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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第6章『聖なる水の都へ』
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Ep.125 第二波の影

 ダンジョンの入り口から続く長い通路の、左右の部屋への扉を直進していく。

 さっきまで戦っていた場所が徐々に遠ざかり、張っていた結界がフッと消え去った。

 

 サヤによれば、結界は一度張れば魔力消費もなくその場に残るが、破壊されるか術者が離れると消えてしまうらしい。


 さっきは破壊されないように魔力を送って補強していたので、サヤはその間動けない。僕達で奴らを倒さねばなさない。


「皆、情けないところを見せて悪かった。覚悟してたんだがな……」

 ここまででラシードは情に厚い男なのは知っている。そんなラシードだからこそ皆力になりたかったのだと思う。


「そんなことないよ! ……大事な仲間を思うことが情けないわけないよ」

 僕は自分の気持ちを精一杯伝えた。言葉足らずで伝えきれないのが悔やまれる。


「そうよ、ラシードは私達の兄貴なんでしょ? 自慢の兄だわ」

「ちなみにわたしは、くさびんとさぁやの自慢のおねえさん」


「「えっ」」

「にゃっ」


 ウィニがまた素っ頓狂なことを……。

 そんなやりとりに、ラシードは一瞬だけ切なそうな表情をして、穏やかに白い歯を見せた。


「そうだな……! 俺は自慢の兄貴でいなくちゃな!」

 無理にかもしれないけど、少しだけ明るさが戻ったような気がした。



 そして長い石造りの通路をさらに進んでいく。

 奥の方にあった、通路の左右の扉が近くなってきて、僕達は警戒の色を濃くしながら進む。


「おそらくこの扉からも奴らが出てくるだろう。サヤ、結界の準備をしておいてくれ」

 ラシードは声を抑えて静かに口を開き、サヤは頷く。


 それとウィニの猫耳が異変を捉えたのは同時だった。

「来る! さっきよりもたくさん!」


 僕達は臨戦態勢を取り、サヤは地面に手を付いて結界の詠唱を始めた。


 左右の扉がが勢いよく開け放たれ、黒い影が虫のようにカサカサと素早く飛び出して来る!


「――邪を阻む壁よ守り給え! 皆!」


 サヤの結界が発動しウィニが結界の中に入った。

 僕とラシードはできる限りシャドウヴォアの数を減らす為結界を背に応戦する。


 薄暗い通路を壁や天井問わず縦横無尽に襲い来るシャドウヴォアは瞬く間に僕の間合いに入って、突き刺す為だけに存在するかのような尖った腕を突き出して迫る。


 僕は目の前の黒い影の大群を見据えながら深く集中し、相手を見定める。

 そして最初に狙う目標を選定すると、僕は敢えて飛び出した!


 昨日、鍛錬の最中不意に見えた幻影の動きが見えたあの後、僕はひたすら反復して動きと力の出し方を体に叩き込んだ。

 あの現象は一体なんなのかはわからない。

 だが、僕の知らない何かが僕に伝えようとしてくれたのならば、それは僕に必要なものだと、根拠のない確信があった。



 いつもより軽いイメージで、半歩少なく前進しながら剣に魔力を込めて、目の前に迫る一体を斜め下から斬り放つ。

 その剣の刃が通ったあとには赤い軌跡を残していた。

 込めた魔力が刀身に熱を加えて焼き斬る熱剣で斬れ味が増している。

 以前見様見真似で繰り出した燃える剣ではなく、熱によりいつもより少ない力で敵を切断せしめる僕の新しい剣技だ。


 攻撃に使っていた強化魔術を移動に振り分けられるようになった事で、僕の足運びもより素早くなった。



 斜め斬りからすぐに右手に剣を持ち替えて逆方向に一回転して回転斬りを繰り出し周囲のシャドウヴォアを薙ぎ払う。

 それでもすぐに懐に迫るシャドウヴォアの突きを、体を翻しつつ回避し、まるで踊るような足運びで敵の攻撃をすり抜けながらカウンターで葬っていく。

 今までの力任せな攻め方とは、まるで違う戦い方を体得できた。


 しかし、深く集中する事で繰り出せるこの剣技だが、この集中状態は長く続けられない。


 僕は集中が薄まるのを感じ、剣に魔力をさらに込めて火魔術を発動! 途切れかけた赤い軌跡の刀身が、今度は勢いよく燃え上がる。


「うおおお!」

 結界を背にした僕は、掛け声と共に剣を両手に持って水平斬りを放ち、炎の衝撃波が飛び、前方の魔物に当たって爆ぜた!

 

 その爆発は周囲のシャドウヴォアを巻き込み数体を葬る。難を逃れたシャドウヴォアは爆発の光に一瞬怯んだ。

 その隙に僕は結界の中に退避する。



 新しい剣技と全力の炎の剣風で10体は倒したが、それでもまだまだ迫ってくる。

 反対側を守るラシードや、ウィニも魔術で足止めや迎撃をしてくれているが、数の暴力には対応し切れない……!

 僕達の迎撃を掻い潜って結界に突撃したシャドウヴォアも多くなっていた。


「……くっ!」


 結界を補強し続けるサヤから苦悶の声が漏れる。かなりのシャドウヴォアを結界に突破させてしまった事で、サヤの魔力への負担が増していたんだ……!


 このままではサヤの魔力が切れる! これ以上奴らを結界に触れさせちゃいけない!


「数が多すぎる! どんだけ部屋に篭ってたんだよコイツら!」

 ラシードが結界内からハルバードを振って迎撃しながら叫んだ。


「くさびん! おっきいの使う! 時間稼いで……!」

「わかった……ッ!」


 ウィニが魔術の詠唱の準備動作に入り、魔術の迎撃が止まる。僕は意を決して再び結界の外に飛び出した!

 自分を囮にするしかない! さもなければサヤの魔力が保たないかもしれない……!



「駆け巡れ光の如く……」


 僕は食い付かれないよう必死に剣を振る。

 後ろから聞こえる詠唱は、ウィニの上級雷魔術のイレクトディザスターだ。


 次々と飛び込んでくるシャドウヴォアの一体が尖った腕を突き出し、僕の右腕を掠める。赤い血が飛びそれを見たシャドウヴォアが、血を流している僕の右腕に勢い増して殺到しだした!


「コイツ……!」

 僕は咄嗟に腕を守るようにしながら左手の剣で纏めて斬り払った。どうやらコイツらは傷を狙ってくるようだ!


「――鳴動せよ蒼き嘶き! ……くさびん! こっち!」


 ウィニの詠唱が完了し僕を呼ぶ。

 それにすぐさま反応して結界内に飛び込んだ!


「イレクトディザスター!」


 ウィニが杖を前に向けて魔術を放った! 青色の雷が入口側の通路中に逃れる隙間もなく放出されていく!


 これで入口側は一掃出来たようだ! ウィニの魔術はやはり凄い!


「うおっ!? すげー音したぞ!」

「こっち側は片付いた! 残りをやろう!」


 イレクトディザスターの轟音に驚くラシードの隣に移動した僕は迎撃しながら言った。


「あとはこっち側だけだな? よし、行くぜクサビ!」

「行こう!」




 程なく、ここら一帯のシャドウヴォアを殲滅する事に成功した。一先ずの危機は去りようやく安堵する。


「はぁ……はぁ……」

「さぁや……。大丈夫?」


 剣を収めて振り返ると、地べたに座り込んで肩から息をするサヤを、ウィニが心配していた。

 僕もサヤも隣に寄り添い声を掛ける。相当無理をしていたようで魔力をかなり消耗しているようだ。


「サヤ……」

「はぁ……はぁ……。大……丈夫よ」


 とても大丈夫なようには見えず、魔力枯渇寸前だったようだ。ぐったりとしながら力無く僕に向いてサヤは笑った。


「クサビ……怪我をしているわ……。今……」

「このくらい大丈夫だよ! それより今は魔力の回復を優先するんだ」


 そう言う僕の言葉を聞き入れず、サヤは僕の右腕の傷に優しく触れてなけなしの魔力を込めた。

 大変な状態だというのに、サヤは自分のことよりも誰かの事を優先してしまうんだ……。その優しさに胸が痛む。

 

 やがて傷の痛みが消えていき、サヤは弱々しく微笑んだ。


「……ふふ、これで大丈夫…………」

「ちっとも大丈夫じゃないよ……っ」


 その様子を見ていたラシードが周囲を警戒しながら近づいてくる。そしてしゃがんで僕達を目線を合わせた。


「どうやらアイツらは探知範囲はそこまで広くないらしい。ここで休んでから行こうぜ」

「賛成。ありがとう、ラシード」

「わたし、さぁやについてる」


 心配そうにサヤに寄り添いながら言うウィニに僕は頷いた。


「……わかったわ。今は休ませてもらう……わね」

 そういうとサヤはすぐに眠ってしまった。


「……この先、恐らくだがもっと数がいるはずだ」

 ラシードは静かに僕に語り掛ける。眉間に皺を寄せたその表情からは焦りと危機感が伝わる。


「今のでもうサヤの魔力は限界寸前だった……。さらに増えたら保たないよ……!」

「ああ……。サヤの負担が大きすぎる。……なんとかしねぇと……」


 ……そこの扉を抜けた先がむしろ本番だ。

 僕はこのダンジョンに巣食う魔物に、改めて底知れぬ不気味さを感じていたのだった。


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