌めきを見せた。


 それを見た蒼龍は目を細め、唸り声を上げる。何らかの興味を示したのだ。


「『ソノ剣、ソノ力ハ……』」


 蒼龍の低い唸り声が、僕の腹の底を震わせる。



「――永き時を生き、我ら精霊と同格の存在となりし龍よ。貴様にもその剣の特異性は感じられよう。これが容易く複製できるような代物ではないことも」


 突然、僕の後ろから、声が響いた。


 正しくは僕の右後方に居るシェーデの隣。その声の持ち主は、白銀の毛並みを煌めかせた、狼の姿をした精霊フェンリルだ。


 その声は威厳に満ちた重厚な響きを帯びて、辺りに響き渡る。


「『……貴様ガ、我ガ領域ニ参ズルカ』」


「我とて好んで訪れはせぬ。しかし止むを得ぬ。そこの勇者が言う、脅威を払うには必要なのだからな。……だが解を誤るな。貴様が最も尊ぶ平穏を乱す思惑を持ち合わさぬ」


 フェンリルと蒼龍が言葉を交わす。


 その会話の裏で、僕はシェーデに視線を送ると、不安そうな僕の思いを察したのか、シェーデがフェンリルの背の毛並みを撫で、蒼龍を見据えながら呟いた。


「穏便に頼むぞ?」

「……任せておけ主よ。この龍は知己ぞ。平穏を乱さぬ限り争いにはなるまい」


 フェンリルはシェーデの頼みを聞き入れると、蒼龍に向き合った。


「『ヨカロウ。ナラバ貴様の話ヲ聴イテヤロウ』」


 そう言った蒼龍が長い首を天へと向け、息を吸い込んだ。フェンリルも同じように大きく口を開くと、蒼龍に倣って喉元まで息を吸い込んだ――。


 ――――ゴォォォォォォォッ!

 ――――ウオーーーーーンッ!


 ――そして次の瞬間、同時に咆哮をあげた!


「うわぁっ!」


 二体の咆哮が重なり合い、激甚な音を放つ。

 その咆哮は天を穿ち、真っ白に覆っていた厚い雲を吹き飛ばし、暗夜に瞬く星々が姿を見せる。


 凄まじい咆哮に大地は震え、僕達は耳を塞いでその場に膝を付いた!



 ……咆哮が止むと、そこには静寂だけが残された……。


 すっかり周囲の吹雪は止み、見晴らしの良い光景に包まれていた。


 そして、ゆっくりと蒼龍の首が僕に向き、興味深げに僕を見据える。


「『ナント其方……ソノ様ナ数奇な運命ヲ背負ウテオルトハ……』」

「えっ……?」


 僕は急に敵意を霧散させた蒼龍の言葉が理解出来ず、呆気にとられた。


 蒼龍はしばらく僕を見詰めていたが、やがて僕を見定めるように頷くと、こちらに向き直った。


「『解ガ追ワヌカ? フェンリルヨ、言ウテヤレ』」


 蒼龍の言葉に、フェンリルは鼻を鳴らすが、僕を見据えて頷いた。


「我らは互いの咆哮で、語るよりも多くの事を伝えあったのだ。この咆哮に偽りは乗らぬ故に、語られるは真実のみ」


 要するに、さっきの遠吠えは彼らなりに腹を割って話し合うために必要な事だった。ということだろうか。

 嘘を付けない。これ以上の説得力はない。


 僕は改めて、蒼龍に向き直る。


「僕達の言葉を信じてくれるのですか?」


 蒼龍は僕の問いに、一度だけゆっくり瞑目した。僕はそれを是と解釈する。


「『ソシテ、平穏乱サレシ未来ガクルノナラバ、我モ其方ニ力ヲ貸ソウ』」


 その言葉に、僕達は驚きの声を上げる。

 願ってもない申し出だ!


 これにはアズマもサリアと安堵しながら笑い合い、僕の肩に手を乗せてくれた。


 僕は感謝の意を込めて深々と一礼した。


「ありがとうございます! 心強いです!蒼龍さん!」


「『ソウリュウ、カ。……否。我ガ名、其方ガ刻ムガ良イ。――契約ゾ』」


「ええっ! け、契約っ!?」


 魔物と契約って……出来るの……?!


 と、突然の申し出に僕が驚いていると、フェンリルが僕に呆れたように、しぶしぶ説明してくれる。

 ……どうやら主であるシェーデ以外の為に動くのは面倒なようだ……。


「……先程聞いていなかったのか。奴は我ら精霊と同等に永く生きた。その魂は洗練されもはや魔物に非ず、精霊と同格の存在へと変ずるに至ったのだ。故に契約も可能だろう」


「なるほど……。あ、ありがとうございます……フェンリル」

「ふん」


 フェンリルは鼻を鳴らすとシェーデの隣に戻っていく。するとシェーデに撫でられて、表情は無反応だったが、尻尾は嬉しそうに振られていた。


 ……なんだか微笑ましい。



 僕はその光景にほっこりとしてから、蒼龍に向き直る。


 この龍と契約を……。おそらく魔力は相当持っていかれるはず。


 だけど、今の僕には心強い仲間がいる。アズマ達もだが、僕の中に宿る、契約した祖精霊達だ。


《アグニ、ジオ。二人の魔力を使わせてもらうよ!》


 僕は意識を集中して二人に念話を送る。


《お安い御用さ〜!》

《うむ。遠慮なく使ってみよ、主よ》


 すると二人は快く応じてくれた。


 ……よし。行くぞ!


 僕は頷き覚悟を決めると蒼龍の前に歩み出て、左手でその美しい鱗に触れるのだった……。

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