Ep.126 束の間の静寂
2度に渡るシャドウヴォアの襲撃を凌ぐ事が出来た。
だがサヤへの負担が深刻で、魔力枯渇を回復させる為に休ませる必要があった。
幸いシャドウヴォアは襲いかかってくる事は無かった。
ここまで進んできて、今回はサヤの結界がなかったら、切り抜けられたかわからない。それ程にサヤはこの攻略には不可欠だった。それは僕達にとってサヤはまるで命綱と言っても過言では無かった。
そのサヤがミリィさんから結界を学んでいなかったらと考えると恐ろしい。
サヤは壁際に寄り掛かり気を失うように眠っている。
そんなサヤに隣に座って手を握りながら見守るウィニ。ぎゅっと握って片時も離さない。
「わたしの魔力をさぁやにあげてる。くさびん、妬かないの」
握る手をじっと見ていた僕に気付いたウィニが、何故か勝ち誇ったような表情で言った。
そうか。魔術師は魔力を送る事もできるんだ。
ウィニもウィニなりにサヤを案じ、出来ることをしていたんだな……。
「ありがとうね、ウィニ」
「ぬ?」
ウィニの想定とは違う反応が返ってきたのか、本人は口をへの字にして首を傾げていた。
サヤが目覚めるまではもうしばらく掛かるだろう。
それまで僕は周囲を警戒していようと思う。
それが今僕に出来ることだ。
そう意志を固めた僕は振り返り、ラシードと前方の扉を警戒するのだった。
それから1時間の後サヤが目を覚まし、僕は傍に歩み寄った。
「サヤ、大丈夫?」
「……うん。だいぶ回復出来たみたい。皆、迷惑掛けてごめんなさい」
先程より幾分か顔色は良くなっているようだが、本調子でもなさそうだ。そんなサヤは申し訳なさそうに頭を下げた。
「迷惑なんて掛かってないぜ? むしろ俺らが助けられてるんだ。気にするなって!」
前方を警戒していたラシードが顔を向けて微笑んだ。
「ありがとう……。ウィニも、ずっと手を握っててくれたのね。心強かったわ」
「ウィニはね、こうして魔力を分けてくれてたんだって」
「ふふん。わたしはさぁやのおねーさんだから。とーぜん」
そう言ってウィニは握った手をぶんぶんと振ってしたり顔だ。ウィニなりの照れ隠しのように見える。
ウィニの真意を知ったサヤの目元がキラリと光り、にっこりと花を咲かせていた。
「おかげでかなり楽になったわ。……さあ、待たせたわね、いつでも行けるわ!」
気を取り直した僕達は攻略を再開させる。
そこに、ラシードが思い立ったように道具袋から何かを取り出してサヤに渡している。小瓶に緑色の液体が入っている。ポーションの類いかな?
「サヤ、先に渡しておくべきだったが……これを使ってくれ」
「これは……ポーション? こんなにたくさん?」
ラシードから手渡された5個の小瓶。サヤはその一つを摘んでじっと観察する。
「魔力を回復するポーションだ。即効性があるものだから、必要になったら迷わず使ってくれ!」
「即効性のあるポーションは高価なはず……いいの?」
徐々に効いてくる薬品は比較的安価で購入できるのでいくつか持っているけど、即効性の薬品は品数も少ない上に高価だった為、購入を泣く泣く諦めたのだ。
心配そうな顔をするサヤに、ラシードはまったく気にする事もなく笑って見せる。
「それなりに高価なのは否定しないけどな、命には変えられねえだろ? 遠慮なくガンガン使ってくれよ!」
「……わかったわ! 使わせて貰うわね!」
「よし、それじゃ再開しよう。気をつけていこう」
僕の再開の宣言に、皆は気を引き締めて力強く頷いた。
僕達は警戒を厳にしつつ通路の一番奥の扉に差し掛かる。
ラシードが武器を構え、僕は扉に手を掛けて襲撃に備えつつ、そっと扉の取っ手を引いた。
おそるおそる扉を少しだけ開き中を覗き込む。
ラシードの情報では、この部屋が貴重な鉱石が取れる最奥と思われていた部屋だ。
部屋の奥の一部だけやけに暗く、その辺りの壁には黒い岩が付着していた。おそらくあれが例の鉱石なのだろう。
中の様子を伺うと、拍子抜けにも部屋の中は魔物の気配はなく、ガランとしていた。僕は扉を開け放ち中に入り、一歩踏み出そうとした。
――そこにラシードの手が僕の肩を掴み、僕の一歩を留めた。
「すまん、クサビ。……それを踏まないでやってくれ」
「えっ……? ……っ!」
僕が踏み出そうとした先には黒く乾いた血溜まりとボロボロになった防具や布切れが、部屋の入り口の扉のすぐ下に残されていた。
扉の内側を見ると、そこにはびっしりと血痕が残っていた。
「……オルディ…………。最期まで勇敢な奴だった」
残された遺品の中にギルドカードがあった。
『オルディ・ライオネル』ラシード達を逃がして扉を閉ざし、たった一人留まり命尽きるまで戦い抜いた戦士の名だ。
血溜まりの傍には折れた大剣が転がっていて、剣に刻まれた数々の傷跡が戦いの激しさを物語っていた。
「国に送ってやらねえとな……。くそッ……!」
大きな背中を震わせながら遺品を布に包み、道具袋に保管したラシードは無念の声を上げる。
そして部屋の奥の崩れた壁のさらに奥の隠し通路を見つめ、ラシードは静かな怒気を孕みつつ声を絞り出した。
「……あと2人だ。見つけてやらねぇと…………」
「……うん。行こう」
僕達は慎重に隠し通路に近付いていく。
隠し通路の奥は真っ暗になっていて、近付くにつれてシャドウヴォアの気配が強まる。
――確実に奴らがいる。僕達は緊張した面持ちで固唾を呑み、一歩ずつ音を立てないように進んだ。
そして隠し通路のすぐ傍まで到達し、ラシードは僕達に向き直り意思を確認する。
「(準備はいいか?)」
と、ラシードの強張った表情は語っていた。
僕達は武器を構えて頷いた。
ラシードが指を三本立てて見せ、一本ずつ折り曲げていった。
……3、2、1――――
――ラシードの指が全て折られた瞬間、僕達は一斉に隠し通路へと飛び出した!




