Ep.349 先駆者を訪ねて
ウルグラムとの鍛錬の後、僕はカイゼル邸の裏庭に留まったまま、自身の魔力を回復させる為に、座り込んで体を休めていた。
祖精霊の魔力を引き出す為にいろいろと試してみるも、深く集中していれば可能なのだが、自然な状態となると如何せん難航してしまう。
何か良い方法はないものか……。
と、今僕は頭を捻りながら唸っている……というわけだ。
そうしてしばらく悩んでいると、そんな僕のもとに、一人分の足音がこちらに近付いてくるのに気付く。
草を踏みしめる音が軽い。その人物の正体に目星が付いていた僕は、振り返らずにその足音の主の名前を呼んだ。
「サリア?」
「……あら。大正解よっ。おはよう、ハクサ」
振り返った先には、微笑みながら僕に手を振るサリアの姿が目に入った。
サリアは手に籠を抱えていた。どうやら朝食を持ってきてくれたみたいだ。
彼女は僕の隣に腰を下ろした。
「おはようございます、サリア。……それは?」
「朝ごはんよ。朝食に貴方だけ来ないんだもの。それでウルグラムに聞いたら、ここにいるだろうってね? ……はいっ」
サリアはそう言いながら僕にサンドイッチの入った籠を渡してくれる。
僕はありがたくそれを受け取った。すると急に腹の虫が騒ぎ出し、食欲が湧いてくる。
「ありがとうございます! ……頂きます」
「ふふ、召し上がれっ」
サリアはニコニコしながら僕の食べっぷりを楽しそうに見詰めてくる。
……なんだか気恥ずかしくなってきてしまった。
「そういえば、さっきはうんうんと唸ってたみたいだったけれど、どうかしたの?」
サンドイッチを食べ終わった頃を見計らってサリアが尋ねてきた。そこも見られていたようで、少し恥ずかしさを覚える。
だが相談に乗ってもらうのもいいだろう。普段穏和なサリアも強大な力を持つ魔術師だ。魔力のことに詳しいかもしれない。
そう思い至り、僕は今考えていたことを彼女に相談してみることにした。
「……実は――」
僕が説明を終えると、サリアは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
そして申し訳なさそうに口を開く。
「うーん……。ごめんね? 召喚精霊の魔力の引き出し方については、あまり詳しくないの……」
そう言われてしまっては致し方ない。サリアだって万能ではないのだから。
僕は首を振って答えた。
「いえっ! ……すみません、突然こんなことで」
「ううん。力になれなくてごめんなさいね……。――あ、でもシェーデならもしかしたら知っているかもしれないわっ。ほら、彼女はフェンリルと契約しているもの!」
明るい表情に返り咲いたサリアの言葉に、僕は天啓を得たとばかりに目を見開いた。
確かにそうだ……! シェーデなら何かしら知っているかもしれない!
僕は善は急げと勢いよく立ち上がると、サリアに頭を下げた。
「サリア! ありがとうッ! 早速聞いてみますっ!」
「ふふっ。シェーデなら自室にいるはずよ〜」
「はい! 行ってきますッ! あっ! サンドイッチご馳走様でしたー!」
僕は元気よく返事を返すと、笑顔で手を振るサリアの元より早々に駆け出して、カイゼル邸に戻るとシェーデがいる部屋に向かった。
扉の前に着くと、僕は遠慮がちにノックを行い、ドアの向こうのシェーデに名乗る。
「ああ、入っていいぞ」
中からシェーデの声がしたので、僕は遠慮なくドアを開ける。
そこには、椅子に座って優雅な所作でカップを傾けるシェーデの姿があった。
流石元王族。動作の一つ一つが洗練されていてとても絵になる。思わずその美しさに目を奪われた。
普段のアグレッシブに戦う姿の方が見慣れていた僕にとっては新鮮な印象だった。
「ふっ。いつまでそうしているんだ? こっちに来ていいんだぞ」
つい見惚れてしまっていた僕に、シェーデはクスリを笑い、椅子を勧めてくれる。
僕はハッと我に返って部屋に入り、椅子に腰掛けて向かい合った。
「それで、どうしたのだ? こんな早くから」
「す、すみませんシェーデ。相談があって……」
僕は先程サリアと話した内容を、掻い摘んで彼女に説明した。
それを聞いたシェーデは、顎に手を当てて考え始める。
「――なるほど。精霊の力を引き出すために私がしている事を教えて欲しい、と」
僕は期待を心の内に抱きながら頷いた。
シェーデはこの北東大陸の守護精霊である、白銀の狼の姿をした上位精霊フェンリルと契約している。
今までの旅の中で、シェーデは度々フェンリルを呼び出していたが、今思えば召喚時に彼女が疲労する様子はなかった。
シェーデはもしかしたら、召喚に必要な魔力を自身からではなくフェンリルから引き出していたのでは。もしそうならその術を伝授してもらえれば……。
「はい。アグニやジオの力を引き出せれば、きっとこの先大きな助けになってくれると思ったんです!」
僕は熱意を持って彼女に訴える。
「くっ……ははははっ」
すると、シェーデはそんな僕の様子を見て声を上げて笑って見せた。……何かおかしなことを言っちゃったのだろうか?
「……いやすまない。あまりにも必死なものだから思わずな。……うむ、いいだろう。教えてやろうじゃないか」
シェーデは口元を手で隠して、笑いを噛み殺しながら了承してくれる。
彼女が笑う理由に少し引っかかりつつも、僕はホッと胸を撫で下ろして、彼女の言葉の続きに耳を傾けた。
「なに、理解してしまえば至極簡単な事さ」
シェーデはカップの紅茶を一口含むと、ニヤリと笑う。
僕はきょとんとしてしまう。
「魔術を行使する時、君はどのように具現させる? 頭の中にイメージを思い描くはずだ」
シェーデは僕に見本を見せるように、右手の人差し指を立て、その先端に氷の結晶を発生させては消してみせる。
僕は頷きながら彼女の言う事に耳を傾けた。
「召喚もそれと同じなのさ。イメージを変えるだけで、魔力の流れは容易く変わる」
「……ど、どういうことですか?」
僕は頭の中が混乱し始める。召喚と魔術を使うのでは勝手が違う。魔術はイメージを構築して発動させるけど、召喚は精霊に頼んで呼び出すものだ。僕には召喚魔術とイメージが結び付くことが出来ないでいた。
僕はシェーデに浮かんだ疑問をそのまま伝えた。
するとシェーデにまた笑われてしまった。
「くふふ……。本当に、性格の違いとは時に難儀を呼ぶものだな、興味深い。……つまりだな、まさにそれなのさ。考え方の違いだよ」
「……考え方の違い……ですか?」
僕は首を傾げて問う。
シェーデは優雅にカップに口を付けて喉を潤した後、不敵な表情で僕を見た。
「君は召喚する時『お願い』をしていないか? だが私の場合は『命令』をしている。……この違いが、わかるかな?」
僕はその言葉に衝撃を受けた。
なんてことは無い、それは本当に些細な違いだったのだ。
そうだ。僕は以前、水精霊のシズクを召喚する時は『頼んで』呼び出していた。精霊には意思があり、生きているが故にそうするのが当然だと思い込んでいた。
僕はその事に疑問を抱くことなく、無意識に行っていたのだ。だから召喚時に必要な魔力を自分の中から補う結果になった。
だがシェーデは違う。彼女は契約者。つまり契約した精霊の主である。主という権限を行使して、精霊に対し『命令』することでその力を使わせている。
そうすることで彼女は魔力を消費する必要がなく、さらには精霊から魔力を引き出して使用することが可能なのだ。
シェーデの言葉の意味が、そこでやっと腑に落ちる。
僕は天啓を得たとばかりに目を輝かせてシェーデを真っ直ぐに見詰めた。
「僕、今まで精霊にお願いする事がなんだか悪い気がして、その考えに凝り固まっていたんですね……!」
僕の言葉に、シェーデは満足げに頷く。
「ああ。私とは正反対な性格だよ。私は傲慢だからな。ハナから命じていたものさ、ふふっ」
彼女は口角を上げながら自虐的に茶化して見せる。
僕はそんな彼女に苦笑い。
「君も少しは傲慢になるといい。……さて、悩みは解消出来そうだな?」
「……はい! ありがとうございました! 早速試して見ますね!」
僕は椅子から立ち上がると、感謝の意を込めて深々と一礼してから部屋を出ようと踵を返した。
「ああ。力になれたのなら良かった。また何かあればいつでも来るといい」
僕は振り返り、満面の笑顔で頷き返す。
「はい!」
そして今度こそ僕は部屋を出て、早速試してみたくて逸る気持ちのままに外へと駆け出して行ったのだった。




