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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第6章『聖なる水の都へ』
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Ep.133 精霊の願い

「――こんにちは。精霊さん」

「――――――!!」


 僕の声に驚きながら反応した水の精霊は、腕を上げて敵意を示そうとした。

 だがその腕はピタッと止まり、ゆっくりとその腕を下ろした。僕に敵意がないのを感じ取ったのか、警戒しながら僕をじっと観察している。

 

 どうやら荒れ狂う怒りの渦中にあって、僕が近くまで近づいているのに気付かないくらいに我を忘れていたようだ。


「こんにちは。水の精霊さん」

 僕は親しみを込めてもう一度穏やかに声を送る。

 とにかく安心して欲しかったのだ。


 すると滝のように降り注いでいた雨が次第に晴れていき、辺りは再び晴れやかな平原へと戻る。

 雨で地面が濡れて、草木の水滴が光に当たってキラキラと輝いて、僕はその光景に息を呑んだ。

 ひどい雨に打たれたが、この美しい景色が拝めたのならそれもいいかもなと、つい心の中で呟いた。



「――こん、にちは……」


 精霊は困惑したようにたどたどしく言葉を発した。それでいてその透き通る水のように澄んだ声だ。

 どうやら言葉は通じているみたいだ。それならきっと会話ができるはず。


「君が雨を降らせたの? 雨の雫がキラキラしていて綺麗だね」

 これは僕の素直な感想だ。


「ちが……うの……。雨を……降らせたのは……」


 か細い声が微かに耳に届く。水で形作られているため表情ははっきりとはわからないが、落ち込んでいるような表情のような気がする。

 精霊は途中まで言いかけたまま自分の膝を抱えながら俯いてしまった。


 そこにサヤ達が追い付いてきて警戒心をあらわにした精霊に、僕はゆっくり語り掛ける。


「大丈夫。この人達は敵じゃないよ。僕の仲間なんだ」

「仲間……。……あなたは……誰……?」


 精霊は顔を上げて僕を凝視している。信用していいのかわからない。そんな心境なのだろうか。

 あまり刺激したくないな。僕は後ろで様子を見ているサヤ達に、『僕に任せて』と目配せをすると、何も言わずに頷いた。


「僕はクサビ・ヒモロギっていうんだ。旅をしていてね、ちょうどここを通りかかったら、君の苦しむ声が聞こえたんだ」

「……クサビ」


 精霊はぽつりと僕の名を確かめるように呟く。それに僕は微笑みながら頷いた。


「そう。よろしくね。君の名前はなんていうの?」

「……名前は貰って……ない」


 貰ってない、か。精霊社会では名前は誰かから貰うものなのだろうか。とにかくこの精霊は名無しのようだ。

 

「そうか。……それで、君はどうしてあんなに怒っていたの? もしかしたら力になれるかもしれない。……よければ聞かせてくれないかな?」


 精霊はビクっと一瞬体が人の形から歪み、すぐに元通りになる。膝を抱えたまま浮遊して、しばしの沈黙のあと、精霊はゆっくりを言葉を紡いだ。


「……居場所が……穢れてしまったの…………」

「大事な場所なんだね。どうして穢れてしまったの?」

「……瘴気。……魔物が……私の居場所に居着いて……ううう……」

 嫌な事を思い出させてしまったようで、精霊は人型を歪めて激情を抑えている。


 ……なるほど。きっとこういう事だろうか。


「君の大事な場所に魔物がやってきて、瘴気で穢れてしまった。だから……戻れない?」

「…………そう」


 そうか。魔物に瘴気で穢されて居場所の奪われ、ここでその怒りをぶつけていたんだね。


「私の力じゃ、雨を降らすことしか……できない……。だから……」

 怒りを我慢していた精霊は今度は顔を伏せて蹲ってしまった。かなり不安定な精神状態のようだ。


 僕はそんな精霊を何とかしてあげたくて、振り向いて仲間達の顔を見る。

 すると皆は穏やかな表情で微笑んでいた。


「言いたいことはわかってるわよ。なんとかしてあげましょ!」

「放っておけないんだろ? 俺はリーダーに着いてくぜ?」

「ん。それでこそくさびん」


 僕の考えてることなんてお見通しと言わんばかりに皆が頷いていた。僕の胸の奥が温かい何かで満たされていく。


「ありがとう、皆!」


 僕は精霊の方に向き直りゆっくりと一歩近付いた。

 そして微笑む。精霊がこれ以上不安にならないようにと。



「僕らで良ければ力になるよ」

「……でも。私、あなた達をずぶ濡れにしてしまった……」

「皆気にしてないよ。困ってるなら助けになりたいんだ」


 僕はまっすぐ見つめて言う。精霊は警戒は解いてくれたようだけど迷ってるみたいだ。


「……貴方の瞳は……綺麗ね…………。見てると安心する……。……頼ってもいいの?」

 精霊はおずおずと、しかし縋るように僕を見つめながらか細く言葉を零した。


「クサビは困ってる人を放っておけないの。それが精霊でもね」

「わたしも一肌脱ぐ」

「そうだな! これも何かの巡り合わせだろ」


「皆も君を助けたいみたいだね」

「……優しい人間ね……。ありがとう……」


 透き通る水で象られて表情は分からなかったが、こちらを見て微笑んだような気がした。精霊の放つ雰囲気が軟化したのを感じる。


「こっち……着いて来て……」


 精霊はふわふわと浮かんだまま僕達に手招きしながら移動していき、僕達は安堵してそれに続いた。


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