Ep.351 凍える山の猛威
数時間ほどが経った頃……。
激しい吹雪に晒されながらの登山は続いていたが、僕達の足取りは徐々に重くなり、想定よりも遅々としていた。
それも無理からぬ事なのだろうか、フェンリルによる防護魔術が機能していてもなお、吹き荒れる吹雪は容赦なく僕達に襲い掛かってくる。
それにより防寒……いや防氷と言うのが正しいか、それに備えた装備を纏っていても体温は奪われ、既に手足の先は感覚が無くなり始めている。
難航する要素には、加えて道なき道を進んできたのも影響しているだろう。
重い雪が積もった足場の悪い岩山で、しかも吹雪の中での登山だ。体力は削られ、疲労は蓄積され続けている。
そして気を抜けば足を滑らせて滑落する危険性だってあり、精神面での消耗も激しい……。
……とても人が進めるような環境ではないのだ。
だが闇の祖精霊が居るという深淵の大穴へは用意された道などなく、こうするしか道は無かった。
「皆ッ! 風を凌げそうな岩陰を見つけた! そこで休憩を取るぞッ!」
先頭のシェーデの声が、雪風に混じって聞こえる。
僕はその言葉を聞いてホッとすると共に、疲労を自覚した。
身を寄せ合えば全員が凌げるくらいの広さの岩陰に、僕達は入り込むようにして身体を休める。
そして僕は左手を前に差し出し集中すると、炎を生み出し目の前の地面に置くように放った。
この炎はアグニの炎だ。普通の火とは違い、意図的では無い限り簡単には消えはしない。
周囲に優しい温もりが広がる。さらにフェンリルの防護魔術が周囲を包み込み、暖気が籠り始める。
皆は炎に縋るようにして身を寄せ合って暖を取ると、皆の表情にはどこか安堵の色が浮かんでいた。
「だいぶ精霊の力を引き出せるようになってきたようだな、クサビ。……この炎は有難いな」
隣に座ったシェーデが僕に微笑みかけてくれた。
「なかなか消えないから薪要らずというのもいいね。こんなところで普通に火を付けるには、きっと苦労したはずだよ」
アズマもそう言って労ってくれる。
「ええ、本当に……。暖かい……」
アズマの言葉に、サリアは炎を見つめながら頷く。
「アグニとフェンリルに感謝ですね……。僕も皆の役に立てて嬉しいです」
僕は謙遜気味に頷き、心の内の照れを隠す。
……といっても、皆の為になっているのが実感出来て、つい口元が緩んでしまったのだけど。
「ほら、皆デインを見てくれ。凍えて言葉も出ないようだしね!」
アズマはそんな僕を見てふっと笑みを浮かべると、横に座るデインに肩を置いてわざとらしく明るい口調で軽口を叩いていたが、その視線はチラリとウルグラムに向いていた。
「……ソイツは元々喋らねぇだけだろうが」
ウルグラムは鼻を鳴らしてアズマの視線を避けるように明後日の方向を向いて吐き捨てる。
「はははっ。ウルも大丈夫そうだ」
アズマは肩を揺らし笑う。
……そうか、今の茶番は、皆の状態を確認するためのアズマなりの気配りなんだ。
勇者だからとか以前に、それはアズマの人柄なのだろう。僕も見習いたいと思う。
……ちなみにデインは本当に凍えきっていて、ぷるぷると小刻みに震えていたので、その後皆で暖を取ろうと彼を囲み、皆で寄り添って暖を取りながら休憩を取ったのだった……。
「――シェーデよ。風が僅かだが弱まってきたぞ」
僕達が休息を取っていると、フェンリルは顔を雪風に向けたまま、シェーデに報告する。
その声を聞き、シェーデは立ち上がった。
「分かった。では休憩はここまでにしよう。行くぞ」
「ええ。皆、ここからも十分用心して進みましょうっ」
シェーデの言葉に反応して立ち上がったサリアに、僕達も一斉に立ち上がり再び登攀を開始した。
隊列は変わらず、先頭はフェンリルとシェーデ、次いでアズマ、僕、デイン、サリアそして最後尾のウルグラムだ。
ひとまず山頂を次の野営場所と定め、僕達は慎重に目指す。
休憩を取れたのが功を奏したのか、緊迫した雰囲気は和らぎ足取りは軽く、足場の悪い山登りにも慣れてきていた。
さらに、吹雪も風の勢いを弱めている。このまま最初の一山を突破したいところだ。
僕は意気揚々と登っていく仲間を視界の端で捉えながら、気を引き締めて進むのだった――。
「――クサビ、さあ手を。気をつけて……」
「よっ……と。……サリア、ありがとう」
道中行く手を塞ぐ岩に身を乗り上げた僕は、差し出されたサリアの手を借りて登りきる。
僕も同様にこれから登ってくるデインに手を差し伸べてやり、こうして全員が無事に登りきったのを確認しながら、僕達はようやく最初の山の頂きに辿り着いた。
休憩から数時間経ち、周囲は既に暗く、厳しい寒さは更に増していて視界は悪い。さらには、足場は悪くないものの吹きつける風は鋭さを増していた。
「くっ……吹きさらしではさすがに凍えてしまうな。早く野営に適した場所を探そう」
アズマの声に皆は頷いて、どこか陰になりそうな場所を探そうとした。
……その時だった。
「――ッ! オイ! 全員構えろッ」
鋭い叫び声を上げるウルグラムの声に、僕らは慌てて武器を構える。
直後、大地を踏む重々しい音と同時に足元が揺れる。
地震ではない。何かが地面を踏みしめたのだ。
巨大な、何かが。
そう認識した瞬間、激しい風圧が巻き起こると周囲の吹雪が吹き飛び視界が開ける。
そんな芸当を成した蒼き翼を大きく広げ、こちらを鋭い眼光で睨み付けるその存在に、僕達は戦慄と共に身構えた!
……目の前に現れたのは、美しい蒼色の鱗を全身に纏う、巨大な龍だった――。




