Ep.117 鎧の刺客
道中でBランク冒険者で槍術師のラシードさんに出会い、ラプタ村まで同行することになった。
歩きながらラシードさんの事をいろいろ知ることができた。
というよりは、ラシードさんの方から自分の事を話してくれただけなんだけどね。
ラシードさんはここから北の大陸にある、リムデルタ帝国出身で、地方の貴族の生まれらしい。
5人兄弟の四男とのことで、家督について考える必要がなく、貴族としての厳しい教育を受けてはいたが比較的自由に育ったそうだ。
それで幼少期から憧れていた冒険者になるため故郷を飛び出したという。
ラシードさんは現在23歳独身。
18歳で冒険者になって、今は冒険者5年目のベテランだ。
冒険者としての上手い立ち回りや豆知識など、ためになるような事をたくさん聞かせてくれた。
気さくでとても頼りがいのある人だ。
僕はラシードさんと話しているうちにすっかり打ち解けていた。……まあウィニは後ろでサヤにしがみつきながらジト目でこっちを見てるけども。
「クサビ! 俺に『さん』はいらないぜ! 兄のように慕ってくれていいぞ。ははは!」
最初に意気消沈していたのが嘘のように、ラシードが豪快に笑っている。こっちの方が本来のラシードなのかもしれない。
「わかったよ、ラシード」
ラシードは楽しそうに笑っている。一人で冒険者をしていたから話し相手が出来て嬉しいのかもしれない。
それからしばらく歩いていると、ウィニの表情が曇る。
そして後ろを振り返ると杖を構えた。
「――! みんな、後ろから何か来る!」
ウィニの声に全員が反応した。
その中でもいち早く動いてウィニを追い越したラシードが、先頭でハルバードを構えていた。
僕とサヤもウィニの前へ躍り出て、気配の正体に警戒する。
それはやがて、ドスドスと地面を踏みしめる足音が近づいてきた。明らかに人の足音ではない。
そして音からして大きい何かだと推察する。
それは木の影から現れた。
人間よりも一回り大きく全身を鎧に身を包み――
いや、包まれているはずの中身が存在していない。鎧の中は空っぽだ。
中身のない鎧が動いている……!
ソイツは僕達の姿を視認すると、さらに加速して突っ込んできた!
猛然と走りながら肩を突き出し体当たりをしてくるつもりだ。肩を守る鎧の部分はとげとげしい装飾がなされており、当たればその棘が体を貫くのは自明の理だった。
――僕狙いかっ!
僕は剣を構えながら冷静に距離を測り、肉薄する寸前に横っ飛びして回避した。
横に飛んだ勢いを前転して衝撃を流しつつ体制を整えた。
「おいおい、コイツは『甲冑骸』だぞ! この辺にはいない筈の魔物だ! しかもデケエ!」
ラシードが驚愕の色を顔に張り付かせながら声を荒げる。
サヤが甲冑骸から目を離さないようにしながら僕に近づいた。
「クサビ……。アレ、もしかして……?」
「ああ……! 魔王の遣いかもしれない……っ」
ラシードは、甲冑骸は本来この辺りには居ないと言った。
そしてあの驚き振りから察するに、強力な魔物に違いない。
先頭にいた筈のラシードを無視して真っ先に僕を狙ってきたのも、きっとこの解放の神剣を狙っての行動だとすれば合点がいく!
……甲冑骸がどんな攻撃をしてくるのか、図鑑ですら見たことがない未知の敵に、一瞬たりとも気が抜けない。
甲冑骸が僕の方に向き直り、腰に差した長剣を抜き放ち両手で持って、自身の顔の前に剣を真っすぐ立てて直立した。
――その直後、一気に距離を詰めてきて大振りの斬り下ろしを、僕の脳天狙いで打ち込んできた!
早いッ……!
僕は咄嗟にバックステップで凶刃を躱す。
さっきまで僕が立っていた場所に、甲冑骸の長剣の重い一撃が地面に激しく打ち付けられた。
そして甲冑の繋ぎ目同士が擦れる音を響かせながら、ゆっくりと僕に兜の顔の部分が向いた。
兜の奥は漆黒の闇。まるで魔王のようだが、恐怖で胸が締め付けられるようなことはなかった。
甲冑骸が僕を見据えると、兜の奥が赤く発光し、再び加速して襲い掛かってくる!
振り抜いてくる水平斬りを剣で受ける。
――ギィィン!
激しい音を立てて剣と剣が打ち合うと、あまりの力に僕は数歩ほど後ろに弾かれた!
……間違いない。甲冑骸は強化魔術を使ってくる!
そしてこの威力。剣を握る手が痺れる……!
――コォォォォ…………
甲冑骸の兜の奥から呼吸音がする。闇に包まれた兜の奥に実体があるのかわからないが、攻撃を当てるとすればそこだ。
「クサビ! 気をつけてっ!」
甲冑骸がまた動作を早めて襲いかかってくる!
長剣を片手で持ち、刃で地面を抉りながら斬り上げてくる。
僕はそれを右に体を傾けて避け、反撃の動作に移る為剣を両手で持って切っ先を相手に向けて、甲冑骸の懐に飛び込んだ!
「やああ!」
僕は甲冑骸の兜の隙間を狙って突きを放つ!
剣の刃が兜に到達する……!
――その時、甲冑骸の左手が僕の顔面に迫り、鈍い音を立てて拳を打ち抜いた。
「……がぁっ!」
視界の天地が二転三転し、真っ暗になる。
耳の奥ではキーンという耳鳴りが反響していた。
どうしたんだ僕は……。吹っ飛ばされたのか……?
視界が真っ暗で立っているのか倒れているのか把握できない……!
そして最初に覚醒したのは痛覚だった。頭を襲う痛みに、生暖かい何かが頭から顔を伝うのを感じた。
ドスドスとこちらに迫る重い足音に交じってカシャカシャと鎧が擦れる音が迫り、それとは別の足音がこちらに急接近してくる音も耳が捉えている。
とにかくこのままではマズイ! 早く動け……!
――駄目だ、体が言うことを聞かない……!
「――クサビあぶねえ!!」
「――させないっ!」
ラシードとサヤの声が近くで聞こえた。その直後に刃が打ち合う音と、鉄を打つような音が同時に響く。
今、二人が甲冑骸と戦っている……! 僕も……早く……っ!
そして何かに僕の襟裏が捕まれ、後ろに引っ張られる。
「くさびん、しっかり!」
至近距離でウィニの声がした。
どうやら僕を引っ張ったのはウィニのようだ。
動くことのできない僕を、非力な細腕で一生懸命に引っ張り、敵から離れようとしているのだ。
頭への衝撃で脳震盪を起こしているのか、三半規管が異常を訴えて平衡感覚が掴めない!
少し離れた所ではサヤとラシードの掛け声と、武器が打ち合う音が激しく響き渡っている……!
早く復帰して戻らなければ……!
ようやく自分が置かれている状態が分かってきた。
僕はウィニに支えられながら膝を付いていた。視界が歪み、ふらつく頭を押さえながら目をぎゅっと瞑って首を振る。
そしてゆっくり目を開けると、ようやく視界の揺らめきが治まり始めてきた。
「……くさびん、立てる?」
ウィニが甲冑骸を気にしながら、眉尻を下げて僕を見る。
「…………大丈夫だ。ありがとう、ウィニ」
僕はゆっくり瞬きをしたあと視界に異常がないことを確かめて、ウィニに頷いた。するとウィニは立ち上がり、杖を持って戦意を高めていた。
「ん。アイツをやっつけよ!」
「……ああ!」
頭から血が出ているが、今は甲冑骸をなんとかしなければ。僕は奮起して足に力を入れ、しっかりと地面に足を付ける。
ようやく立ち上がった僕はウィニと共に甲冑骸に再度立ち向かった……!




