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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第6章『聖なる水の都へ』
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Ep.149 Side.S めぐり逢い

 馬屋のおじさんに連れられ、私とクサビは馬の飼育馬にやってきた。


 何頭もの馬が、柵で囲われた広い牧場に青空の下でのびのびと過ごしている。立派な馬もちらほらと見かける。


「どうですか! 自慢の馬たちです!」

 おじさんは馬牧場に私達の視線を促す素振りをしながら元気に馬を紹介する。その様子から愛情を込めて馬たちを育てている事が窺えた。


「わあ、凄い! 立派な馬がいっぱいですね!」

 クサビはたくさんの馬を前に興奮しているみたい。



 私は馬牧場に来てから、胸中にざわつく感情を抱えていた。

 馬を見ると、どうしても脳裏に『あの子』を思い出すのだ。


 子供の頃から一緒に居た、父の仕事に行く時もずっと傍にいた、私にとっては家族だった。

 村があんな事になって、クサビを追ってボリージャへと向かう途中喪ってしまった愛馬『ハヤテ』のことを…………。


 一度は失った悲しみに決着をつけたつもりだったけれど、馬を目にすると思い出がフラッシュバックしてしまうのは、未だにハヤテのことを乗り越えられていないということなのだろうか……。




 胸中に喪失感と寂寥感が入り交じり苛まれている間も馬屋のおじさんの案内は続く。


「サヤ? もしかして具合が悪かったりする……?」


 クサビが私を気遣って心配そうな顔で声を掛けてくれる。楽しそうにしているクサビの気分に水を差すような事はしたくなくて、私は気丈に平常心を装う。


「そんなことないわよ? ただ、少し歩き疲れただけよ」

「そう……? それならここを見たら何処かで休もうか」

「うん。ありがとう」


 ……こんなことではクサビの足を引っ張ってしまいかねないわね。しっかりしないと。



 そうしているうちに厩舎へやってきた。

 ここではズラリと並んだ馬房が左右に別れて並び、立派な馬たちがそれぞれの馬房で思い思いに過ごしていた。


「見てください! この子は期待株でしてね〜! 旅のお供にも軍馬としても活躍してくれるでしょう! 特に素晴らしいのはこの――――」


 おじさんが身振り手振り激しく熱弁しながら馬の説明をしていたが、今の私にはまったく話が入ってこなかった。

 正直早くここを立ち去りたいとすら思っていた。


 そんな様子でおじさんから目を逸らすと、私はある一頭の馬が目に付いた。


「――――っ!!」


 その時、私の中で電気が走るような衝撃を受けた。

 私はその一頭の馬にフラフラと引き寄せられるように近づいていった。


 ……よく似ていたのだ。あの子に。

 栗色の肌に焦げ茶色をした毛並みの馬なんて別段珍しくは無い。どこにでも居るような種類の馬だ。

 でも、あの子とよく似ていたのはその見た目のみにあらず、体付きや立ち振る舞いがそっくりで、既視感が私の中で掻き立てられた。


 その馬は、近付く私に気付いてまっすぐ見据える。

 その眼差しまでそっくりだなんて……。


 まるであの子が実は生きていて、ここに保護されて来たのではないかと錯覚するほどに、私の目にはハヤテが重なって仕方がなかった。


「おお! お嬢さんお目が高いですな! その馬もいいですぞー! 穏やかながら勇敢で気高い子です。きっと主人を支えてくれるでしょう!」

「……っ! ……サヤ。そうか……」


 私の鼓動が高鳴り始める。

 目の前にあの子がいる。そう思ってしまう。


 でも違う。あの子は私の腕の中で死んでしまった。

 その事実は覆しようがない。目の前の馬はあの子じゃない。


 ……それでも。

 それでも手を伸ばさずにはいられなかった。


「…………」

 私の掌があの子によく似た馬の頭に触れる。

 その時馬の方から私の掌に擦らせてきて、私はその子を優しく撫でる。


 まるであの子が甘えてくれているような気分になって笑みが零れる。

 ここであの子によく似た子と出会ったのは、何かの導きのように思えてならなかった。まるでハヤテがこの子と私を引き合わせたのではないか。


 ……そう思いたかったのかもしれない。そう思い込む事で死してなお、ハヤテの思念が傍にいると、そんな救いが欲しかったのかもしれない。


 この子はハヤテじゃない。それはわかってる。

 でもこの子に出会えたのはきっと偶然じゃない。


 ……私は、この子を連れていきたい。

 だが果たしてそれは、ハヤテに許して貰えるのだろうか。そんな葛藤もわずかにあったが、あの優しい子だ。きっと自分の事のように喜んでくれる。


 ……そう信じている。



「……クサビ。この子……」

「……うん。君の家族に……そっくりだね……」


 私はクサビに向き合い想いを伝えようとして、しかしそれは出来なかった。

 この子を見るクサビの眼差しが、とても優しかったから。


 クサビにとってもハヤテは子供の頃からの馴染みであることに変わりない。きっとクサビも私と同じような衝撃を受けたのだろう。


 クサビの眼差しが物語っていた気持ちは、きっと私と同じだ。


 クサビと私の視線が交差して、互いにどちらともなく頷いた。


「……おじさん、この子を連れていきたいです」


「ほんとかい!? ありがとう! きっとこの子も喜んでいるよ!」

「それで……おいくらですか?」


 成長した馬一頭の相場は高い。今の手持ちでは絶対に足りないのは明白だった。

 それでもこの子を諦める事は考えていなかった。


「この子は金貨30枚だね」

「うっ……」


 クサビが驚愕の嗚咽を漏らしていたが、私はきっとそのくらいするだろうと思っていた。

 パーティの活動資金と個人の所持金を合算したって足りない金額だった。


「おじさん、今は持ち合わせがなくて……。必ずこの子を迎えに来るから、それまで待って貰えないかしら……?」


「それ程までにこの子を気に入ってくれたんだね……!? いいよいいよ! 君達のような人達に迎えられるなんて幸運なことだよ!」


 ダメ元でのお願いだったが、おじさんは渋るどころか感激して快諾してくれた。さらにおじさんが続ける。


「この子は力強いし、馬車も引けるはずだよ! よければ馬車をサービスしちゃうよ〜!」


「え!? ば、馬車を!? すごい!」

 破格のサービスに私は思わず大きな声を出してしまった。馬車を買うのも何枚も金貨が必要なのだ。驚くなと言う方が難しかった。


「……必ずこの子を迎えますね! それまでこの子をよろしくお願いします……!」




 そうして私達は牧場を後にした。

 この街での目的がまた増えて、旅立ちの時を先伸ばしにしてしまったことに気付いて、私はクサビの方を見る。


「クサビ、ごめんね……。私、勝手に決めちゃって」


 そういうと、クサビは一瞬きょとんとして首を傾げたがすぐに意図を理解して大きく首を振った。


「謝ることなんてどこにもないよ。僕も馬がいたらいいなと思ってたしね! 皆もきっと賛成してくれるさ!」


 などと、あっけらかんと言ってのける。


「そうかしら……」

「うん、そうさ! それに……」


 クサビが言い淀みながら空を見上げていた。

 そしてまるで空に語りかけるように優しく言葉を紡ぐ。


「きっと僕らは、導かれたんだよ。ハヤテに」

「……っ。……そうね。……うん! きっとそうよね!」


 なんだか満たされたような気持ちになって、私も空を見上げた。下を向いていたらきっと零れてしまう。


 だから今は上を向いていたい。


「頑張ってお金貯めないとね」

「……ええ」


 そう言って私の手を握るクサビの言葉に、声の震えを必死に抑えながら答えた。

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