Ep.114 砂上船の一室にて
砂上船は意気揚々と砂漠を駆ける。
サリア神聖王国の国境の関所まではあと一日ほどで到着するそうだ。
歩けば4日の距離を僅か一日で移動できてしまう。人のように野営をする間足を止める、ということもないがそれでも凄まじい速度で航行している。
僕達は関所に着いてからのことを相談するため、借りることができた船室で『希望の黎明パーティ会議』を始めることにした。
ベッドやテーブルが一つ置かれているだけの、変わったものは特にない船室で、サヤとウィニはベッドに座り、僕は小さなテーブルに地図を広げた。
「えーっと……、僕らはここに着くはずで、聖都マリスハイムは……ここか。結構遠いね」
僕は地図に指差して目的地を指し示しながら二人に見せる。
サヤがベッドから立ち上がり、身を乗り出して地図のある地点を指差した。
「そうね……。まずは関所から一番近い集落を目指しましょ。……あ、ここに集落があるみたい」
サヤは地図上に描かれた関所から指をなぞらせて、その近くの集落らしき場所に指でトントンと軽く小突いた。
「関所からどのくらいかかるんだろう」
「そうね……だいたい2日前後かしら」
「それなら野営しながらになりそうだね。じゃあ、まずはここを目指そう」
「ん!」
とりあえず船を降りた後の行先は決まったな。
「サヤ、マリスハイムまでの活動資金は足りそう?」
「少し心元ないわね……。無駄遣いしなければいけそうだけど、どこか冒険者ギルドの支部があれば、そこで資金を稼ぐのも有りだと思う」
「む……!」
資金調達も旅をしていく上で欠かせない。
マリスハイムにあるという書庫で大金が必要になるらしいし、ジークさん達から貰った金貨はなるべく使わないようにしたい。
「この辺りの情報なら集まるかもしれないわ! 情報収集は私に任せておいて!」
と、サヤが胸を張った。戦いの時以外にもいろいろな面で頼りになる。僕との知識の違いに、同郷というのが信じられないくらいだ。
……いや、僕が知らなすぎるだけか。
「それじゃ、私は早速情報収集に行ってくるわね。二人はのんびりしててね」
サヤはにっこりと微笑むと船室を出て行った。
船室に二人残された僕とウィニ。
のんびりしててと言われたけど、どうしようか……。
「くさびん」
何をしてようかと考えていた僕に、ウィニは不意に声を掛けてきた。
「ん?」
ウィニの方を見ると、ベッドにもう一人分のスペースを開けて、相変わらずの仏頂面で開けた場所をぺしぺしと叩いている。
ここに座れということか?
「まあ、座りたまえ」
「え、なにそれ師匠の真似?」
僕の言葉に対して完全にスルーして、ベッドをぺしぺし叩き続けている。座るまでやめないつもりらしい。
仮にも女の子のウィニが座るベッドに僕が座るのは忍びないんだけど……。仕方ないなあ。
僕はウィニの隣に座る。
「……それで、どうしたの?」
ウィニは無言で僕の腕にしがみついて、その力を強くして締め付けていく。
……何か柔らかい感触がするのは気にしちゃいけない。
「くさびぃん……」
上目遣いに僕を見て、妙に悩ましく体を摺り寄せてくるウィニ。
いつもと違う様子にさすがに僕は動揺してしまった。
「な、なに!?」
「お願いが、ある……」
はぁ……。と意味深な溜息をつくウィニ。なんだかどことなくもじもじしているような気がする。
――そこで僕は一つの可能性に行きついた。
え、なに!?
ま、まさかウィニ……! アレなの?
発情期が来たの!?
いや獣人族にそんな習性あるかわからないけど!
でも、普通の猫にはあるし……。
…………そういうことなの? え!? そうなの!?
「い、いや、僕には……サヤが……!」
変な汗がにじみ出てきて手汗がすごいことになって来た。
しかし、ここはきっぱり断らなければいけない!
「さぁやのことは、気にしなくていい」
「だめだよっ!」
僕はウィニを引きはがそうとするが、ウィニも必死にしがみついて離れない。それほどまでに発情期とは耐えがたいものなのか。
でも……。仲間が苦しんでいるなら……なんとかしてあげるべきなのだろうか……。
「くさびぃん……おねがい……」
「…………っ」
……仕方ない……のか?
「おかね……貸して?」
「…………は?」
急激に僕の中の動揺が霧散していく。
じとーっとウィニを見ると、ウィニが照れくさそうにもじもじしていた。
「……なんで?」
底冷えた声でウィニに問いかける。
「さっき、船を探検してたら商人のおじさんが、おいしそうなお魚売ってて……。でもおやつ買ったらいつの間にかおかね……なかった」
説明の間にその魚を想像したのか、恍惚としながらよだれを垂らしていて、そのあと項垂れて猫耳もしゅんとしていた。
「ふぅん」
「なのでくさびん! おかね貸してほしい!」
僕はニコっと笑いかけ、静かにウィニをお姫様だっこで抱きかかえた。そして張り付いた笑顔のまま言い放つ。
「このままサヤのところに行こうね」
その後砂漠を走る砂上船の中を、白猫の悲鳴と赤髪の女性の怒声が響き渡り、無一文のウィニとして船員の皆に知られる事となり、やがて船員達の間での酒の肴になったことは、本人には与り知らぬところであった。




