Ep.129 Side.C 赤羽織の剣豪
東方部族連合の中でも一二を争うほどに発展を遂げた都市『ツクヨミ』
この街こそ、ホオズキ部族領に属し、独特な文化で名を馳せる東方文化発祥の地である。他国の文化が一般とするならば、ここはまさに異国の地と言えよう。
この街をからホオズキ部族の広大な領地を治めるのが、我らの来訪の目的であり、東方部族連合3族長が一角『ナタク・ホオズキ』である。
このツクヨミの街は、広大な平野に聳え立つ堅牢な城には堀と、その内側には石垣が築かれ、万一の敵の侵入を阻む。
見上げた城の頭頂部には天守閣と呼ばれる城主の住まいが設けられ、その城を中心に栄えた城下の街並みを遍く見渡すことができる。
このように栄えた城下町は交通、流通の面においても数多くの往来が絶えぬ街だ。
東方部族連合の台所とも呼ばれる所以である。
国家運営の要たる3族長の特性を述べるならば、流通面のナタク。武力面のラムザッド。外交のアスカで成り立っていた。
ツクヨミの城下町に到着した2日前のことだ。
ツクヨミの街に到着するや否や、案の定アスカは一息すら省いて突然城に押し掛けナタクへの面会を求めるも、帰って来た返答は、生憎ナタクは今街を離れているという。
「まあ! ナタクったらわたくしがはるばるやってきたというのに、ここにおりませんの?」
と、年甲斐もなく頬を膨らませて城の者を困らせていた。
不在なのは無理もなかろう。我らが突然すぎるのだ。
……まあ、我もかの御仁がどんな反応をするのか興味がある故、アスカを制止はしないのだがな、ふふ。
聞けば城主は領地周辺の視察へ出掛けたという。早ければ2日後には戻るだろう。
その間我らは城内の来賓用の部屋をあてがわれ、主人の帰りを待つこととなった。
国の最高権力者に相違ない3人のうち2人がいると思えば当然の待遇ではあるのだが、どうにも慣れないな。
それから我らは2日の間、休息を取りつつナタクの帰還を待ち侘びた。
そして早朝、アスカがノックもなしに我の部屋に押し掛けた。
「チギリ! 精霊がナタクの帰りを知らせてきましたわ! 急いで待ち構えますわよ! ほらお急ぎになって~!」
「待つんだアスカ。待ち構えずとも到着したら遣いが来るだろうに……って聞いているのか、こら押すな――」
幸い着替えを済ませていた我は、嵐のような勢いのアスカに背を押され、部屋を連れ出された。
部屋の外には不満気な表情のラムザッドが腕組みをして何か言いたげにしながら黙していた。
……今の彼の心情察するに余りある。
我も同じ思いだからな。
だがこうなったらアスカを止められる者などいないのさ。早々に諦めるのが肝要というものだよ、ラムザッド。
城門から外に出たアスカは、堀に掛かる桟橋の終着点で頬を膨らませながら両腕を組み、仁王立ちして帰還者を待ち構える。
見よ。これが年長者の姿だ。我はもう溜め息も出ない。
門兵も引いているではないか。
「ほら、何をぼーっとしてますの? 二人もわたくしと同じようになさいませ!」
「な、なんで俺までんなこと……」
「だまらっしゃい!」
ラムザッドは諦めて覇気のかけらもない様子で、アスカと同じように仁王立ちして並んだ。
「ほらチギリ、貴女も!」
「アスカよ、しがない冒険者でしかない我がすれば不敬に当たろうよ……」
「わたくしが許しますわ! さあお早く! ナタクが来てしまいますわよ! ……くふふ! どんな顔するか楽しみですわー!」
あまりの勢いに、渋々と我も仁王立ちして待つ。
何故このような意味不明なことをしているのか。その理由はただ一つ。
アスカの悪戯心に火が付いたに過ぎない。
要するに茶番である。何百年と生きようとも心に童が住んでいるのだろう。
やれやれ、こんな茶番に付き合うのだ。実にくだらないがせめてナタクの驚く顔が見られれば良いがな。
「……暴君だなオイ……――」
「――何かおっしゃいまして?」
「なんでもねえ……」
程なくして前方に人影が接近してきた。
数名の護衛と連れた眼帯の男が桟橋を渡ってくる。
東方文化特有の戦装束を身に纏い、結わえた黒髪を風になびかせ、一際鮮やかな赤い陣羽織が目を惹きつける。
その様は歴戦の剣豪の風格を漂わせていた。
その剣豪の紫紺の瞳はこちらの様子を胡乱気に見据えて目を細め、護衛の戦士は警戒するあまり、腰の刀に手を掛けていた。
だが、桟橋の終点で仁王立ちしてあからさまな怒り顔をする人物を認識したようで、赤羽織の剣豪は片手を上げ、護衛の警戒を不要とした。
「……これはアスカ殿、ラムザッド殿。かような所まで遠路遥々……。何事でござろうか」
低く深みのある声を放つ赤羽織の剣豪は、やや訝し気に首を傾げる。
そしてチラと我に視線を移し、またすぐにアスカに目を戻した。
「貴方を待っていましたのよ、ナタク! わたくし達、もう2日は待ちましたのよ? ぷんぷんですのよ!」
アスカはわざとらしく地団駄を踏んで怒っている。これで本人は本気で演技しているつもりなのだから滑稽だ。
「はて? 会合の予定は立ててはおらぬはずでござるが……」
至極当然の返答である。我々は事前の連絡を省いての訪問であるからな。アスカの強引さは今に始まったことではないのだ。
「ああ……。俺んとこにも突然来やがったぜ」
「ラムザッド殿も壮健そうでなによりでござるな。……して、貴殿は何者か?」
ナタクの鋭い視線が我を射抜く。
そこで我は、現在進行形で無礼なアスカの分も含めて丁寧に一礼した。
「お初にお目に掛かる、ナタク殿。我はチギリ・ヤブサメ。冒険者を生業としているしがない魔術師さ。アスカの無礼を代わって謝罪したい」
「ヤブサメの耳長人……。なるほど、貴殿がかのチギリ殿でござったか。お会いできたこと、誠に光栄の至りにござる」
そう言ってナタクは模範的とも言える丁寧なお辞儀で返した。
どうやら我という存在は認知されているようだ。
これはホオズキとヤブサメはもともと同じ部族であったが故か。
……どのように伝えられているのか戦々恐々の思いだ。
「ナタクは年上にちゃんと敬意を払えるいい子なんですのよ~!」
「アスカ殿、戯れはその辺りに……。して、貴殿らは何故かようなところでむくれていたのでござる?」
そう問われたアスカはハッとしながら、思い出したように腕を組みなおしてわざとらしく顔をむくれさせた。
「ナタク、コイツのおふざけは無視でいいぞ。それで本題だが……実はなかなか面白いことをおっ始めようとしていてな。……チギリ、後は頼んだぜ」
「了解したよ」
茶番を無視されたアスカが今度は本気でむくれている。
付き合っているといつまでも話が進まないからな。早く本題を切り出すとしよう。
「ともかく、立ち話では余りに無粋。続きは中で話すでござる」
そう告げて歩き出したナタクの後を、頬を膨らませたアスカを除いて我らは続いた。
「……チギリを皆さまに紹介できて、嬉しさのあまり羽目を外し過ぎましたわね~。……あっ! お待ちになって~!」
と、追いかける友の声が後ろから聞こえたのは幻聴ということにしておくとしよう。
今は我が大願成就の為に成すべきことを成さなくてはな。
その後ならば、友の相手をするのも吝かではないな。
などと思い至り、ふふ。と我は人知れずほくそ笑むのであった。




