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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
過去編 第2章『再封印を成す為に』
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Ep.335 Side.S 悪夢に苛まれ

「――敵が退いていくぞ! 俺らの勝利だ!」

「「「オオーーーッ!」」」


 夜半のこと、左翼砦にて魔族軍の夜襲を受け、激しい戦闘の末に鬨の声が上がる。



 デュエリストを退けた初戦。その夜から魔族軍は昼の時間のみならず夜襲を仕掛けてくるようになっていた。


 まるで使い捨てかのように魔物は大群で迫り、無尽蔵に毎晩襲ってきた。

 この夜も奇襲を受けて対応に苦慮したが、何とか撃退する事ができた。しかし連日の夜襲で、皆の疲労が蓄積されている事は火を見るより明らかな現状だった。


 ……私達は人間だ。戦い続ける為には休息を取らなければならない。だけど相手はその必要がないのか、構わず仕掛けてくる。


 昼夜問わず迫り来る魔物の軍勢を交代で休みながらなんとか凌ぎ続け、私達が亡者平原に参陣して既に3日が経過していた。


 魔族は私達を休ませないようにしている。私達の士気を削ぎ、あるいは私達を疲弊させようという思惑のように感じた。

 それを物語るように、明らかに初戦以降の魔族軍の動きが変化していたのだ。


 敵の指揮官が変わったのかしら……。



「――イナリ剣少尉。君は神聖魔術を使えるんだよな? すまないが負傷者の手当を手伝ってくれるか?」


 戦闘が終わって仲間達と胸を撫で下ろしていると、支援部隊所属の一人が私の名を呼んだ。


「ええ……。わかったわ」


 体にまとわりつく倦怠感を振り払いすぐに向かおうとすると、不意に後ろから肩を叩かれ振り向いた。


 肩に置かれた手の主は、疲れた様子のラシードだった。


「サヤ、大丈夫なのか? 酷い顔だぞ」

「……まだ大丈夫よ! それよりもラシードも酷い顔よ? ……皆も先に休んでいてねっ」


 私は努めて笑顔でそう返すと、煮え切らないようにしながらもラシードは肩から手を戻して頷いた。


「さぁや、すぐ戻ってこい」

「サヤ、無理していませんか……?」


 ウィニも私を心配しているのか、私の服の裾を掴む。マルシェも私を気遣って眉尻を下げて見つめていた。


 そんな3人の様子もボロボロだ。皆こそ早く休んで欲しかった。

 この中で回復を使えるのは私だけ。今も怪我で苦しんでいる人の為にも頑張らないと!


「少し負傷者を治療したら私もすぐに休むわ。だから心配しないで……ね?」

「……ん」


 ウィニはそれ以上何も言わず、私の裾から手を離した。


 皆に心配をかけないよう、笑顔で応えたつもりだけれど上手く笑えていただろうか……。


 私は自分に出来ることをするためにその場を離れた。




 ……その後、負傷者を治療して周り兵舎に戻って来たのは、外が僅かに白んできた頃だった。


 兵舎として宛てがわれたこの部屋は、私達希望の黎明専用の部屋だ。皆ちゃんと眠れている事を確認すると、私は防具を外していく。

 そして私は重たく感じる体を寝台に投げ出した。少しでも休んでおかなければ、また戦いが始まってしまう……。


 この程度でへこたれてなんかいられない。……クサビが戻ってくるまでは…………。


 最愛の人の顔を思い浮かべながら、私の意識は落ちていき微睡みの中へ消えていった――――。




 ――――私は戦場に立っていた。


 無数の死体が散乱する中、私はたった一人で立っていた。


 そこは地獄のような光景だった。


 空が赤く染まった亡者平原に、無数に転がる人間の亡骸。その中には無念の表情で横たわる仲間達も混じっていて、その亡骸から流れ出た血で大地は赤黒く染まっていた。


「……これは………………? ――っ!」


 呆然とその光景を眺める私の足元にじわじわと迫る血に気付き、遠ざかるように後ずさる。


 ……そこで、前方に誰かが立っているのに気付いた。


 青髪に緋色の瞳の男。

 それは見間違えるはずも無い、私にとって何においても逢いたかった人物だった。

 彼は私達と別れた後の姿のまま、そこに立っていた。


「――クサビっ! 帰って……きたのね……っ」


 クサビとの再会と目の前の惨状に、私の心はぐちゃぐちゃになりながらも、それでも彼に駆け寄ろうとすると、クサビは私に向けて優しく微笑んだ。


 そして――――


「――ゴフ……ッ!」


 突然彼の笑顔が苦悶の表情に変わり、口から大量の血を吐き出して崩れ落ちた。


「…………えっ……?」


 ……私は突然の事で、呆然とクサビを見下ろしてしまっていた。


「……あ、……ああぁあぁぁっ……!」


 クサビを包む血溜まりが広がり、彼の死体が血と混じり合うのを見て、私は膝から崩れて悲鳴を上げた。



 クサビが死んだ。


 クサビが死んだ……?

 嘘だ。そんなの信じない。そんなことあってはならない!



「……あ、あぁ……」


 私が呆然と泣き叫ぶ中、私の頭上を巨大な影が覆った。


 力無く上を見ると、そこには血まみれのデュエリストが右下の手の棍棒を振り下ろし、私の頭は叩き潰され――――




「――――いやッ……! ハァ……ハァ……あぁ…………っ!」


 飛び起きる様に私は息を荒げながら体を起こした。

 心臓は早鐘を打ち、額から脂汗が滝のように流れていた。


 ……今のは…………夢? あれは……。


 私は胸に手を当てながら呼吸を整えようとする。

 夢の中でクサビが死んだ事への衝撃から抜けられず、私は頭を抱える。


 もし本当にクサビが死んでしまったら……。


 夢であったことの安堵よりも、彼の身を案じる想いがとめどなく湧き上がってくる。


 どうしても今、彼が無事である証明が欲しかった。

 しかしそれは叶わない。彼は遠い過去へと行ってしまったのだから……。



「さぁや、苦しそう……だいじょうぶ?」


 今ので起こしてしまったのか、ウィニが私のところまでやって来てそっと寄り添った。


「え、ええ……。大丈夫よ……。起こしちゃったわね、ごめんね」

「ん。ちょっと前に起きてた。……さぁや、ずっとうなされてた」

「…………」


 ウィニの指摘に私は俯いた。


 未だに逸るように鼓動は脈打って、収まる気配がなかった。逢いたくても叶わない相手の無事を知りたくて、でもそれは出来なくて、湧き上がる不安を払い除ける事が出来なかったのだ。


 気が付けば、私は堪えきれなくなってウィニに泣き付いてしまっていた。


「さぁや……」


「……ごめんなさい、ウィニ……。本当は不安で仕方ないの。クサビが帰ってこなかったらって思うと……っ!」


 こんな弱音を吐いてしまうなんて。ウィニもこんな私の姿を見たくはないはずなのに……。


 ウィニはそんな私を抱きしめ返しながら、頭を優しく撫で擦ってくれた。

 慰めるように私の背中をポンポンと叩いてくれる。


「わたしは、そうならないと思ってる。くさびんはぜったい帰ってくるって信じてる」

「……ウィニ……」


 ウィニのゆっくりと、しっかりとした言葉を私に届けてくれた。その言葉に私は少し救われる思いを受けた。


 でも不安な気持ちが消える訳じゃない。

 それでもウィニの言葉が私に勇気をくれた事は確かだった。



 私はウィニから体を離し、抱擁を解放する。


「ん。もういいの? もっとわたしに甘えてきていい。わたしはさぁやの一個おねえさんだから」


 そう言ったその時のウィニの表情はいつも通りの仏頂面のままで、私はなんだかおかしくなって笑みが零れた。


 ……こんな時でもやっぱりウィニはウィニなのね。

 私もいつまでもウジウジしてられないわね。じゃないとクサビに偉そうな事言えないじゃない。


 クサビは必ず帰ってくる。私もそう信じて、皆を守ってみせる。



「もう大丈夫。ありがと、ウィニ」

「……ん! じゃあそろそろふたりを起こす。朝ごはん!」


 ウィニはそう言って口角を上げると、眠っているラシードに駆け出して体ごとダイブして行った。


「とーー」

「ぐはーーっ!」


 急に騒がしくなった部屋に苦笑しながら、私も気持ちを切り替えてマルシェを起こしに向かうのだった。

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