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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第7章『勇者の伝承』
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Ep.227 時は来たれり

「――……すみません…………。もう、大丈夫です……」


 皆が悲痛な様子でいる中、泣き腫らした目のマルシェが気丈に振る舞いつつ言葉を紡いだ。


 アスカさんがそっと離れると、マルシェは温もりを与え続けるウィニに小さく礼を呟き、立ち上がる。


「……無理はしなくていい」


「大丈夫です。……私も誇り高き武門の娘です……っ! それに父上も軍人。……命を散らす覚悟はとうに出来ていたはずです。……ならば私は、嘆き悲しむのではなく……っ。……名誉だと……! 勇敢であったと! ……そう称えながら送り出すことこそ、父上への手向けであると……! そう、思いますから……」


 マルシェは声を震わせながら努めて気丈に振る舞った。

 ……強いな……。家族を亡くした直後で、僕はあんなに気丈には振る舞えなかったから。


「……そうか。わかった」

 師匠は短くそう締めくくり、小さく頷いた。



 居たたまれない空気が流れる中で、静かに痛みを分かち合っていたナタクさんが口を開いた。


「――ともかくも、魔族が動き出した今、ヨルムンガンドの討滅を急がねばならぬでござる」


「……あァ、そうだな。お前らもかなり力ァ付いてきた。やり合う日は近いぞ」


 そうだ。マルシェのように、これ以上魔族のせいで涙を流さなくても済むように、僕は僕の出来る事をやるしかないんだ。


「ヨルムンガンド……。どんなに強力だろうと、必ず倒します……!」


 僕は精一杯の決意を込めて言葉にする。

 師匠達と協力すれば、きっと厄災だって跳ね除けられる!


「ああ。我らは君達の背を守ろう。そして我らは君らに背を預ける。必ず討ち取るぞ」


「――はい!」


 マルシェを含めた全員が強い決意を共有して気持ちを一つにする。

 ヨルムンガンドとの決戦に向けて、いよいよ僕達も動き出すのだった。



 そしてその場は解散となり、宿に戻って明日に備えて眠る。

 ……その夜、隣の部屋からは微かにすすり泣くマルシェの声が、僕の耳を通して心を締め付けた。


 マルシェにとって、今は存分に泣き悲しむ時だ。

 そして悲しみの後に心を通わせた誰かが傍に居れば、きっと人はまた前を向いて歩いていけるんだ。

 そしてマルシェにとっての『誰か』を務めるのは僕達だ。僕達が傍にいる。

 もう大切な仲間なんだ。一人にはさせない。


 時間が掛かってもいい。

 いつかきっと立ち直ってくれると信じて、僕は眠りについた…………。




 そして翌日。


 僕達はいつにも増して修行に身が入っていた。

 もはや一切の時間も無駄にはできないという共通認識が背中を押したのだ。

 

 マルシェもいつもよりも熱を持って訓練に臨んでいる。

 心の強い人だ。悲しみに塞ぎ込むようなことにはならないだろうと思っていた。だからその辺りは心配していなかった。


 そうしてあっという間に時間が過ぎていき、さらに数日が経った。




 ――――殺気を読み取り、直感に従う。


 目の前には魔術の応酬だ。だがどう動けば躱せるのかが分かる。

 深い集中状態では、時は僕の味方だ。

 ゆっくりと僕に迫る師匠の魔術をすり抜け、確実に師匠に迫る。


 そして赤い軌跡は流れるように師匠の喉元へ。……止まった。



「――――……ッ」


 ピタリと動きを止めたチギリ師匠は杖を手放して降参に素振りをする。

 涼しい表情は崩さなかったが、内心悔しいのが、先が少し赤らんだ長い耳に出ていた。


「師匠、これで戦績は5勝ですね……!」

「こらこら、12敗を忘れているじゃないか。まったく……」


 師匠との一対一の模擬戦で、僕が一本を取る事が多くなってきていた。


「……しかし、もうこんなに成長したのか。クサビだけではない。皆の成長に我は驚愕するばかりだよ」

「師匠や先生の教えのお陰です! ……これで僕は、師匠の助けになれますか?」


 師匠のやや驚いた様子に、僕は見返してやった気分になって少しだけ得意になる。だけど師匠はそんな僕に穏やかに頷いてくれた。


「……ああ。君達はもう一人前だ。頃合いだろう……」


 僕は認められた事への嬉しさと、来たる強敵との決戦が近い事への緊張が入り乱れて複雑な思いに駆られる。

 そしてそれを終えれば、また師匠達は旅立ってしまう。

 そんな寂寞感もじんわりと湧き始めていた。


 ……おっと、強大な敵を倒す前からそんな事を考えていては気が早いというものだ。足を掬われてしまわないように、もっと気を引き締めないとね。




 そしてその夜、星降る夜の女神亭にて――――。


 ここに誘われたということは、師匠が何かを告げることがあるということだ。今度も悪い報せでないことを祈る……。


 奇しくもこの前と同じ席で集まった僕達は、食事の前に師匠の話を聞くことになった。



「さて、君達に修行をつけてからというもの、我らが驚く程の成長を見せてくれた。教授する身としては愁眉を開く思いだ」


 師匠のその言葉にアスカさん、ラムザッドさん、ナタクさんが同じタイミングで頷いた。


「我らは自信を持って述べよう。君達一人一人が、厄災に立ち向かう力があると」


 師匠の言葉が胸に沁みて、目頭が熱くなるのを感じる。

 思えば辛く厳しい日々だった。死ぬ思いをしたことも何度となくあったし、昏倒してアスカさんに助けられたことすらあった。


 その努力が実ったのだ。その思いをサヤ、ウィニやラシード、そしてマルシェが各々が噛み締めていた。


「もはや憂いはない。そこで我は先程王城に報せを出した。――時は来たれり、とな」


 師匠の言葉に心が滾る。サヤは凛々しく強い頷き、ラシードも拳を手のひらに打ち付けて気合を入れていた。


「そしてその返答はすぐに来たよ」

「――はえぇっ!」


 ラシードとラムザッドさんが、思わず同時に突っ込んだ。

 王様も今か今かと待っていたのかも。お待たせしてしまってすみません……。


 などとほんのひと時緩みかけた雰囲気は、師匠の気の引き締まった表情で再び気の張った空気に戻された。


「……皆、心して聞くように。――ヨルムンガンド討伐、決行は3日後、万全の準備を持って登城せよ。とのことだ」

「はいっ!」


 ……ついに。ついにその時は近づいている。

 勇者の伝承を追い求め、立ちはだかるは『厄災ヨルムンガンド』

 ソイツを倒さなければ求めるものは得られない。


 かつての勇者と行動を共にした英雄、聖女サリアが手傷を負わせつつも討滅を断念し、命を賭して封印したという化け物を相手にするのだ。

 かつての英雄を越えなければならない。


 でもここにいる皆となら、英雄を越えられるはずだ。

 頼もしい仲間がこんなにもいるのだから……!



「……さあ、ということですので今日は壮行会ですわ~! 皆で騒ぎますわよ~!」

「お、おおおお~!」


 太陽のような笑顔で一気に明るい雰囲気に変えたアスカさんの合図で、お店の人が次々と料理を運んできた。その様子にパーティ一の食いしん坊、ウィニがガタリと立ち上がって目を爛々と輝かせて感激していた。



 そこからは盛大に賑わって、食べて飲んでのどんちゃん騒ぎだった。

 ラシードやラムザッドさんは酒の飲み比べを始め、そこにアスカさんが参戦して二人を酔い潰していた。


 その様子に失笑しつつも楽しそうに眺めるのはチギリ師匠とナタクさん。

 そしてマルシェもお酒をちびちびと飲みながら二人の会話に参加していた。


 ウィニはいつも通りの食い意地を発揮して、両手にお肉を持って一心不乱にかぶりついていた。安定のウィニだ。おいしそうに満面の笑みでどんどん料理の皿を平らげていた。

 

 久々の楽しい席に僕はほっこりしていた。


「なんかジジ臭いわよ」

「ジジ……!?」


 そんな皆の様子を眺めていた僕のところにサヤが椅子ごと移動してきて、僕を揶揄う時のニヤニヤ顔で隣に座った。

 そういえばサヤが僕を揶揄ってくるのも久しぶりな気がする。ここ最近はずっと修行に明け暮れていたから、二人で話す時間がなかったからかもしれない。


「ふふっ! ……皆楽しそうね」

「……うん。英気を養っておかないとね」


 僕をいじるのに満足したのか、それを笑顔で締めくくったサヤは皆を眺めながら穏やかに目を細めた。


「……勝てるかしら。私達」


 そうぽつりと呟いたサヤを見た。皆の様子を眺めるその横顔からは不安の色は読み取れない。疑問のような言葉を口にしながらも、勝利を信じている。長い睫毛を瞬かせたその瞳がそう語っているようだった。


「もちろんさ。たとえ危なくなってもサヤや皆が守ってくれる。僕も皆を守るよ」

「ええ。私もクサビを……、いいえ。皆を守るわ」


 僕らは強く頷き合い、大人の真似事よろしく互いのコップでささやかに乾杯してみせた。

 そうしてその日の夜は更けていったのだった。

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