Ep.344 再び始まる旅
旅立ちの日を翌日に控えた僕達は、ゼクストさんの工房で、今までのお礼と別れの挨拶に赴いていた。
と言っても一緒に来ているのはアズマとサリアと僕だけだけど。
工房に入るとゼクストさんが作業をしている姿が目に入った。
「おう。なんじゃお前らか。何の用じゃ」
ゼクストさんは僕達の姿を確認すると、作業を中断してこちらを向いた。相変わらずぶっきらぼうな態度だ。
僕は彼にこれまでの感謝を伝えようと口を開いた。
「……ゼクストさん。義手を作ってくれてありがとうございました! おかげで旅を再開することが出来ます! これからも修練を積んで義手の動かし方を身につけて行きますっ!」
「なんじゃ。わざわざそんな事を言いに来おったのか? これからはお前さん次第じゃ。……作業の邪魔じゃ。わかったらとっとと行ってしまえ」
ゼクストさんはそう吐き捨てながら作業に戻って行った。でも僕はその言葉の中に込められた優しさが感じ取れた気がした。
ゼクストさんらしいな、と思い苦笑した僕は、ゼクストさんの後ろ姿に深く頭を下げて、アズマとサリアと工房を後にした。
「なんだかあっという間の挨拶だったわね」
工房を出て街へと戻る途中、サリアが控えめに微笑みながら呟くと、僕とアズマは頷いて彼女の言葉に同意を示した。
これまででゼクストさんの人となりと知った僕は、こうなる気がしていたけれどね。
「ははは、僕には彼が少し照れているようにも見えたけどね」
アズマの冗談混じりの言葉に僕とサリアは笑い合う。
……ゼクストさんには本当に感謝しかない。僕の目的を果たすためには不可欠なこの義手には、僕の想いだけではなくゼクストさんの情熱も込められているのだ。
完成まで一ヶ月。思えばあっという間だったけど、濃密な一ヶ月でもあった。
試行錯誤しては失敗し、また挑戦しては失敗しての繰り返し。
そんな苦労を重ねてようやく完成に漕ぎ着けた時の達成感は、ゼクストさんが病み付きになる気持ちが少しわかったようで、さらに嬉しかった。
本物の腕は無くなってしまったけれど、この義手はゼクストさんとの思い出が詰まってる。また誰かの助けによって、僕は僕で居られるのだと強く感じる。
――また頑張ろう。
街外れの長い小道に吹く涼やかな風を感じながら、僕は新たな決意を胸に抱いて、アズマ達と人で賑わう街へと戻るのだった。
それから僕達3人は、このシュミートブルクのガイン族長のもとへ、出立の挨拶に向かった。
そして族長の居所、族長館の玉座に座るガインさんを前で、僕達は頭を下げて面会の謝意を示した。
「――そうですか。もう行ってしまわれるのですな。このひと月、勇者様方には多大な助力を賜ったと、民達からの声が届いておりましたぞ! 感謝致しますぞ!」
僕達の挨拶を受けた族長は立ち上がると、僕達の所までやってきて僕達に礼を述べ、握手を交わす。
「こちらこそ、ツヴェルク族の文化に触れる機会を得られて良かったよ。生み出される武具もどれも目を引くものばかりで楽しかったしね」
アズマはにこやかに族長に返すと、僕もサリアもそれに倣って笑顔で頷いた。
「んほおぉー! 勇者様直々のお褒めの言葉! このガイン、あまりの嬉しさに感極まりますぞーッ!」
族長はアズマの褒め言葉を受けて、涙を流しながら歓喜に打ち震えている。
どこかポルコさんぽいところを感じる。ツヴェルク族は元気いっぱいな人が多いのかな。
と、考えているうちに、ガインさんは調子を取り戻したようで、玉座に座り直していた。
「では、明日行かれるのですな? ならば今宵はささやかながら、この族長館にて宴を開かせていただきたい! 存分に英気を養ってくだされ!」
「ありがとうございます、ガイン族長さま。仲間も喜びます。有難くお受けさせて頂きますねっ」
サリアが族長の提案に快諾の意を示すと、僕達も頷いた。
こうして僕達のシュミートブルク滞在最後の夜は、ガイン族長主催の下、盛大に行われることになるのだった――。
……そして楽しい時間は瞬く間に過ぎ、新たな一日が幕を開ける。
昨夜はガイン族長主催の下、豪華な料理やお酒などが振る舞われ、僕達は大いに盛り上がり、楽しい時間を過ごすことが出来た。
僕達は、朝日に照らされる出口門の前で、いよいよ出立の瞬間を迎えていた。
この一ヶ月の間で族長のガインさんを始め、仲間がそれぞれ友誼を築いた街の人達が見送りに来ていて、皆が軽く声を掛けている。
ゼクストさんは……と僕も見渡してみるも、その姿は見られなかった。
ゼクストさんらしいなあ。そう思い苦笑していると、ガイン族長が街の人達を代表して一歩前に出てきて口を開いた。
「勇者様方の旅立ちの見送りを、我らツヴェルク族を代表してお見送り申し上げますぞ! どうぞお気をつけて!」
ガイン族長が僕達に一礼した後、街の人々が一斉に歓声を挙げ、僕達はそれに笑顔で応えつつ、門を潜る。
「勇者様方! またいつかお越しください! お待ちしてますから!」
この街に来た時にも門番をしていたナッツさんが元気に手を振りながら僕達に激励の言葉を送ってくれた。
僕達はそんな街の人達の声を背に受けて、槌と鉄の都を後にしたのだった。
「さあ、目指すは北東大陸だ。次の祖精霊に会いに行こうか!」
「はいっ!」
アズマの言葉に皆は頷き、僕は元気よく答えた。
祖精霊を巡る旅がここに再開され、僕達は意気揚々と大空へ飛び立つのであった……。
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜 過去編
第2章『再封印を成す為に』 了
次回 第3章『封印の剣』




