Ep.336 Side.C 軍議にて
「――ふむ。そうか、わかった。……やはりそうだったか」
「ええ……。この先の戦いも、より厳しいものとなりますわね」
黎明軍の幕舎にて、我は各方面よりもたらされた情報を、アスカや中隊指揮官達と共に分析する為軍議を開いていた。
その中には初日の戦いを終えた翌日の夜から始まった魔族軍による夜襲の戦闘報告も含まれていた。
昼夜問わずの魔族軍の襲撃に、帝国軍と我ら黎明軍に蓄積する疲労は目に見えて増している。
その疲労の影響は決して楽観視は出来ず、我が軍内の士気低下や負傷者の増加という悪影響は如実にして現れた。
連日繰り返される戦闘に、疲れた表情を見せる者も散見され、打開する手立てを模索しなければならなかった。
初戦の戦いを凌いでからというもの、数にものを言わせて魔物を差し向けていた戦術とは、明らかに奴らの動きが違っていた。
我らは敵の指揮官が変更されたのではという目測を付けていたが、斥候部隊からの報告によりそれが確信に変わる。
「ニュクサール剣少尉、敵の指揮官の姿は見たか?」
我は斥候部隊の隊長を務めていて、黒に統一された出で立ちに色黒肌で黒髪黒目の男、ノクト・ニュクサールに問い掛けた。
「……はい。以前偵察した魔族とは別の魔族を確認しています。姿も人間により近く、背中に大きな黒い羽と、頭には赤黒い角。そしてその手には大きな鎌も持っていました」
我はその報告を受けて顎に手を抑え思案に走る。
「……ベリアルか」
その名を初めて伝え聞いてから、さほど時は経っていない。
魔族領とファーザニア共和国との境界で勃発した戦いにおいて確認された、魔族の幹部の名だ。
同じく魔族幹部リリスと共に現れたその魔族は、圧倒的な武力でファーザニア兵を悉く血祭りに上げたという。
そして以前我々が対峙した、守護精霊であった白銀忠狼フェンリルをも打ち破る程の力を持っている。
――魔族の幹部の前では我々は無力に等しい――
と九死に一生を得た共和国大統領リリィベル・ウィンセスは意気消沈した様子で語ったのだ。
……今回現れた魔族は、その時出現した魔族の特徴と合致する。
我の呟きに一同がざわつきを見せ、不安そうな表情を浮かべていた。
「……チギリ魔大将、魔族幹部の力は、その場にいた兵を含め、加勢したSランク冒険者を全滅させる程です。何か策を練らねば、我々に勝機はありません」
我が総大将隊に属する『裂海』のリーダーであり我の副官を務める、シン・ウォーロードが苦言を呈した。
――だが、その苦言を受けつつも、我は内心ではニヤリと笑みを浮かべていた。
何故なら魔族幹部を引っ張り出す事に成功したのだから。つまり奴らはこの戦場での我々を脅威として認識したということだ。
それは元よりの我が使命である、勇者の囮としての役目を果たせているということからの笑みであった。
……だがその使命成就が進むにつれ、命を落とす可能性は高まる。ここからは我々が勝つ為の方策を練らねばならぬのも事実だ。
「……無論だ。魔族に蹂躙させる訳にはいかないからな」
我はそう言ってシンを窘めた後、改めて軍議を進めていく。
「皆連日の戦闘で疲労していると思うが、もう少し耐えてくれ。……まずは魔族が保有する戦力を改めて認識しよう」
我はそう言って一拍置いて口を開く。
「敵将の名はベリアル。次いで前指揮官の魔族。……これについては力は未知数で用心が必要だ。そして先に対峙したデュエリスト。此度の戦においての要は、この三柱となる」
我は指を三本立てて言う。
「そして奴らが前線に差し向けてくる魔物は主にホブゴブリン多数にハイゴブリン、中には甲冑鎧という強敵も散見されている。すでに下級の魔物は駆逐され、今や中級ないしそれ以上の魔物が出ばっているというわけだ。ここまでは良いか?」
我は皆を一瞥し、認識の共有を計った。
それに皆が首肯したのを確認し、我はさらに話を続ける。
「魔族軍の三柱、これらが一所に集結すれば我々の損害は計り知れない。よって各個撃破が必定だ。……まずはデュエリスト。奴を討つ」
我が言葉に一同が反応を示した。頷く者、動揺する者と様々だ。
「これまでの戦闘で奴を分析した結果、奴は必ず中央砦を目掛けて猛進してくる傾向がある。その際味方である魔物を跳ね飛ばしながらな。つまり奴は一度野に放たれれば手が付けられないのだ。そこに魔族軍との連携など皆無だ」
「……ですがデュエリストは瘴気と自己回復で負傷を癒やします。……多少傷を負わせたところで、倒すのは不可能に近いと思われます」
シンが冷静に指摘する通り、デュエリストは並大抵の攻撃では倒せないだろう。
……だが、我には方法がある。
「そこで、我が神級魔術で塵一つ残さぬよう、燃やし尽くしてみせよう」
膨大な魔力を消費するが、我が火属性神級魔術『アナイアレーション』ならば、当たりさえすれば奴を消滅せしめることが出来るだろう。
しかし、それはあくまで『当たる』という前提であるのだがな……。
「……確かに貴女のあの魔術ならあるいは……。やってみる価値はあると思いますわ」
アスカが真剣な表情で頷き、同意を示した。
「だが、この魔術は我とて詠唱を必要とするのだ。そして範囲は限定的であり、素早い敵にはまず当たらん。そこで、奴の動きを止める必要がある。また複数の中隊で集中攻撃を加え、手傷を与えてもらいたい」
その言葉を受けた一同は各々に賛同を示していた。
「受け役なら私に任せてちょうだい!」
「ならば某とラムザッド殿の隊が攻め立てようぞ」
「あァッ! 俺ァそいつとやり合ってねェからなァ! ぶっ潰してやンぜッ!」
「……魔術構築の間、我々が何としても貴女をお守りします」
フェッティは自信満々に胸を叩き、ナタクとラムザッドは闘志を燃やし、シンが我に向かって強く頷いた。
「わたくしも後方から皆様を守りますわ。どうぞ心置き無く戦われませ」
アスカが優雅に一礼し、我が頷くのと同時に、皆の士気が高まっていくのが見て取れた。
「では明日、デュエリスト……奴を必ず討つ! 皆、よいか!」
「「「応ッ!」」」
その後、明日の対デュエリスト攻撃隊の編成を決め、我らは解散し幕舎を後にした。
そして戦場の先にいるであろう敵の首魁に向け、我は戦意を高めていくのだった。




