Ep.142 Side.W 美味しいものと、欲しいもの
「むぐむぐ……おいしっ……おいしっ……」
みんなと別れたあと、わたしは道の途中でいい匂いを漂わせていた出店がずっと気になっていたので直行してきた。
「むぐむぐ……おかわりを所望する」
「あいよ!」
おかわりを要求した時、さぁやの怒った顔が思い浮かんだけど、おなかが空いたところにあの匂いは反則。
……おいしそうな匂いには何者も抗えないのだ。
ペロリと手持ちのお肉の串焼きを完食したわたしは、お店の人におかわりの代金銅貨1枚を払った。
お財布にはまだ銅貨5枚ある。
くさびんに借りた銀貨2枚も、いつの間にかこんなに少なくなっていた。……どして?
「ありがと、またくる」
「ありがとな、猫の嬢ちゃん!」
気さくなお店のおじさんの串焼きは絶品だ。また明日も来よう。
出店で買った串焼きを食べながらぶらぶら。
お昼ごはんの時間にはまだ早い。串焼きでも食べてお昼まで時間を潰そう。
む。いい匂い。こっちかな……。
わたしは匂いに釣られて繁華街の大通りを外れて裏路地に入る。
裏路地にも食べ物屋さんがある! お店の中から漂う匂いがなんとも食欲をそそる。
そこにまた、腰に手を当てて怒るさぁやの姿が頭を過ぎる。
『ウィニったら、また買い食いばかりして!』って言ってる様子が思い浮かび、いい匂いの誘惑に負けじとその場を離れた。
裏路地を進んだわたしは、またぶらぶら。
裏路地にもいろんなお店がこぢんまりと営んでいた。
小物を扱った雑貨屋さんや、変なお面がいっぱい飾っている怪しいお店とか、占い屋さんなんかもあって暇を潰すにもいい。
てくてく歩きながら見渡していると、本屋さんがあった。
何か面白い本があるかもしれないと、わたしは本屋に足を踏み入れた。
木製のドアを開けると、ドアに付けた鈴の音がチリンチリンと鳴る。すると奥で椅子に座って丸眼鏡をかけたおばあちゃんがこっちを見る。
「……いらっしゃい」
わたしはぺこりと頭を下げて、店内を見て回る。
古い本の匂いがすき。すごく落ち着くから。
この匂いに囲まれてお昼寝できたらとても幸せ。至福の時。
いろんな本がある。ごはんの作り方の本とか、吟遊詩人が書いた歌集とか、なんだか難しい事が書かれている本がいっぱい。
そんな店内で目を引く本のコーナーがあって、わたしの足は自然にそのコーナーに向いた。
それは魔術書と呼ばれる、著者が考案した魔術を纏めた本だ。どんな魔術で、どんなイメージをすれば発動するのかなど、いわゆる魔術の指南書なのだ。
わたしは天才魔術師だけど、さらなる研鑽を磨く事を忘れない。ふふん。わたしえらい。
その中の一冊の本を手に取る。
む。ページがめくれないようになってる。他の本はページ開けるのに、なんで?
わたしはおばあちゃんに一冊の魔術書を持っていく。
「おばあちゃん、これ読めない」
「当たり前だよアンタ。魔術書は書いてある事そのものに価値があるんだよ。読みたきゃ買っとくれ」
と、ぶっきらぼうなおばあちゃんは呆れながら言う。
交渉決裂だ。立ち読みしたかったのになー。
でも読みたい……。買うしかない。
「じゃあ買う。おいくら?」
「そいつは銀貨8枚だよ」
わたしはお財布を取り出して中身を確認する。
銅貨5枚しかない。これは値切るしかない。
「むむ……。足りない。もうちょっとなのに」
「……いくら持ってるんだい」
気だるそうなおばあちゃんはわたしの巧みな交渉テクに乗ってきた。しめしめ。今わたしはさぁやを超えた。
「銅貨5枚ならある」
「……どこがあとちょっとなんだい。冷やかしなら出ていきな!」
おばあちゃん怒っちゃった。これも交渉決裂……。
惜しかった。あとひと押しだったはず。
「ふん。そんな耳垂らしても買えないもんは買えないよ。アンタ冒険者だろ? なら稼いでから来な」
「ん。わかった。またねおばあちゃん」
「精々頑張んな!」
わたしは本屋さんを出る。
お金を稼いで、次は魔術書買う。そしたらおばあちゃんもにこにこ。わたしにはわかる。
そして裏路地から大通りに戻り、お散歩しようとのんびりぶらぶらする。
お店が並んでいるところはやっぱり賑やかで楽しい。
それに美味しそうな匂いがいっぱい……。
そろそろお昼ごはんの時間だし、どこかで食べようかな。お肉がいいな。
それからたくさんあるお店を吟味して、わたしはその中の一軒のお店に入ってお昼ごはんを食べた。
お肉山盛りよりどりみどりフルコース! 銅貨4枚!
余裕で足りた。
お肉に囲まれて幸せ。そしておいしかった……。
食後のお散歩に街をぶらぶら。
いい天気のぽかぽか陽気で、だんだん眠たくなってくる。
日当たりがよくて風通しのいいお昼寝スポットを探しに街を探検してやってきた広場で、くさびんとラシードが元気に飛び回ってた。
ふふ。あんなにはしゃいで、二人ともまだまだおこちゃまだな。わたしはおねえさんだから優雅にお昼寝する。
くさびん達に大人の余裕な眼差しを送りながらその場を後にしたわたしは、広場で丁度いいお昼寝スポットを発見。
そこはいい感じに木で出来た日陰で、腰掛けると気持ちいい風が優しく髪をなびいてはわたしの眠気を誘う。
明日はみんなとどんな冒険が出来るだろう。さっきの魔術書を買うためにも頑張ろう。
そんな事を考えていたら、ウトウトとしてきたわたしは優雅なお昼寝と洒落込んだ……。




