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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第7章『勇者の伝承』
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Ep.186 Side.C カルコッタの危機

 新たな同士、マルシェ・ゼルシアラを加えた我らはシュタイアを経ち、実に8日が経過していた。


 始めに天然要塞を出発して、次なる目的地であるサリア神聖王国を目指すべく、速やかにファーザニア共和国を脱したいところだったのだが、予定よりも足止めをくってしまったのだ。

 港街への道中で魔族の何部隊もの偵察部隊が徘徊し、散発的に遭遇し交戦した。

 発見したからには放置出来る状況ではないとその都度駆逐していた為、サレナグランツ港入りして船に乗るまでに6日の時を費やした。


 東方部族連合へ渡る為の船は、ファーザニア共和国大統領リリィベル・ウィンセスの指示を受けた海軍の護衛のもと戦闘に入ることのない安全な航海だった。

 そして翌日には東方部族連合オリアス部族領、ラダラットの港に帰還を果たしたのだ。

 

 再び無事に祖国の地を踏めたことに安堵する暇もなく、すぐさま南を目指して現在に至り、ここは獣人部族が多く点在する獣人エリアの外れの森林地帯を進んでいた。

 

 目的地はアスカが統治するスメラギ部族領のカムナの街の港。

 そこからまた海へ出て、途中乗り継ぎを経て長い海の旅の末にサリア神聖王国入りする予定である。



「ここらへんから別の部族の土地だ。むやみやたらに食いもん取るなよ?」


 獣人族代表であり勢力事情に明るいラムザッドが、他国の事情に疎いマルシェに注意喚起する。


 獣人族の部族にはそれぞれ異なる掟が存在し、支配域……要するに獣人部族の縄張りに立ち入る者あらば、たとえ部族外の人間であろうとも掟が適用されるのだ。


 無知な人間が気付かず縄張りに入り込み掟に抵触しようものならば、その部族の手段に基づいて罰せられる。中には二度と戻ってこなかった、などという事態が起きても珍しくはない。


「はい、ラムザッド様。それでこの辺りにはどのような部族がいるのでしょう?」


 マルシェは他国事情に興味津々の様子でラムザッドに教授を乞うと、普段からぞんざいな扱いを受けることが多々あるラムザッドは、上機嫌になって饒舌に語り始める。


 ……そのやりとりを見ていたアスカが、先ほどから目を細め口を押えて笑いを堪えていた。揶揄いたくて仕方がないといった具合だ。

 だがアスカよ、たまにはラムザッドにも花を持たせてやっても良かろうよ。


「ここいらはカルコッタっつう部族だなァ。猫耳族は食い意地が半端ねェからな、その辺の木の実でも絶対取るなよ」


 ……ほう、カルコッタか。懐かしい名を耳にしたものだ。

 というのも我が弟子、ウィニエッダがそのカルコッタ部族の娘だからだ。


 そうか、ここはウィニの故郷か。

 しかし、あやつの食事に対する執着を考えると納得だな……ふふ。


「おん? ……何笑ってンだ、おめェ……」


 ラムザッドは回想してほくそ笑む我を見て、怪訝そうな顔で問う。

 

「――おっと、すまない。カルコッタに一人知り合いが居てね。その食い意地を思い出していたのさ。いずれ皆に会わせよう」


 聖都に辿り着けば相まみえる事も叶うだろう。

 その為にも先を急がねばな。




 その後も我らは木々に覆われた森林地帯で、数多の旅人の足によって作られた細道を進んでいた。


 土地勘があり、森林の移動が得意故に先頭を征くラムザッドが腕を広げて立ち止まり、我らの歩みを静止させたのは突然だった。

 

「……嫌な匂いがしやがる……。魔物だ」


 ラムザッドの獣人特有の鋭い嗅覚が敵の存在を認識したのだ。その金色の瞳が見つめる先の気配を注意深く探ると邪悪な気配の存在を感知し、気取られぬよう木の陰に身を隠した。


「……オイオイ、かなりの数だぞッ! こんなンに巻き込まれたら集落なンぞ踏み荒らされちまうぞッ」


 我もラムザッドに同意だ。気配を探ると魔物の数が尋常ではない。気取られずにこれほどまでの数が集まるなど余りに不自然だ。

 ……魔族側の策である可能性が高い。この魔物の規模は十分脅威となる。


「チッ! 奴ら猫耳族の集落に向かってやがる!」

「それは見過ごせません! 助けねばッ」


 敵に憎悪の念を向けるラムザッドと、今にも飛び出していきそうなマルシェが危機感を煽る。

 なんという不運か、敵の大群は弟子の故郷を滅ぼさんとしている。

 無論それを黙って見ているつもりは此処にいる誰にもない。


「もちろん、魔物にそう易々と命を奪わせは致しませんわ!」

「然り。某に策がござる。皆々、よろしいか」


 その場の全員が頷き、ナタクの策に耳を傾ける。

 

「敵軍はカルコッタ部族集落を目指して進軍中にて、幸い某らはまだ気取られてはござらん。そこを挟撃するでござる」

「挟み討ち……ですか? しかしどうやって……」


 疑問の色を濃くするマルシェに百も承知とばかりにナタクは頷き、さらに説明を続行する。


「チギリ殿とアスカ殿の飛翔で、先んじて集落にて迎撃態勢を整えて欲しいでござる。そこを某らが背後を突く」

「なるほど。了解したよ」

「いいですわね!」


 この作戦ならば集落の被害も最小限に抑えることができるだろう。なにより先に警告することで集落の者からの戦力も見込める。

 それを実現することが出来るのは、魔術で空を飛べる我とアスカのみというわけだ。


「えっ ……えっ? 飛翔……とは……?」


 ただ一人困惑するマルシェがナタクと我を交互に視線を泳がせている。

 ……ああ。そうか。マルシェは魔術で空を飛ぶという発想自体を知らないのだったな。失念していたよ。


 それを説明してやると、マルシェは緑色に澄んだ目を見開いて驚愕していた。そしてその様子に恥じるように少々赤面し深呼吸を一つすると、普段の凛とした表情を取り繕う。


「――では各々方、委細承知でよろしいか」


「ああ。任せてくれ給えよ。――では先に行ってくる」

「また後ほどお会い致しましょう~」


 我とアスカは杖に跨り魔力を操作して空へと飛翔すると、敵に気付かれないように高度を上げて猫耳族の集落へと急いだ。


 ここで守れぬとあらば、ウィニに顔向けできんからな。なんとしても守り抜いてみせよう。

 そう意気を込め、我らはさらに速度を上げていった。

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