Ep.146 好機を掴んで
一心不乱に暴れるサイクロプスはまるで嵐のようだった。力任せに振り回される剛腕に当たろうものなら命の保証はない程の暴力的な嵐だ。
相手も死に物狂いで屠らんとしてくる。
――死にたくない。
サイクロプスの全身からそんな意思を感じた気がした。
だが、僕達も負ける訳にはいかないんだ。
お前を放っておけば、またいずれお前は人を襲うだろう。そんなことはさせてなるものか!
魔物にも意思がある、だけど僕は同調も同情もしない。
魔族は倒すべき敵であり、人々に絶望をもたらす存在なのだから。
踏み潰そうとする足を躱し、薙ぎ払おうとする拳から距離を取る。サヤやウィニも迂闊に近づけず、遠距離からの攻撃で牽制していた。
そこにシズクが苦悶の表情を露わにして僕の元に飛んでくる。
「クサビ……っ ごめんなさい…………! 体を保っていられる時間が少ないの……っ」
「……わかった! 無理しないで、援護してくれればいいっ」
遠い地に本体を置くシズクは、僕が召喚して分身をこの場に顕現している。
この場に存在を保ち続けるには当然なんの代償もなしとは行かず、時間を追うごとに魔力という名のタイムリミットがあったのだ。
その魔力が尽きかけ、分身がこの場にいられる時はあと僅かであったのだ。
「……残りの魔力を使って……弱体魔術を掛けるわ……っ! ……クサビ……! どうか死なないで…………っ!」
涙を浮かべながら微笑んだシズクは、高く飛び上がりサイクロプスの頭上で浮遊し、両手を天に掲げて自身に残る魔力の全てを練り上げる。
「また……私を呼んでね……クサビっ! ずっと待ってるから…………!」
儚げな声で別れを告げるシズクは魔術を発動させた!
サイクロプスの頭上に赤黒い雨雲が発現し、黒い雨がサイクロプスに降り注いでいる!
その雨がサイクロプスの体や地面に落ちると、ジュッという音を立てて白い煙のようなものを立てた。
――――グアオオオオオオーー!!
サイクロプスの全身が酸の雨を受けて苦痛を訴えている。
これなら奴の硬い皮膚も弱体化しているかもしれない!
「――また……ね……? クサビ…………」
魔術を放ったシズクが僕に向かってニッコリと微笑みながら粒子となって霧散していった。
魔力切れで元の場所に帰ったのだ。
「……ありがとう、シズク!」
シズクの再召喚にはシズク本体の魔力が回復しなければできないためすぐにはできない。
シズクが作ってくれたチャンスを逃す訳にはいかない!
「――皆! 一気に畳み掛けるぞ!」
「わかったわ! 合わせるッ!」
「ん!」
酸の雨の痛みに悶えているサイクロプスに駆け出す。
先にウィニが放ったガイアショットが高速で放たれ、サイクロプスの右膝を穿ち、おびただしい紫色の血が吹き出した! ウィニの岩の杭が膝に深く突き刺さり、サイクロプスは叫び声をあげながら膝を付いた。
やはり攻撃が通りやすくなっている! シズクの弱体魔術が効いているんだ! 倒すなら効果が続いている今しかない。
僕は一気に加速してサイクロプスの膝を蹴り乗ってそのまま跳躍。剣を天に掲げながら体を反り返り、練り上げた強化魔術を解放しながら前方に回転してサイクロプスの剛腕目掛けて襲いかかった!
「でやあああっ!」
高速で回転する刃のように連続で斬りつける!
今まで対峙してきた中でもここぞと言う時に繰り出してきた技だ。
両手で力いっぱい剣を握りながら己を刃と化す。サイクロプスの腕に剣が食い込み斬り裂いていく手応えを感じ、その手応えが消えたと同時に着地した。
その直後にサイクロプスから離れた腕がすぐ近くにドシンと重厚な音を立てて落ちる。
――――――ッッガアアアアアアッ!!
サイクロプスの絶叫が木霊する。
そこに追い討ちを掛けるようにサヤが居合の構えで魔力を鞘の中の刃に込めながら、膝立ちして支えているサイクロプスの右足に肉薄。居合の間合いに目標を捉えた……!
そして――
「――――ふっ……!」
鋭くも冷たい音を奏でながら刀身が鞘から解き放たれる!
それはサイクロプスの膝下を真横から侵入し、僅かな抵抗もなく駆け抜ける。
サヤの腕が振り抜かれた時、サイクロプスの右足は遅れて走る一本の横線を引いたあと大量の出血と共に胴体との別れを告げた。
――――――!!?!!
もはや声にもならない衝撃がサイクロプスを襲い、体の支えを失い地面に倒れ伏し、憎らしげにこちらを見る一つ目が無防備に向いていた!
「トドメを……ッ!」
僕とサヤはすかさずサイクロプスの目玉に向かって飛び込む。
「――でぇい!」
「――やあっ!」
僕はサヤと同時にサイクロプスの目玉に、剣を渾身の力を込めて突き刺した!
その瞬間、サイクロプスの体が激しく痙攣し、あやうく剣を持っていかれそうになり慌てて引き抜いた。
サヤは既にバックステップで距離を取っており、サイクロプスの様子を警戒しながら窺っている。
そして、サイクロプスの動きが完全に停止し、脱力。
やがて黒い塵となり消滅していった……。
……眷属だったか。だが魔王の遣いというわけではなさそうだ。もし魔王の遣いならば僕の剣を執拗に狙ってきただろうから。
「……ふぅ。……なんとか倒せたわね……」
「手強かった。みんなおつかれ」
「皆怪我してないよね? お疲れさま!」
苦戦しつつも無事に討伐でき、僕は安堵しほっと一息する。
そしてこれで依頼達成だ! 無事にエルヴァイナまで戻らないとね。
「おーい! ……ハラハラしたがなんとかやれたな!」
ラシードが満面の笑みで駆け寄ってきて、依頼達成を祝福してくれた。
だが、よく考えたらサイクロプスは眷属だったため、倒すと塵となって消えてしまった。僕は討伐の証を持ち帰ることができないことに気が付いた。
「あ、あのさ……っ。こういう場合、討伐の証拠とか……どうすればいいんだろう……?」
「……あっ」
晴れやかな様子で喜んでいたサヤが僕の言葉にピタっと固まってしまった。そして徐々に焦り顔に変わっていく。
そこにラシードが僕達の不安を吹き飛ばさんとばかりに快活に笑う。
「はははっ! 安心しろよ! 眷属の討伐の確認する方法はあるからよ! むしろなかったら討伐依頼なんて誰も受けないだろ?」
「……あ、そうなんだ、良かった……」
「それなら安心ね……。でも、どうやって確認するの?」
よくよく思えばギルドの討伐依頼には当然、倒せば消える眷属相手の依頼もあるよね。それの討伐を証明する方法が無いはずがないのだ。
「ギルドには魔物が放つ瘴気を分析する職員が必ず一人は滞在してるのさ。その人にトドメを指した武器を提示すれば、あとは調べてくれるって流れだな」
「へぇー、そんな人がいるんだ……。知らなかったよ」
「まあ眷属相手にするような依頼を受けられるのはBランク以上だからな。Bに上がるその時に説明を受けるはずだぜ」
「ふむふむ。なるほどね!」
「何はともあれ、討伐は成功だね! 二人ともお疲れ様!」
「ええ! いい経験だったわね!」
「ん。精霊にも感謝! 早くかえろ」
一頻り喜びを分かちあった後、ここに留まる理由はもうないと僕達はエルヴァイナへの帰路に踵を返した。
エルヴァイナに戻るまでが依頼だ。帰りの道も気をつけて戻ろう。と僕は気を引き締めて来た道を戻るのだった。




