Ep.140 Side.S 傷付いた愛刀
新しい装備を購入したあとクサビ達と別れ、私は刀を見てもらおうと鍛冶屋を巡っていた。
鍛冶屋は何件かあるものの、東方文化独特の武器である刀を取扱っている鍛冶屋はなかなか見つからず、あちこち街を歩いてようやく見付けたのだった。
ここは武器屋と鍛冶屋を兼ねあっているようだ。きっと以前ラシードが言っていたのがここなのだろう。
私は店の店主に声を掛け、腰に固定した刀を外してカウンターの上に載せる。それを手に取った店主は刀身を鞘から抜き、光に照らしながら見る角度を変えつつ刃の状態を念入りに確認していた。
「……こりゃ、なかなかの業物だなァ。だがかなり傷んでもいる」
店主は刃を眺めながら独り言のように呟いた。
簡単な手入れは欠かさずにやってきたが、これまできちんとした整備ができる環境がなく、だいぶ無理をさせてしまっていた。
そう思いつつ、未熟な私の腕を痛感する。もっと剣筋を洗練できれば、刀での負担も最小限に抑えることができるはずなのだ。
この刀は中級剣術習得の祝いに今は無き故郷、アズマの村の剣術指南役であるヒビキさんから貰った一振りだった。ホオズキ部族の剣士見習いが中級剣術を習得した時に贈る為にわざわざ打ってくれた代物だという。
さらに剣の才が花開くようにと『蕾』と銘を付けられた愛刀は、ホオズキ部族の本拠であるツクヨミという街の、ホオズキ家伝来の刀鍛冶が打ったのだと、ヒビキさんは誇らしげに語っていたのを思い出す。
あの頃は剣の才能があると持て囃されその気になっていた。だけど現実は、私の剣なんて毛ほどにもならない強者で溢れていた。
あのヒビキさんがいながらも故郷を滅ぼした魔族も、私の前に立ちはだかった魔族のどれもこれも……。
マンドレイク、サンドワームにハイゴブリン、直近では甲冑鎧と、私一人では到底勝つことは出来なかった相手ばかりだ。
傷だらけの蕾を見つめながら、つい過去を振り返ってしまった。
「この刀を研いでやる事も出来るが、新しいのを買うか打ち直すかせんと、激しい負荷には耐えられないかもしれないぞ」
「……打ち直すとしたら、どうなりますか?」
私の刀は思ったよりも限界に差し掛かっていたと知って一抹の焦りが胸中を過ぎる。
これまで一緒に苦難を乗り越えてきた愛着のある刀だ。出来ればこの刀を使い続けたかったのだけど、それは難しいのかもしれないわね……。
その事実を目の当たりにした途端、私は愛刀に申し訳ない想いを抱いた。
「……この刀を溶かして新たに作り直す、てことになるな」
「溶かす…………」
私は一瞬怯んだ。
それはつまりこの刀を素材として、新しい刀にするという事。
素材そのものは愛刀だけれど、作り直してしまえば握る感触も、振った時の感覚も変わってくるのだろう。
人に例えれば、親しかった友人がある日別人のように変わってしまうようなものだった。
もはやそれは今までと違う存在に変わりないと思い、酷く寂しさを感じざるを得なかった。
しかし愛刀がもはや限界に近い状態なのも分かっていた。
このまま無理を続けた結果折れてしまったりしたら……。
そんな姿は見たくなかった。
私の脳内を駆け巡る葛藤。それはまるで生き物の生殺与奪を左右するような決断を強いられたような気持ちだった。
ここまでの間、私の身を守ってくれた相棒の行く末を決断することに躊躇して、長い沈黙が店内を支配した。
鍛冶屋のおじさんは私の決断を静かに待ってくれている。
剣士にとって己の得物は命そのもの。その心意気に理解を示してくれているからなのだろう。その気遣いを有難く思う。
……お陰で決心は着いた。
「……打ち直しを、お願いします」
「わかった。こちとら本場で磨いた腕一つで身を立ててきたんだ、全身全霊で打たせて貰うから、そう難しい顔するこたあねえ」
そう言われて気がついたが、どうやら私は眉間に皺を寄せていたようで、店主のおじさんから穏やかに窘められた。
店主から頼もしい言葉も聞けたし、打ち直しを決めたことにもう迷いは無い。
私は出来上がりを信じて待つしかない。そして新しくなった愛刀をまた晴れやかな気持ちで迎えてあげよう。
「この子を、よろしくお願いします!」
「おう、任せておいてくれい! 出来上がるまでは数日掛かる。その間は変わりのものを渡そう。で、料金は――」
店主から、刀が出来るまでの間の代わりの刀を借りて、料金を支払った。
……すっかり懐が寒くなっちゃったわ……。
明日ギルドから昇格依頼を受けることになりそうだけど、この刀でやることになるのね。
「刀が仕上がったらお前さんの宿に連絡するからな」
「はい! お願いしますね、おじさん!」
私は店主に一礼して店を出る。
新しく生まれ変わる私の刀。今までのに愛着が湧きすぎて突然の別れみたいに寂しくなったけれど、今はどんな姿で帰ってくるのか楽しみでもあった。
「さて、用事はこれで済んだわね、……皆何してるかしら」
そう独りごち、仲間の顔を思い浮かべながら宿への道を歩き出した。




