Ep.130 Side.C 東方部族連合の結束
「……なんと。そのような思惑が…………」
ナタクに導かれた我らは、城内の天守閣にあるナタクの私室にて顔をつき合わせ、勇者の血を受け継ぐ者と、解放の神剣の存在を語り、我の大願を全て打ち明けた。
我が言の葉を紡ぐ間、時折相槌を打ちながらただただ内容を噛み砕いていたナタクは、驚愕を一声に込めて吐き出した。
「我は力を持たぬ勇者の末裔を弟子にし、最低限鍛えたつもりだよ。今はサリア国内に入ったようだ」
「魔族に先手を打たれていたこと、まっこと不甲斐ない。されど、貴殿が勇者の子孫を見つけてくれた事、某からも感謝の意を表したい」
話題の当事者であるクサビは以前、ホオズキ部族領に属する小さな集落、アズマの村から来たと言っていたな。
その地が魔王によって滅ぼされたのだと。
そのホオズキ領を統治するナタクにも、集落壊滅の報告は当然届いているだろう。
だが、ナタクの口振りからするとそれだけでは無さそうだ。拳を握り苦虫を噛み潰したような様子で話を続けた。
「我らホオズキが代々帯びてきた使命を明かすでござる」
それからナタクはホオズキ部族が秘としてきた使命を詳らかに語り始めた。
その話の内容を端的に言えば、ナタクは勇者の子孫の存在を以前より知っていた。それこそ何代も前から。
ホオズキ部族こそが勇者の血の守り手という使命を密かに担っていたからだ。
勇者の子孫の多くは数多の精霊に愛された。その血を守護すること、それは再び世界に混沌が訪れた時、精霊と人類の希望となり得る存在として育てるために必要な事と伝えられてきたのだと。
だからこそホオズキの家の者を送り、クサビを守り、鍛える為、弟の『ヒビキ・ホオズキ』をアズマの村に滞在させていたのだという。
「――某はヒビキ諸共勇者の血を途絶えさせてしまったと思っていたでござる。この平穏に慣れた時代に置いて配慮が甘かった、某の過ちに相違ござらん……!」
「……だがクサビは生きている。ならば弟君の犠牲は決して無駄ではなかろう」
「……。かたじけない……!」
ナタク自身使命を果たせなかった無念と、弟を殺された事に、測りきれない暗き感情を抱いているようだ。
「そんな事になってらしたの……。もっと早くわたくし達に話して下されば力になりましたのに……っ」
そう言ったアスカが下唇を噛みながら俯く。先程までのおふざけな雰囲気は霧散していた。本気で力になれなかった事を悔やんでいるのだ。我が友人はこういうやつなのだ。
「そうだぜ、水臭えじゃねえかッ」
「……某は良き友を持ったでござるな。だが課せられた使命は他に知らせる事を禁じていたが故、どれだけ親しかろうとも明かせなかったのだ。すまぬ」
深く頭を下げるナタク。だがすぐに顔を上げたその紫紺の瞳には、魔王への憎悪以外の感情が宿っていた。
「しかし事ここに至り、秘するのは仕舞いにござる。――チギリ殿、その計画に某も加えては貰えぬだろうか……?」
ナタクの決意が確かに我の胸に届いた。元よりその言葉を求めていたのだ。否やなどあろうものか。
「心強い限りだよ。よろしく頼む、ナタク殿」
「これより貴殿は盟友でござるな」
「あらぁ、わたくし達もお忘れになっては困りますわよ〜」
「もちろん、俺もだぜ」
我ら4人は互いの手を合わせ絆を結ぶ。
これで東方部族連合の意志は一つになった。
次は各諸国を巡る事になるだろう。
その後、ナタクから勇者についてさらに情報を引き出すべく質問したのだが、残念ながら有力な情報はなかった。
解放の神剣についても詳細は語り継がれてはいないのだ。
そちらは弟子達が進めている。ここは信じて我は我の成すべきを成す事にしよう。
「して、東方部族連合はチギリ殿に同調できたが、これからどうなさる?」
「ここからは、他国の代表と邂逅する必要があるだろうね。それから冒険者ギルドにも」
「それなら全員で参りましょう〜?」
アスカが朗らかに微笑みながら言うと、ラムザッドは驚きの声を上げて突っかかった。
「おいおいッ! 代表全員で出向いたらどうこの国を動かすんだよッ」
「あらぁ、それなら側近に任せればいいじゃありませんの〜。それに……」
アスカが朗らかな様子を崩さずに話を続ける。思いつきでの発言ではないようだ。
「考えてみなさいなラムザッド? 東方部族連合の代表全員が出向いてきたら、何事かと思って話を聞いてくださるかもしれませんわよ〜?」
「……いや、だからってな――」
「――ふむ。一理あるでござる」
「うっそだろォおい……」
……確かに、影響力の観点でも絶大な印象を植え付けるだろう。……何より愉快じゃないか。ふふ。
「ふふふ……。おっと失礼。だが、その案乗った」
「チギリッ! おめェまで…………ああ、わかったよッ! それでやろうじゃねえかッ! ……たく!」
「ええ、皆様で参りますわ〜!」
「でもなアスカ、次代表に会う時はぜっったいに事前に連絡してからだからな!?」
呑気にぽんと手を合わせて喜ぶアスカに釘を刺さんとするラムザッド。案外苦労人気質だなと思ってしまった。
「……当たり前ですわよ。わたくし、これでも外交担当ですのよ? その辺りの礼儀は弁えておりますわ!」
「んじゃ俺にも弁えろよッ!」
ラムザッドの気勢の問答もなんのその、何処吹く風のアスカは口元を抑えて優雅に笑っている。完全に玩具にされているなラムザッドよ……。
「……ともかく、方針は決まり申した。ならば各々やるべき事があるはず」
ナタクの一声に我らは頷いた。
これから彼らはこの国を長く空ける事になる。その引き継ぎをしなければならないだろう。
「お待ちになって、皆様?」
「……今度はなんだよ」
席を立ち一旦解散となるかと思われたが、アスカが待ったをかける。
ラムザッドの悪態含みの声を微笑み一つで跳ね返し、テーブルの上に4つの小さな物体をコトリと置いた。
「部下との連絡はこの精霊具『言霊返し』で出来ますの。わたくしの精霊具開発の皆様の、心血注いだ傑作ですわ!」
アスカによるとこの2つで一対の精霊具『言霊返し』は、この精霊具に向けて言葉を送ると、対となる方に声が届くという代物だ。使用時に魔力を消費するが、遠く離れていても連絡ができるそうだ。
このような物を開発したとは……やれやれ、この友、我の好奇心を掻き立てるのが本当に上手いな。ふふ。
……しかしこれを早く知りたかった。弟子に送れば何かと支えともなったろうに。
「これをそれぞれ、信頼出来る部下に渡せば万事解決ですわ!」
「すげえッ! それなら俺も憂いはねェな!」
「うむ。有難く使わせてもらうでござる」
「では、今日のところは旅の支度に勤しむとしようか。大陸を跨いだ長旅になるだろうからね」
各々が同意を示し一旦の別行動と相成った。
ここから先は他国とのやり取りとなる。
クサビ、サヤ、ウィニよ。こちらは順調に火種が起き始めているぞ。
そう、遠い地にいる弟子達に思いを馳せるのだった。




