Ep.118 甲冑骸との戦い
「だあああ!」
僕は一気に加速して跳躍して気合いと共に、ラシードとサヤと打ち合う甲冑骸の頭上に位置取り、兜に剣を振り降ろした!
そして間髪入れずに兜に蹴りを入れて反動で距離を取る。
「クサビ、もう大丈夫なの!?」
「ああ! 二人とも助かったよ!」
「コイツの強さは半端ねえ! 一気に仕掛けるぜ!」
「――おおおぉぉ……ッラァ!!」
ラシードがハルバードを縦回転させ、勢いのまま斬り上げ、甲冑骸の右腕の鎧の繋ぎ目を狙って斬り飛ばした!
強化魔術を加えた強力かつ見事な槍捌きだ。
「はあああ!」
その隙にサヤが納刀し、居合の構えで魔力を溜め、一気に解放しながら抜刀した!
鋭い剣閃が甲冑骸の胴体を横にバッサリと両断する!
ずんと重い音を立てて甲冑骸が崩れ落ちた。
「む。……やったか」
「だあ〜! それ言っちゃ駄目なやつだ!!」
ウィニの言葉に、大袈裟に頭を抱えるラシード。
どうしたのだろうと思いながら剣を鞘に戻そうとした。
「ッ! まだよ! 油断しないで!!」
倒した筈の甲冑骸がガタガタと震わせながら、切り飛ばされた部位が集まると再び付着して、何事もなかったかのように平然と立ち上がった。
「ほら言わんこっちゃねえ! こういう時の『やったか』は禁句なんだって!」
ラシードは頭を抱えながら騒ぐと、甲冑骸を睨みつけながらハルバードを向けて見構えた。
僕達も再度臨戦態勢と取り、僕は正眼に剣を構えた。
「攻撃が効いてないわ!」
サヤが声を上げたと同時に、甲冑骸の兜の奥が赤く光り、一気に距離を詰めて来た! 僕の倍近くはある巨体が猛然と僕に迫る!
執拗に僕に狙いを定めている。やはりコイツは魔王の……!
甲冑骸が大きく長剣を掲げて振り下ろす寸前、構えを変えて意表を突き、大振りで強烈な水平斬りを放ってきた!
「――くっ……!」
僕の首を狙ってきたそれを、前屈みになる事でギリギリで回避する。
頭のすぐ近くを殺意の刃が通過する。このざわつくような感覚が僕の戦意を研ぎ澄ます。
僕は、大股に開いた甲冑骸の股の間を抜け、すぐさま反転し背後から左足を狙って斬り付ける! そのまま逆の足も同様に斬って即座に離れた。
体を支える力を失い、膝を着く甲冑骸。
……うまく防具の繋ぎ目を斬る事が出来たようだ。どうやら甲冑骸は死角からの攻撃には無頓着のようだ。
「やるなクサビ! 行くぜ!」
そこにラシードが突っ込んだ!
「うおおお! 必殺ッ! 本気の突き!」
ラシードのハルバードの先端に高密度の強化魔術が集束していく。それを甲冑骸の胴体に一気に突き放った!
――ッッッ!!
ラシードの技の名前通りの本気突きが甲冑骸の胴体に、甲高い音を立てる。
ハルバードの刃先が鎧も構わず貫き、衝撃波が背中を突き抜けた!
甲冑骸の胴体に大きな穴が空いた! 技の名前は置いといて凄まじい威力だ!
甲冑骸が項垂れるように活動を停止する。
僕達は、油断なく武器を構えながら様子を伺う。
………………。
「……やった――むぐ」
「言うなって……」
ウィニが何か言葉を発しようとするところをラシードが口を塞いで止めた。
その直後、甲冑骸の兜の奥が赤く光り、胴体に空いた穴も気にせず動き出した……!
「何なのコイツ! まるで効いてないわ!」
「だから言うなって〜!」
「わ、わたしは起こしてない」
サヤがうんざりといった様子で刀を構え、ラシードは頭を抱えながらウィニに抗議しており、ウィニは猫耳を垂らしながら反論していた。
再び立ち上がる甲冑骸。僕が斬り付けた足の傷も塞がっていた。僕達は三度の臨戦態勢に入る。
そして甲冑骸がゆっくりと僕の方に振り返る。……あくまでも僕が狙いか。魔王に忠実な奴だな……!
――くそっ! どうすれば倒せる!?
「――ガイアソーン!」
ウィニが魔術を構築した杖を天に突き上げると、杖の宝玉が黄色く光る。
甲冑骸の足元の地面から土の棘が隆起して甲冑骸を突き刺して動きを制限した! いつぞやの、ウィニと二人で旅していた時にトゥースボアに使用した魔術だった。
それを見たサヤが、フッと視界から消えた。
そう錯覚する程の速度で甲冑骸に接近したサヤは、長剣を持っている右腕を狙って斬り抜けて一閃する。
「動きさえ止めちまえばいいってわけだ……なッ!」
ラシードはそう言いながら動き出し、ハルバードを振り下ろして甲冑骸の左腕を斬り飛ばす。
胴体に大穴が空き、足を土の棘で縫い付けられ、両腕を失った状態で身動きの出来ない甲冑骸は、それでもなお僕を視界に捉え続ける。
「……っ」
その執念じみたものに寒気を感じた僕は、一瞬たじろいでしまった。
無骨な兜の奥の闇に、かつて魔王と対峙した時の記憶が彷彿と蘇ったのだ。
急激に喉が乾くのを感じる。そして背中を走る激しい悪寒……。
「クサビ……?」
――落ち着け! コイツは魔王じゃない!
……いや、たとえ目の前にいるのが魔王だったとしても、その闇に恐れないと誓ったはずだ!
奮い起こせ! 父さんと母さんが信じてくれた、僕の中にある勇気を……!!
僕は一切の恐怖を振り払い、剣を両手で握り甲冑骸に向けるように構えて魔力を溜める。
「くさびん! こいつ、動くとき頭から魔力流れてた!」
「そうか! そこが弱点かッ!」
僕は弾かれるように一気に加速して、剣に魔力を集めながら兜の隙間を狙う。
そして足の強化魔術を解放し、低空を跳躍してさらに加速した! 魔力を溜めていた剣が徐々に発光し始め、僕の速度を増すのと呼応するかのように、その光はひとたび眩く光ると炎を帯びた!
時間の流れが妙にゆっくりに感じる。徐々に甲冑骸との距離が縮まっていく間も、僕と甲冑骸は目を逸らさない。
その漆黒に真っ向から立ち向かう意思を己に証明する為に、決して目を逸らさなかった。
「うおおおおー!」
今度こそ確実に兜の隙間に燃え盛る剣を突き入れる!
手に確実な手応えを感じた。
「とどめだ!」
僕はさらに魔力を解放させると、突き入れた剣の炎が勢いを増し、甲冑骸の兜の中で激しく燃え上がった!
――ゴォォォォォォーー!!
甲冑骸の形容しがたい断末魔が耳を劈く。
僕は突き立てた剣を勢いよく引き抜いた。
甲冑骸が重い音を立てながら崩れ落ちていき黒い塵となっていく。やがて最後まで轟々と燃える兜が地面に落ち、跡形もなく消えた。
勝った……。
脅威が去ったのを実感すると、途端にふらつき始めて、その場に座り込んでしまった。そういえば頭から血を流してたんだったな……。
そこへサヤがすぐに駆け寄ってきて、後ろから僕の頭にサヤの手が添えられる。
「クサビ、今治療するわ。……お疲れ様」
「……ありがとう。サヤもお疲れ様」
座る僕の後ろで立ち膝になって僕の頭を抱き抱えるようにしながら回復を始めるサヤ。
頭に感じる感触に困りつつも、下手に動けなくてじっとすることにした。
「ふぃ〜〜! とんでもねえ奴だったぜ……」
ラシードもその場にへたりこんでいた。
「…………」
ウィニは何故か両手で自分の口を塞いで棒立ちしていた。何かを言いたげなその目は、僕達に何かを求めるように見渡していた。
「ははは! ウィニ猫、もう言ってもいいぞ!」
「む。……やったー」
両手を空に掲げて握り、バンザイのポーズをして勝利宣言をするウィニの声が控えめに響く。
「ぷっ……あははは!」
あ、『やったか』は禁句だったからかと気づいた僕達は、その妙なところは素直なウィニがどこかおかしくて、堪らず笑ってしまったのだった。




