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時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜  作者: 朧月アズ
第6章『聖なる水の都へ』
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Ep.115 カラッザ街道を行く

「ありがとうございました!」


 翌日の昼過ぎには順調に砂の船旅を終え、サリア神聖王国との国境にある『カラッザ関所』まで到着し、お世話になった船員さん達に感謝を伝えていた。


「おう! ここから気を付けてな!」

「また会おうな! 無一文のウィニ!」

「今度会ったらうまいもん食わせてやるよ! 無一文のウィニ!」


「うにゅにゅ……! でもごはんは楽しみにしてる」


 昨日の一件から、なんだかんだで可愛がられていたウィニは船員達の間でマスコット的な人気を博していた。皆が面白がってウィニに餌付けするものだから、本人も満更でもない様子だった。


 それでも無一文という二つ名は、ウィニにとっても不名誉らしい。お似合いだと思うけどね! まったく……。




 船員達と別れ、僕達は関所の門前に辿り着いた。

 この辺りはすでに砂漠の様子もだいぶ異なり、固い地面を踏みしめる感触が久々に感じられた。

 雑草なども所々に生えていて、砂漠地帯の終わりを実感する。


「いよいよサリア神聖王国ね! さあ、いきましょう!」


 ここを抜ければその先はサリア神聖王国の領地なんだな。

 グラド自治領内に入った時もそうだったが、外国に足を踏み入れるその一歩が特別に感じる。




 関所に駐留している兵士に通行手形を見せると、問題なく通過が許可され、僕達は特別な一歩を踏み出した。


 サリア神聖王国についに入ることができた!

 なんだかここまでの旅を考えると感慨深いな……。


 ……おっといけない。まだ目的地までは遠いんだ。

 ここで気を抜いてはいけないよね。



「さあ、それじゃ予定通りここ、カラッザ地方の『ラプタ村』を目指しましょう」


 昨日サヤが砂上船の船員に聞き込みをして仕入れた情報をもとに移動していくことにする。



 関所を抜けた先は、所々に木々が生え始めてきているが平原となっていて、眼前に広がる風景が新鮮で僕の目に輝きが浮かんだ。


 草を波のように揺らしながら吹く風が、僕達の後ろへを通り抜けていく。

 鼻からいっぱいに空気を吸うと、青々しい草木の匂いが僕の鼻を擽り、僕はどこか癒されて満足気に息を吐いた。

 

 

 このカラッザ街道に沿って西に歩いて行けば、2日後にはラプタ村に着くはずだ。


 さすが大国は違うなあ。ここは王国領の外れのはずなのに、道の整備が行き届いていて歩きやすそうだ。


 サヤが真剣な面持ちを浮かべて口を開いた。

「この辺りは魔物もだけど、盗賊も稀に居るらしいわ。気をつけて行きましょう」


 盗賊……。今まで出くわしたことはなかったから意識をして来なかったが、旅の危険は魔物だけではないのだ。


 ただ盗賊と遭遇しなかったのは運が良かったのかもしれない。魔物に対してならもう躊躇うことは無くなったけど、それが人間相手となったら……。

 と考えたら、途端に僕の中で不安が沸き上がった。


 ……とにかく、この先も気をつけて行こう。




 カラッザ街道を西へ歩いて数時間、途中で魔物に遭遇したのは1回で、下級の魔物だった為難なく撃退できた。


 街道沿いということもあって、この辺りの魔物はあまり強いのは出てこないのかもしれない。


 いや、何処に魔王の眷属が潜んでいるかわからないからな。気を抜いちゃいけない。

 こんなところでグラド自治領で戦った魔族のような奴に遭遇したら、あの時はジークさんが居たから何とかなったものの、僕達だけとなると苦戦は避けられない。

 

 平原に舗装された街道を歩いていると、頭の天辺にあった太陽はいつのまにか僕達を通り越し、夕日となって目の前を赤く染め上げていった。


 日没が近い。もうこんな時間か。


「……おなかすいた」

 ウィニがお腹を擦りながらぼそっと呟いた。


「もう日が暮れるわね。今日はこの辺りで野営しましょう」

「うん。じゃあ、あの木が生えてる所にしよう」

「ん!」



 僕達は街道から少し外れて野営の準備に取り掛かった。

 砂漠の旅でも重宝した折りたためるテントを建てて、火を起こして夕食の支度をする。


 味付けした食材を乾燥させて固めたインスタントな食糧を、小型の鍋で煮込んでいくだけだから楽だ。ウィニはその様子を、火の前でしゃがみながら左右に揺れて、出来上がりを今か今かと待っている。


 サヤはというと、僕達が張った3つのテントのちょうど中心点で何やら地面に手を添えて目を閉じている。どうしたんだろう?


「サヤ? 何してるの?」


 集中しているのか返事がない。

 不思議そうに見ていると、目を閉じたままのサヤがやがて目を開けて立ち上がり、短い溜息をついた。


「ミリィさんに教わった結界を試していたのよ。……でもまだまだ狭い範囲しか張れなくて、精々1人分のテントを包めるくらいしかできないわ」


 なるほど。そういえばミリィさんに結界の張り方を教わっていたね。あの時ミリィさんの結界は半径10メートルくらいの結界だった。


 神聖魔術は素質がなければ行使できないらしいから回復術師は限られる。ミリィさんは本当に凄かったんだなあ。


 サヤも神聖魔術の素質があるから練習すればもっと広い結界が張れるようになるそうだ。


「初めてやってみてそんなに結界が張れたなら十分凄いと思うよ!」

 僕が率直な感想を述べると、サヤの表情が明るく花を咲かせた。


「そうかしら……? なら、もっと練習してみるわね!」


 サヤはそう言って頷いて火のところにやってきた。


「ぐつぐつしてきた……! くさびん! もういい?」

 ウィニが鍋を覗き込みながら目を輝かせている。その様子が無邪気でつい笑いが漏れる。


「ははっ! うん、もういいよ! ウィニ、器貸して」



 こうして僕達は火を囲んで過ごし、夜は深まっていった。




 そして僕の見張りの番、火を眺めながら座っていた。

 サヤとウィニはテントに入って休んでいる。今は僕一人きりだ。


 火がパチパチと音を立てる。この音を聞きながら火を見つめていると落ち着くんだ。

 そして色々なことを考える。

 火を見つめながら、自分を見つめる時間だ。



 心に引っかかっていた事がある。

 盗賊という存在に対して、僕はどうしたらいいのだろう。


 彼らは人から金品や物資、挙句の果てには命すら奪おうとする。

 この魔王が世界を脅かしているというのに、人同士が争うなんで馬鹿げてる。


 今まで善意に溢れた人達に助けられてきたからあまり実感が湧かなかった。

 でもこの世の中には、悪意を向けてくる人もいるのだということを、僕は自覚していなければならない。


 そしてもし、僕達の目の前に悪意ある人が現れ、僕や仲間の命を奪おうとしてきたとしたら……。


 僕は、その人を斬れるのだろうか。

 ……もしサヤに凶刃が向けられたとしたら、僕は…………。



 ――僕はハッとして我に返る。どうやら深い思考の中に居たようだ。見張り中だというのに……。


 気が付けば僕は、拳を力いっぱい握って震わせていた。

 それは僕の中の確かな感情の表れなのだろう。


 ……人間を殺める事。それがどうしても避けられない場合、覚悟しなければならない……。


「……はぁ。そんな日が来なければいいんだけど」

 と、僕は溜息混じりに独り言ちる。



 火の音が耳に残る長い夜を僕は一人過ごし、それはサヤが見張りの交代で起きてくるまで続いた。


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