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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第6章『聖なる水の都へ』
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Ep.148 長閑な場所に包まれて

 冒険者ギルドを後にした僕達は、その日は自由行動にすることにした。


 ラシードは冒険者ギルドの訓練所で一汗流したいと、またギルドの中に入っていった。

 対して、ウィニは昼食を食べて眠くなったとかで、早々に宿に向かっていく。優雅なお昼寝という至福の時を過ごすんだそうだ。


 ラシードの研鑽を積むことに余念のない姿勢は凄いや。僕も見習わないとなあ。

 ウィニは……うん。もう慣れたよ。



 さて僕はどうしようか、などと考えながら適当にブラつこうと歩き始めると、サヤに呼び止められて振り返る。


「ん? どうしたのサヤ?」

「クサビ、特に用事ないわよね? 一緒に街を歩かない?」


 ……む。暇と決めつけられるのは心外だなあ。……まあ図星だけどさ。

 と、つい昔の癖で張り合いそうになったが、平静を装って何気なしというふうに頷いた。


「うん。いいよ」


 するとサヤはニッコリと微笑んで僕の隣に駆け寄ってくる。彼女がこちらに笑顔を向ける度、内心僕の胸は高鳴った。


「じゃあ、行きましょ!」




 昼下がりの街をいつもよりも二人でゆっくりとブラブラ歩く。今日は日差しが暖かくて、昼寝をしたいウィニの気持ちも少しは分かるな。

 

 行先も目的もなく、ただブラブラと同じ歩幅で街を巡り、他愛のない会話をしながら、たまに僕がふざけて、サヤが少しムッとしたりして。


 なんだかこういうの、随分久しぶりな気がするな。

 まるで村にいた頃に戻ったかのようだ。僕達が当たり前に過ごしていた日常は、こんな平和でかけがえのない日々だったんだなあ……。



「……今、何考えてる?」

 思い出に耽って少し俯いた僕の顔をサヤが覗き込む。


「ああ、ごめんごめん。……いや、村にいた時もこんな時間が流れてたんだなって思ってさ」


「また昔を思い出してたの? ジジ臭いわね〜」

 茶化すように揶揄うサヤ。


「ええっ? なんだよヒドイなあっ …………ジジ臭い……」

 ……ちょ、ちょっと気にするじゃないか。


「……ぷっ あははは! ちょっと冗談だってば! 本気にしないでよもう〜っ」


 そうそう。昔はこうやって僕を揶揄ってよく笑っていたっけ。……あ、またジジ臭いって言われちゃうなこれじゃ。


 わざとらしく拗ねて見せると、面白そうに僕の頬をサヤの人差し指がつついてきて、僕はつつかれっばなし。



「…………でも、そうね。村にいた頃はこんなことばかりしていたわね」


 一頻りつついて満足したのか、サヤは前を向きながら呟き、その声色に望郷の念を感じた。


 それ以上はお互い言葉にしなかった。


 平和な環境に身を置けば置くほどに生まれ育った故郷を思い出す。そしてもう二度会うことが出来ない人達を思い出すのだ。その度に胸に痛みを覚える。


 きっとサヤもそうなのだ。だからそれを言葉にする事でさらに心を痛めて欲しくなかったんだ。


 この胸の痛みは記憶に刻まれて、きっとずっと抱き続けるもので、自分の中で消化していくしかない段階にいる。

 この痛みがあるから僕は歩み続けていける。

 そう自分に言い聞かせて、凄惨な過去すらも糧にして……。



 ……おっと、また一人で物思いに耽るところだった。

 またジジ臭いとか言われてしまうね。


「たまには良いもんだね。こうやってのんびり散歩するのもさ」

「うん。天気も良いし、気持ちのいい日ね!」


 繁華街を抜けてしばらく歩くと見晴らしの良い所に出る。そこは一面大きな畑が目の前に広がっていた。


 こっちは農業区画なんだね。大きな街の中のひと区画にいろんな作物を育てている。広く柵で囲われた牧場も見えた。


「ん〜〜! ……こっちの区画は気持ちがいいわね!」

 大きく伸びをして、晴れやかな表情のサヤが開放感を全身で楽しんでいた。


 サヤの言う通り、人々で賑わう繁華街から一転、だだっ広く一面の畑が拡がる光景は、優しく頬を撫でる微風も相まって街の喧騒から解き放たれたような気持ちになる。


「うん、なんだかここだけのんびり時間が流れてるみたいだねえ」


 育まれる畑の作物たちの命の息吹を左右から感じながら牧場へと続く農道を、途中で農作業をする人達に挨拶しながら二人でのんびり歩いていく。

 こんな平和な時間がいつまでも続いてくれたらいいのにと思ってしまう程居心地が良かった。


 外の世界に憧れていたかつての僕だけど、実際に違う文化を見て回ってみた今では、やっぱり故郷のような長閑な所に惹かれるものなのかな。



 牧場まで辿り着いて間近になった建物を見上げる。なんとなく二人で歩いてきたが、一際大きな建物だったからか、行先がついここに向いてしまったのだ。


「へえ……いろんな家畜を育ててるんだね」

「こんなに大きな牧場初めてみるわね!」


 様々な種類の動物を育てていて動物特有の匂いが漂う。僕達にとっては懐かしい匂いだ。サヤも目を輝かせて楽しそうだ。


 牧場の入口をよく見ると、馬の顔を模した飾りが掛けてあって、受付らしきカウンターがある。どうやら馬も販売を取り扱っているようだ。


「あっ、馬屋も兼ねてるみたいだよ! 行ってみようよ」

「えっ? あ……うん」




 牧場兼馬屋に入ると、すぐ近くに馬の飾りがかかったカウンターがあり、近くで作業していたおじさんが僕達に気付いて朗らかに微笑んで近づいてきた。


「いらっしゃい、馬をご所望?」

 少しぽっちゃり気味の柔らかい物腰のおじさんだ。


「ちょっと興味があって、つい……」


「見たところ冒険者さんかな? 冒険には馬を連れていくと快適な旅ができると思うよ〜」


 確かに、今まで徒歩での旅だったけど馬に乗って旅が出来れば目的地にももっと早く辿り着けるよな……。

 ここで馬を手に入れるのもいいかもしれない。


「確かに馬がいると便利だなぁ……。サヤはどう思う?」

「え、ええ。……いいと思うわよ」


 サヤは少し歯切れ悪く、ぎこちない笑顔で返した。さっきまで楽しそうだったのに、どうしたのだろう。


「おお! それならウチの馬を是非見ていってください! こちらですよ」


 おじさんはそう言うと、すたすたと歩いて行ってしまい、僕はサヤの様子を確認する間もなく慌てて後を追った。


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