Ep.122 ダンジョンへ
今日はダンジョンに出発する為、僕達はラプタ村の東に足を向けた。
旅してきた道をまた戻ることになるが、ラシードの為に起こした行動に誰も異論を唱える者はいない。
目的のダンジョンがある場所までは歩いて一日と半日の道のりだ。
僕はラシード並んで歩きながら尋ねた。
「ラシード、ダンジョンの中にはどんな魔物がいるの?」
「全滅させたはずだが、デカイ蜘蛛みたいな見た目のやつとか、硬い殻に覆われてる虫みたいな奴がほとんどだったな」
隠し通路を見つけるまでの魔物は掃討済みらしい。
「まあ、そいつらは俺らがダンジョンに入ってからまだ間もない。生まれてくるほど瘴気は濃くなってないだろうから、居ても数は少ないさ」
瘴気が濃くなると、それに侵された生き物が変容して魔物化する。魔物を倒せば一時的には辺りの瘴気が晴れる為、すぐには出現してこないそうだ。
「なるほど~。ダンジョンはそうなっているんだね」
「ああ。……残る魔物は、黒い魔物だけのはずだ」
黒い魔物という言葉を口にするラシードの表情に影を落としたのが見えた。無理もない。ラシードの仲間はその黒い魔物によって殺されたのだから。
「……その魔物の特徴を聞いてもいいかな……?」
僕は苦い顔をするラシードにそっと言葉を掛ける。
「ああ、むしろ知っておかなきゃいけない事だろうな。……アイツは『シャドウヴォア』だ。ダンジョンに潜るまで見たことはなかったが特徴が一致する」
シャドウヴォアと呼ばれた魔物は、全身が黒く覆われ外皮は金属のようにつるりとしていて無機物的。一体あたりは小柄で素早く動き回り、獲物を突き刺す為だけに存在しているかのような尖った両腕を持つという。
そして同じく尖ったトカゲのような顔面から開かれる、鋭い牙を並べた大きな口で貪り喰らうのだ。
そんなのが集団で襲い掛かってくる。一体ずつ相手にする分には大した魔物ではないものの、基本集団で行動するため危険度が跳ね上がる。
奇襲を受けたとはいえ、ラシードのパーティはBランクだった。それが壊滅するほどの危険度ということだ。
僕達も油断は決してできない。本当ならDランク冒険者である僕達では到底敵わないと、ギルドなら待ったをかけるだろう。
「……手強い相手だね。僕達にやれるかな……?」
僕は緊張した面持ちで呟く。
「俺だって誰彼構わず頼んだわけじゃねえんだ。おまえ達はそのランクには不釣り合いな実力を持ってると見込んだからこそ、恥を忍んで頼んだ。――おまえ達となら、やれる」
ラシードは僕の肩をぽんと叩いてから手を乗せて、白い歯を見せてニッと笑って見せ、強い意志の籠った眼差しで僕を見据えた。
肩から伝わる手の温かさが、僕の不安を打ち消していくのを感じて、僕もラシードに笑いかける。
ラシードはさらに言葉を続けた。
「それに、シャドウヴォアの弱点は光だ。奴らは聖なるものとか、そういうのにめっぽう弱いのさ!」
「おお! ……ウィニは光属性の魔術、何か使える?」
後ろで話を聞いていたウィニに振り返りながら話しかける。
すると、ウィニはお得意のいつものドヤポーズをして胸を張って見せた。あのドヤ顔……。これは自信ありそうだ。
「ふふ。わたしは陰の者。影あるところにわたしあり、だよ」
「ごめんちょっと何言ってるのかわからない」
要約すると、光魔術は上手くできるかわからない。とのこと。
なんでドヤ顔したんだ。
「大丈夫だ、切り札はウィニ猫じゃねえから」
「ぬーー!?」
何かが傷ついたのか、怒り顔で飛びつくウィニがラシードの頭を揉みくちゃにしていて、ラシードとやいのやいのしている。
なんだかんだ仲良いんじゃないか、この二人。
やがて、首根っこを捕まれて大人しくなっているウィニを片手でぶら下げたラシードが息を切らしていた。
「ぜえ……ぜえ……。今回の切り札はサヤ! 君だ!」
「……え、私?」
一瞬の間を置いてサヤが自分を指差しながら驚いた。
ラシードは大袈裟に大きく頷く。
「うむ! サヤは神聖魔術使えるだろ? それが奴らによく効くんだ。……期待してるぜ?」
ラシードがサヤにウインクしてそう言った。
しかしもともと糸目だからまったく伝わらなかった。
「わかったわ。頑張る……!」
サヤは少し緊張したように肩を強ばらせていた。
いつもサポートに回ろうとしてくれるサヤだから、突然期待されるとたじろいでしまうのだろう。
これで、これから相手をすることになるシャドウヴォアの事は知れた僕は、情報は武器にも等しいのだとひしひしと感じるのだった。
そして僕達は問題なくダンジョンの近くまでやってきた。
ダンジョンがある低地まで1時間ほど離れた距離で野営をし、明るくなってからダンジョンに向けて出発する予定だ。
暗くなると、もしかしたらダンジョンの奥から()が出てくるかもしれないからだ。
「ここから先はもう気を抜くなよ。今日も交代で見張りをして、その間決して火を絶やさないように、だ!」
火を囲んで座り食事を取る僕達に、ラシードは真面目な様子で語りかけた。野営地に張り付けた雰囲気が漂い、僕とサヤは真剣な面持ちでただ頷いた。
ラシードは食事を一気に口に詰め込むと、ハルバードを持って立ち上がり僕達に背を向けた。
ラシードはダンジョンがある低地の方角を見つめていた。
その背中から滲み出る殺気には、怒りや悲しみ、憎悪といった負の感情が伝わってきて、とても声を掛けられない。
……ダンジョンで散った仲間のことを、そしてその悪夢の元凶へのことに思いを滾らせているのかもしれない。
「…………」
僕とサヤは重苦しい雰囲気に圧され、静かに食事を口に運んでいた。ラシードの気持ちがわかる分、余計にいたたまれないのだ。
「ラシード。ごはん、もういらない?」
その時同じく静かに食べていた――もとい、周りの雰囲気などお構いなしに一心不乱に食べていたウィニが、食事もそこそこに席を立ったラシードに食事を盛った器を持って近寄り、顔を覗き込んでいた。
そしてなんとあのウィニが器をラシードに差し出した……!
「…………いや、いい」
「むぐむぐ……お腹いたい?」
手に持った食事を口に運びながらウィニがきょとんとしながら咀嚼していた。
「ウィニ猫ぉ……。それ俺にくれようとしてたんじゃないのかよ」
「だっていらないって」
「切り替えはえーよ! ……は……はは……。……ははは!」
ウィニの空気の読まなさが功を奏したのか、ラシードが笑いだして、ウィニは眉を八の字にさせて首を傾げながらもぐもぐとしていた。
そんななんとも言えない光景で周りの雰囲気が和み、僕とサヤはほっとしながら二人を眺めた。
明日は必ずラシードの心を取り戻そう。
僕の瞳にはそんな決意が宿っていた。




