Ep.137 冒険者ギルドエルヴァイナ支部
新しい朝がやってきた。
まだ日も登りきらない早朝に日課の素振りと走り込みをこなし、その後は皆と宿で食事をして出かける支度をして外へ出た。
今日は冒険者ギルドに行く予定だ。
ラシードの用事もあるし、どんな依頼があるかも見ておきたい。
エルヴァイナの冒険者ギルドは宿から通いやすい位置にあった。装備の整備をしやすいようになっていて、近くには鍛冶屋や武器や防具の店があり、冒険者はこの辺りに集まりそうだ。
とはいえ武器屋や鍛冶屋などは他にも何件もあるらしいので、いろいろ見て回りたいな。
この街は白い壁で清潔感のある建物が多く、繁華街に近いこの辺りでは、特に目立つ大きな建物が冒険者ギルドエルヴァイナ支部だ。
ボリージャ支部とはだいぶ外装も違うなあ。
いや、ボリージャ自体が独特なのだろう。
「俺はカウンターで用事を済ます。お前らはどうする?」
「僕らも挨拶したいから一緒にいくよ」
そう言うとラシードはただ頷いた。
用事が用事なだけに、ラシードの心中には影が差しているようだった。……それは無理もない事だった。
ラシード自身、けじめを付けなきゃならないのだと言っていた。僕達に出来るのはそれを見守るだけだ。
丈夫な扉を開いてギルドに入る。
中の作りは、内装に違いはあれどボリージャのギルドと大差ないようだ。ただこっちの方が少し広々としているかな。
扉から最初に目に入るのは受付けのカウンターで、その横には依頼が貼り出された掲示板があり、冒険者が依頼を吟味していた。
その周りには高めの丸テーブルが設置され、立ちながらではあるが寛げる空間になっている。奥の方には座れる席もあった。
ラシードと共にカウンターへ赴くと、受付けの女性がニコリと微笑んで僕達の前に立った。
華奢で小柄な、ぱっちりとした目で茶色のショートヘアの女性で、活発そうな印象を受ける人だ。
「お疲れ様です! ご要件をどうぞ!」
「すまない。冒険者の死亡報告と、パーティ解散の手続き、それと遺品を仲間の故郷に帰したい」
ラシードは4人分の遺品をカウンターに載せて淡々と受付嬢に告げる。
話を聞いた受付け嬢から笑顔が消えていき、一瞬悔しそうな表情を浮かべた後ぎこちなく微笑んだ。
「……畏まりました。ではこちらに故人のお名前を――」
ラシードの手続きが済むまで僕達は何も言わずに見守っていた。
そして手続きは粛々と進み、ラシードは仲間の遺品をギルドに預け終わる。
「それで、パーティ加入の手続きも頼めるか?」
ラシードが手続きを終えて、申し訳なさ気に付け加えた。
「はい! ……お隣の方々と、という事でよろしいですか?」
「ああ。クサビ、ギルドカードを見せてやってくれ」
「あ、うん」
僕は自分のギルドカードをカウンターに置いた。
それを手に取る受付け嬢は、僕とギルドカードを交互に見て、微妙に目が見開いたような気がした。
「……ラシードさんはBランクですが、Dランクパーティに加入しますと、依頼の面での報酬が減ることになりますが……。本当によろしいのですか?」
「問題ない。俺はこいつらと一緒にやっていくと決めてる。……だろ?」
ラシードは僕の肩に手を回し勝気に笑う。
そう言ってくれる事が嬉しくて思わず笑みが零れる。
「はいっ、わかりました! では手続きを進めちゃいますね!」
受付け嬢の顔に笑顔が戻り事務作業を始めた。
手続きが終わるまでの間、僕達は丸テーブルのあるスペースで待つことにした。
そこで僕は引っかかっていた疑問をラシードに尋ねてみた。
「ねえラシード、僕らはDランクだから依頼はDまでしか受けられないよね? 僕らの依頼中はラシードはどうなるの?」
「そうだな、一応同行は出来るが報酬が半分になるぞ。だから3人でこなせそうならそっちの方がいい。その間俺は一人で依頼をこなす事になるが、問題ないさ」
「なるほど……。じゃあ僕らはBランクを目指さなきゃだね」
ラシードの依頼には同行できないのが残念だ。
ランクを上げつつ先を急ぐのはなかなか難しいけど、コツコツ上げて行ければいいな。
以前より活動資金も心許なくなっていていたのもあり、エルヴァイナに着く前に話し合い、聖都マリスハイムに向かう前にここで資金を貯めようということになっていた。
よって、この街には何日か滞在する事になる。
皆の装備も新調したいし、それにはお金が掛かるのだ。
ここらで装備面もしっかりして行こうというサヤの意見で一致したのだった。
「――ラシードさん、カウンターの方までお願いします〜」
受付け嬢に呼ばれ、ラシードがカウンターに向かっていく。僕達も後に続いた。
「はい! これで手続きは全て完了ですよ。これからの活動に期待していますねっ」
受付け嬢はラシードに顔に花が咲いたような可愛らしい笑顔を向けてペコリとお辞儀した。
それから僕に目を向けると、突然真面目な表情でまじまじと凝視してくる。
僕は前触れのない視線に晒されて驚き、狼狽えてしまった。
あ、もしかして挨拶がまだだったからかな……?
「……あ、えっと、暫くこの街で活動する事になりました、希望の黎明です! ……よろしくお願いしま……」
「じぃーーっ」
なおも受付け嬢が、まるで穴が空くかと思う程に僕を見てくる。どうやら僕の当ては外れだったようで、状況に変化はなかった。
さすがにその普通じゃない視線に僕はたじろいでしまった。
「ふむふむ……青い髪に赤い瞳……?」
「あの、僕の顔に何か付いてますか……?」
僕が声を掛けると、凝視していたのが無意識であったかのように、あっ! と声をあげペコペコと頭を下げる。
「す、すみませんっ! ……あのう、もしかしてボリージャからいらした方でしょうか……?」
「は、はい……。ボリージャから来ました……けど……」
戸惑いながら返事をすると、受付け嬢がアワアワと声を上げながら慌てて奥へ引っ込んで行き、奥からは誰かと話す声が聞こえる。何を言っているのかは聞き取れない。
何事かと僕達は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
何かやっちゃったのかと、身に覚えがないのに心臓の鼓動が騒ぎ出す。
そして受付け嬢が初老の男性を連れて戻ってきた。
その初老の男性の立ち振る舞いや着ている服から推測するに、地位の高い人なのではないか……。
などと考えているとその男性が語りかけてきた。
「いや、部下が騒がしくしてすまないね。……君がセルファが言っていた冒険者かね。私はここのギルドマスターを務めている『ドゥーガ・アルトレイ』と言う」
「あっ、クサビ・ヒモロギです! ……セルファさんが僕の事を……?」
セルファさんはボリージャのギルドマスターだったはずだ。遠く離れたエルヴァイナにまで僕の事が伝わっているのか。一体なんだろう……?
「うむ。その事で少し話をしたいのだ。良ければ奥へ着いてきてくれるかね?」
ドゥーガさんの瞳が強い意志を宿して僕を見据えている。話を聞くべきだと僕の直感が叫んでいた。
「……わかりました」
僕が強く頷くと、ドゥーガさんは僅かに目元を緩めて踵を返した。
「では行こうか。ミシェル君、終わるまでは部屋に誰も通さぬように頼む」
「は、はいっ! わかりましたっ」
ミシェルと呼ばれた受付け嬢は恐縮して声が裏返りながら返事をしている。
そんなミシェルさんを横切り、伝播する緊張を感じながらドゥーガさんの後に続くのだった。




