Ep.139 装いを新たに
街の賑わいが交差する繁華街を歩く。
昼は出店が並ぶ道をウィニを誘惑するが、それを引っ張って奥に進むと様々な職人が構える店が立ち並ぶ。
武器屋や防具屋の他に道具屋はもちろん、精霊具を取り扱っている店もあった。
僕達は最初に目に入った防具屋に入った。
僕とラシードの悲惨な程に穴だらけの防具をなんとかしないといけない。さすがに人がたくさん通るところでは恥ずかしい……。
店内は広く、防具の種類別に様々な装備が陳列されていた。
動きやすそうな胸当てから、全身を覆う重そうな甲冑まで、本当にたくさんの商品に思わず目を奪われてしまった。
「それぞれ見て回りましょ」
「うん、僕はとりあえず服かな……。じゃあまた後でね」
「んじゃわたしは外で待ってる――」
「買い食いはさせないわよ、ウィニは私といきましょうね」
ウィニがサヤに引き摺られながら『あー』と平坦で気の抜けた悲鳴を上げて奥へ消えていった。
「……あいつマジで買い食いするつもりだっただろ」
「ははは……」
気を取り直して僕は自分に見合った装備を探して店内を巡る。
僕の戦闘スタイルはスピード重視だと思っている。
とにかく動いて相手を翻弄させて、隙をついて痛烈な一撃を叩き込むのだ。
……まあ、それが理想なんだけど結局力押ししてボロボロになってる気がする……。もっと腕を磨かないとね!
そんなわけで軽めの装備を見ていく。
色とりどりの装備が陳列していてワクワクしてしまうね。目の前にあるのは旅人に好まれそうな布製の防具だ。
その一つに手に取ると、思ったよりしっかりしていて、軽くもあり丈夫でもある。
悪くないけど、これからの過酷な戦いを考えると心許ない。そう思い別の商品に目を向けようとした時だった。
「――どんな品をお探しかしら?」
いつの間にか横に立っていた、褐色肌の女性に声を掛けられた。
おそらく店員さんなのだろう。僕が悩んでいるのを見て来たのかもしれない。
「あ、えっと、軽めで戦いにも耐えるような丈夫なものを探してまして……」
「なるほどねぇ〜。そんなに穴だらけになるまで戦っても大丈夫なやつをお探しなのねぇ?」
どこか妖艶な雰囲気の店員さんが僕が身につけている穴だらけの服を見て、納得したように言う。
僕はみっともないところを見られて顔が熱くなった。
「最近この街に来たコかしら?」
「あ、はい。昨日グラド自治領の方からここに来ました」
「あらぁ。砂漠を超えて来るなんて、ボクって可愛い顔して強いのねぇ」
魅力的な笑みを浮かべてずいっと顔を近づけてくる店員のお姉さんに、ついたじろいでしまう。
大人の色香に晒されてまた顔が熱くなる。
「うぅん……。そうねぇ。それならお姉さんがオススメしてあげるわね?」
「あ、はい……。よろしくお願いします……」
店員さんに案内されてやってきた所にも様々な防具が並んでいた。先程の防具よりも戦闘向けのものが多い。
「軽くて戦いに向いているならぁ、この辺りね」
「ありがとうございます。見てみます」
僕は商品を見て回る。すると見覚えのある作りをした防具が陳列してあり、僕はそれを手に取った。
僕やサヤには馴染み深い、東方文化の装備だ。
この商品自体も、布の中に鎖帷子が仕込まれていて、丈夫ながらも軽かった。
「あらぁ、それは東の大陸の独特な文化の商品ねぇ」
「僕の故郷の文化なんです。……これ、いいなあ」
商品を眺めながら言うと、店員のお姉さんがまたしても顔を近づけて囁いた。
「気に入ったのならぁ……試着してみたらどうかしらぁ?」
「あ、は、はいっ」
くうう。いちいち動揺してしまう……。こういうタイプの人は苦手だっ
僕は手に取った商品を試着スペースに移動して袖を通した。僕が選んだのは、白を基調とした戦装束だ。稽古で着る道着に近い。ズボンもセットの商品だったのは助かる。
ズボンは紺色で、こちらにも布の中に鎖帷子が仕込んでいる戦装束だ。
……うん。仕込まれた鎖帷子が少しゴワゴワするけど、割かし着心地もいい。この下にはチギリ師匠から貰った絆結びの衣も着ているし、これなら戦闘にも耐えられるかもしれない。
「……あらぁ! イイわね、とっても似合ってるわよぉ」
「あ、ありがとうございますっ」
試着スペースを出ると店員さんが褒めてくれた。
「どう? このままお買い上げしちゃう?」
なんだが上手く乗せられている気がするけど、この防具を気に入ったのも確かだし、僕としては満足だった。
「はいっ このままお買い上げしちゃいます」
「毎度あり〜。ホントに素敵ね。カッコイイわよぉ」
どうやらお世辞じゃなく、本当に褒めてくれたようだ。
なんだか照れるなぁ……。
僕は店員さんにお金を払って防具を購入したあと、仲間を探しに店内を巡った。
新しい防具に思わず心が弾む。やっぱり新しいものを使う時ってワクワクするなあ。
その後合流したラシードは、僕と同じく装備がボロボロだったが、今は新品の鎧に身を包み、どこか嬉しそうにしていた。
お互い良い買い物が出来たようだ。
それから程なくしてサヤとウィニと合流できた。
ウィニは特に何も買わなかったようだ。今のローブがお気に入りらしい。
そしてサヤは新しい装備を身につけていた。
僕と同じく東方文化の戦装束なのだが、女性向けのものとなっていて、動きやすさ重視の中にも女性らしさも感じられるようなデザインだった。
黄色を基調としたその装備はサヤの活発さと魅力をよく表現されていた。
「クサビも新しい装備、いい感じね!」
「サヤもよく似合ってるね」
互いに故郷の文化の装備に身を包むあたり、考えている事は同じだったようだ。
サヤは僕の言葉にニッコリと微笑みながら、新しい装備の着心地を楽しんでいるようだ。
そんな上機嫌なサヤだったが、サヤの新しい装備はちょっと……いや、結構大胆で目のやり場に困る……。
その、胸元を主張する谷間とか……。
太腿から覗く色白の肌とか…………。
…………って、僕はなんて目で見てるんだっ!
そんな考えを振り払うようにぶんぶんと首を振る僕に、サヤは不思議そうな表情で見つめる。
「……何してるの? クサビ?」
「い、いや、なんでも……。ところでサヤ、その装備は自分で選んだの?」
極力平常心を装ってそう言うと、サヤは少し目を伏せながら微笑んで、横目で見つめ返してきた。
「こ、これ? これはお店のお姉さんがお勧めしてくれたのよ。…………どう……?」
照れながら上目遣いをしてくるサヤにドキッとして思わず目を逸らすと、視界にこちらの様子を遠目に見ていた、先程装備を選んでくれた店員のお姉さんが満面の笑みを浮かべながら親指を立てていた。
……なるほど。だいたい読めたぞ。サヤもあのお姉さんにお勧めされたんだね。
「うん。凄くよく似合ってて……か、かわ…………動きやすそうだねっ!」
「……ふふ! ……クサビも、格好良いわね……っ」
言葉を交わし合うと、お互い顔を赤くしてしまった。
なんだか恥ずかしくてサヤを直視出来なくて、僕は踵を返して店を出た。
「よ、よし! 皆、次行こう! 次!」
足早に店を出た僕を、ウィニとラシードがむず痒い顔をしながら追いかけ、サヤは店員のお姉さんに向かって深く一礼をしていた。
とにかくこれで新しい装備は手に入れた。
後はそれぞれの用事を済ます時間にするとして、自由に街を巡る事となったのだった。




