Ep.138 思わぬ幸運
僕達はギルドマスターであるドゥーガさんの執務室に案内され、それぞれ長テーブルに添えられたソファに腰掛けた。
「改めて名乗ろう。私はここのギルドマスターを務めている、ドゥーガと言う。突然呼び立ててすまないね」
ややしゃがれた低い声から発する声には力があり、その長身から漂う気配や仕草の一つとっても相当な実力者の風格が伝わってくる。
荒々しい風体でありながら、理知的な雰囲気も兼ね備えているような人物だ。
こんな歳の取り方が出来たら格好いいだろうなと、つい考えてしまう程魅力に溢れている。
白髪にも近い金髪を無造作に伸ばし、無精髭を蓄えたその顔には深い皺が刻まれ、鋭い眼光が眼鏡越しに僕を差す。
「いえ……。ぼ、僕はDランクパーティ希望の黎明の、クサビ・ヒモロギといいます。……そして仲間のサヤ、ウィニ、ラシードです」
僕はその眼光に晒され、跳ねる鼓動を必死になだめながらやっとの思いで言葉を紡ぐ。まるで蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまう。
ドゥーガさんの醸し出す雰囲気のせいかはわからないが、叱られる直前のように、背筋に冷たい感覚を覚えた。
「おっと、すまないね。この目つきの悪さは生まれつきでね、気にしないでくれ」
僕の様子を察したのだろう、ドゥーガさんは手で自分の目を覆い隠しながらわざとおちゃらけている。
案外お茶目な人なのかな……?
「――まあ、それはさて置いてだ。君達にいくつか聞きたいことがあるのだ」
ドゥーガさんが真面目な表情に切り替わり、本題に入る。
「君達の事は、ボリージャのギルドマスターのセルファと、元Sランク冒険者のチギリ・ヤブサメから通達があったのだよ」
「チギリ師匠からもですか!? 一体どういう……?」
「あのチギリの弟子というのも聞いている。まあ落ち着いてくれ――」
ドゥーガさんに届いた通達の詳細を説明してくれた。
チギリ師匠が今も別の方面から、魔王への反抗勢力を発足する為に奔走してくれているが、どうやらそれを各冒険者ギルドに伝え、反抗勢力の存在を世界中に認知させる為と、ギルドからの参加者を募っているという旨の通達だったそうだ。
過去に活躍した元Sランク冒険者のチギリ師匠の影響力は知る人ぞ知るところとなっているらしく、セルファのギルドマスターという立場を使って、自分の影響力を遺憾無く発揮しようという算段なのだろう、とドゥーガさんは語った。
そして届いた文には、僕達のパーティ希望の黎明についても書かれており、彼らを支援してやって欲しい、という一文が添えられていたという。
「私が疑問なのは最後の一文、つまり君達の事についてだ。影響力のある者の言葉とはいえ、一介の、しかもDランクという駆け出しの冒険者が、何故そこまで贔屓にされているのか。……何か事情があるのだろう? 弟子だからというにも些か腑に落ちないのだ」
ドゥーガさんの鋭い視線が僕達を一瞥する。
その視線は怪しんでいるというものではない。
ドゥーガさんは好奇を孕んだ目で僕達の言葉を待っていた。
チギリ師匠は魔王に対しての反抗勢力発足の準備を着々と進めているようだ。僕も使命を果たすために出来ることをなんでもしなければならない。
ギルドマスターという立場にあるドゥーガさんに事情を話しておくことは、僕達の旅のメリットになるかもしれない。
「……そうですね。ドゥーガさんにはお話しておいた方がいいかもしれません。……実は――――」
僕はドゥーガさんに、自身の身に起きた事と勇者の末裔である事や、僕が持つ解放の神剣が、魔王に対抗できる力になり得る事。
失われたその力を復活させる方法を探すために、勇者の伝承や解放の神剣についての情報を集めるべく、聖都マリスハイムの書庫を目指している事。
そしてチギリ師匠の行動が、僕達の旅に呼応しての事であることを伝えた。
その話を黙って聞いていたドゥーガさんは、聞き終えた後目を伏せながら思考している。
ほんの僅かな沈黙が部屋を包んだのち、ドゥーガさんは一息ついて僕を見た。
「……なるほど。君の身の上と、長らく隠居していたかつてのSランク冒険者が腰を上げた事に因果関係があるならば、それは真実なのだろうな」
合点がいったという様子のドゥーガさんが頷きながら理解を示した。
「はい。この剣に本来の力が戻れば、魔族に虐げられる人達の希望になれると思うんです。僕達はマリスハイムに向かわなければならないんです」
「聖都の王立書庫には、ありとあらゆる情報が保管されていると聞く。確かにその剣の情報を調べるには最適だな。……だが、書庫の閲覧にはかなりの金額が必要なはずだが……?」
「はい、それについてはここに来る前にグラド自治領でいろいろありまして、首長からそれなりの資金を頂きました。……とはいっても活動資金は心許ないので暫くはここでお世話になるつもりですけどね」
僕は恥ずかしながらと頭を掻いた。
「なるほどな。……クサビ君、私はギルドマスターとして君達を支援したいと思っている。ここまでの話と君のお師匠の存在で、君の言に偽りは無いと判断しての事だ」
「あっ……ありがとうございます!」
「そこでだ、私の権限の範囲内での支援になるのだが、ランクを上げてやれる事くらいだ。だが実力に見合わないランクには上げられない。無駄死にはさせたくはないのでな」
ドゥーガさんの口から語られた内容は、僕達にとって有難い申し出だった。
出来るだけ早く聖都マリスハイムを目指しながらでは、活動資金もかかるのは否めない。資金面での憂いを解消するには冒険者ランクを上げて上のランクの依頼をこなしていく必要があった。
だがランクを上げるには時間が惜しい。そんな悪循環に陥っていることを薄々感じていた。
地道にランクを上げていくと何ヶ月かかるかわからない。それをドゥーガさんの支援を受けることが出来れば、その数ヶ月を一気に飛ばすことが出来る。
……他の冒険者の人にはとても口に出せない事だから後ろめたくはあるけれど……。
「ギルドマスター、俺はこのパーティに入って日は浅いが、ここまで共に戦ってきて、クサビ達は既にBランク相当の実力があると思っている」
ラシードからはそんな風に見られていたなんて、なんだか光栄だと思ったが、DからBに上がるのはさすがに経験が伴ってない気がするんだけど……。
「ほう。君は……Bランクなのだな。つまり君と同等の実力者だという事かね?」
「ああ、安心して背中を任せられる」
ラシードが一切の迷いもなく言い放つ。僕の胸が温かくなるのを感じた。
「ほうほうほう……。なるほどな」
ドゥーガさんは口角を僅かに上げて、おもむろに紙と羽根ペンを取り出して一筆したためて、その紙に書かれた内容を僕達に見せる。
その紙には『Bランク昇格依頼通知』と書かれていた。
「君達の実力が本当にBランクに見合うのか、見極めさせてもらいたい。この依頼をこなせれば君達は晴れてBランク冒険者。そして私は君達への支援の形となるだろう?」
これは大チャンスじゃないか! 受けない選択肢はない。この昇格依頼をこなせれば僕とサヤ、ウィニは揃ってBランクとして活動を許されるというわけだ。
僕達の中に否を述べる者はいない。
僕はドゥーガさんに元気よく頷いた。
ドゥーガさんの口元がニッと僕達に笑ってみせ、通知書に印を押して折り曲げた。
「決まりだな。ではこれをさっきの受付けの子に渡すとしよう。依頼内容は明日説明するので、また明日来てくれ」
「わかりました」
僕は思いがけない昇格の好機に、深々と頭を下げて感謝を示した。
「はははっ。正直君達の師匠の狙いを知った時は年甲斐もなく心が踊ったものだよ。自由を愛するが故にSS昇格を蹴った、あの『奔放の魔術師』がまさかそんな行動に出るとはな……くくくっ」
「……えっ」
ドゥーガさんが愉快気にクツクツと笑う。
どうやらチギリ師匠とは顔見知りだったようで、意外なところでチギリ師匠の貴重な過去を聞けた気がする。
奔放の魔術師と呼ばれていたのは知らなかった。でもその二つ名は師匠らしいかも。
それにしてもそうか……。SSランク相当の実力があったとするならおかしいくらいの影響力も納得だ。
……改めて物凄い人に師事していたんだな、僕達って。
「まあ、そういうわけだから、今日のところはこの辺でお開きとしようじゃないか。また明日来てくれ」
冒険者ギルドを後にした僕達は、思わぬ幸運に気分が沸き立っていた。昇格依頼に備える為にも装備を見て回る事にして、武具屋に足を向けるのだった。




