Ep.120 ラシードの頼み
「飯の前に、頼みがあるんだ」
ラシードが確保しておいてくれた席につくと、第一声に言葉を紡いだ。
さっきまでの快活な様子はどこへやら、真剣な表情で両肘をついて座っている。
纏う雰囲気の違いに気付いた僕達は気を引きしめ、ラシードが話し始めるのを待った。
何やら思い詰めたように視線を落とすラシードの眉間に皺が寄り、なかなか話し出せずにいたが程なくして口を開いた。
「……今からする話は誰にとっても楽しい話じゃない。その話を聞いた上で、頼みがあるんだ。……聞いてくれるか?」
ラシードの悲しみを帯びた表情が僕の心を射抜く。
そんな顔をしたラシードを、放っておくつもりなど僕にはなかった。
「もちろんだよ。……聞かせてほしい」
「ありがとうな。……実はな――――」
ラシードは親友と二人で冒険者を始めて、活動していくうちに巡り会いを経て5人のパーティを組んでいた。
この5年間の冒険者活動で、親友と呼べるほどに絆を深めた仲間達と、ラプタ村の近くにあるダンジョンに挑むことにしたのだ。
そのダンジョンは古代の遺跡の地下に、闇属性の力が集まる場所があり、その力を取り込んだ貴重な鉱石が採れる。それを目当てに5人はダンジョンに潜ったのだという。
ダンジョンの地下は古代に作られたと思われる施設だった。その中に住まう魔物は、仲間と力を合わせれば難なく倒せるレベルの強さで、比較的苦労もなくダンジョンを踏破できると思っていた。
そして鉱石が採れる最奥の部屋まで辿り着き、そこに巣食う魔物との戦闘の末駆逐することに成功し、無事に鉱石を入手することが出来て、仲間達は沸き立ったという。
「……問題はそこからだった。今思えばとっとと帰れば良かったんだ。それから――――」
その部屋での魔物との戦闘の最中に、部屋の壁の一部が戦闘によって崩れたのだ。そしてその崩れた壁の奥にまだ部屋が隠されているのを見つけてしまった。
冒険者としては隠し部屋を見つけてしまっては、引き返すなんていう選択肢はなかった。
隠し部屋を進み、奥の部屋へと足を踏み入れた。
そこには薄暗い部屋の中央に大きな光る結晶が置かれていて、仲間の一人がそれに目がくらんで真っ先に向かっていった。
「……仲間が結晶に触れた時、突然叫び声が聞こえたんだ。それで、天井を見たら……魔物がびっしりと張り付いてた…………」
その黒い体の魔物は一斉に襲いかかってきた。
一体一体が素早く、奇声を上げながら動く魔物に、結晶を触れた仲間が真っ先に群れに呑み込まれ、その仲間は絶叫しながら四肢をもがれていったという。
仲間の死を目の当たりにしながらも、とてつもない危険を感じた残りの仲間は即時撤退を選択した。……が、戻ろうと扉に向かおうとしたが、既に魔物の群れに取り囲まれていた。
そこから先は地獄のようだったという。
残された4人で脱出を目指しながら魔物を迎撃した。
仲間の一人が犠牲になり、魔物の包囲を突破し、部屋を脱出した。パーティの盾役を担うその仲間は身を呈して他の仲間を逃がした。
隠し部屋から戻る為の通路にも、どこから沸いたか魔物が群がっていた。死中に活を見出す他なく、残り3人となったパーティで脱出を目指して突き進んだ。
隠し部屋を脱出し、最奥と思っていた部屋に出る。
既に魔物で埋め尽くされていたこの部屋で必死に応戦しながら撤退を試みた。
出口への通路へ続く扉を開き駆け抜ける。
その時後ろから勢いよく扉が閉じられたのだ!
扉の奥から仲間の声で『俺に構わず先に行け』と聞こえ、ラシードと残った仲間は、覚悟を不意にすまいと出口への通路を駆け続けた。
両隣の部屋からも魔物が湧き出して、後ろから追ってくる大量の魔物に追われながら地上を目指して一目散に疾走した。残った仲間は最も付き合いの長い相棒とも言える親友だった。
だが、もうすぐ地上というところまで来た時、親友が追いつかれ、右腕を斬り飛ばされた。
転倒しそうになる親友を咄嗟に手を取り、地上を目指して脱兎の如く走り続けた。
「……俺は命からがら脱出したよ。奴らは地上の光が弱いのか、それ以上追って来なかった……」
親友の手を引き飛び込むように地上に出た。
振り返ると、追ってきていた魔物は入口から出てこなかった。
脱出に安堵し親友に向き直った。
が、ラシードが手を握っていた親友はどこにも居なかった。まだ血が滴っている腕から先を握っていただけだったのだ。
それを見た瞬間ラシードは発狂した――――
「――それからはもうなんも考えられなくなって項垂れてたところに、クサビ達に出会ったってわけだ……」
ラシードの口から語られた話は想像を絶する程悲惨なものだった。
それも過去の話ではなく、つい最近の出来事というところも相まって僕の心を抉った。
僕達と出会う前、ほんの数時間前のことだったのだ。それなのにラシードは絶えず僕に話しかけ、明るく接していたのだ。
もしかしたら自棄になっていたのかもしれない。
……言葉を吐き続ける事で、仲間達を一瞬にして失った悲しみを紛らわせていたのかもしれない。
彼の心中にはどのような感情が渦巻いているのだろうか……。
だが僕は、一人では人間の心の強さが脆いことを知っている。
僕がそうだったように…………。
僕の脳裏に過去の記憶が過ぎりかける。
それが中断されたのは、ラシードの行動に驚いたからだ。
「――頼む!! 俺と一緒にダンジョンに潜ってくれ……!」
突然、椅子から降りたラシードは、両手と頭を床に付けて懇願してきた。
僕達は驚いて顔を見合わせる。辺りの客はなんだなんだと様子を伺うような、もしくは興味深げにこちらに好奇な視線を浴びせた。
「ラ、ラシード……頭を上げてよ」
「寄り道してる場合じゃねえ旅なのは分かってる! でも……あそこに仲間を残してきたまま、俺だけのうのうと生きるなんてできねえ! せめて遺品だけでも持ち帰って国に返してやりてえんだ……! 今頼れるのはおまえらしかいないんだッ!」
僕はラシードに近づきしゃがんで肩に手を添える。
頑として動かないラシードの肩は震えていた。
「…………頼む……ッ……!」
喉から絞り出すような声で懇願するその姿に、僕達も周りの客もいたたまれなくなり、その場がしんと静まり返ってしまった。
「……顔を上げてよ。ラシードの気持ちはよくわかったよ」
俺はできるだけ穏やかに語りかけた。するとゆっくりとラシードの顔が僕に向く。
「ラシードの仲間を迎えにいこう。僕らで良ければ手伝うからさ」
「……かなり危険な場所なんだぞ……」
「わかってる。だから皆で行くんだ」
僕はラシードをサヤ達の方に促す。
サヤはふっと微笑みかけて真剣な目で頷き、ウィニは仏頂面でこくんと頷いてそっぽを向いてしまった。
「おまえら……ッ! 恩に着る……!」
そして僕達は席に着き直し、なんだか照れくさいような、でもそんな空気を大事にしたいような気分になっていた。
「……すまねえ。変な空気にさせちまって」
「ん。お詫びにごはんいっぱいたべさせて」
こんな時もウィニはブレないねえ。
「……ふふふ!」
サヤがウィニの発言に笑いを漏らし、ラシードは頭を掻きながら照れ隠しをしていた。と、見ていたら突然立ち上がり手を叩く。
「みんな見苦しいもん見せてすまなかったな! お詫びにここにいる奴ら全員に一杯奢るぜ!」
「おおー!」
「うえーい!!」
お店の雰囲気が一瞬にして沸き立ち、再び賑やかな空間に戻っていく。ラシードの胸の奥の悲しみを吹き飛ばすように僕達は笑い合ったのだった。




