Ep.111 友に贈る
昨夜見上げた月は姿を隠し、陽はまた昇る。
今日の砂漠の街グラドに再び熱気が到来する。
今日はジークさんがいる首長邸から呼ばれている為、支度を済ませて向かうことにした。
首長邸の入り口の窓口の案内で中に入る。
そのまままっすぐ行けば謁見希望者の控室があり、さらに奥の扉を抜ければ謁見の間だ。
建物の中は静かでどこか張り詰めたような雰囲気が漂っていて息が詰まりそうだ。ここに来ると緊張してくるなあ……。
控室に入った僕達は、門番の案内で時を置かずして奥に通された。
「おっ、来たな! まあ楽にしてくれ」
謁見の間に入るなり、椅子に腰かけているジークさんが快活に話しかけてきた。
両隣にはウォードさんとアル爺さんが控えている。
「昨日の宴は楽しめたか?」
「はい。十分に堪能させてもらいました!」
「ごはん、おいしかった」
ジークさんが気楽な口調で聞いてきたので僕も少し緊張が和らぎ、気を楽にして返事をすると、僕の後ろからウィニがひょこっと顔を出して感想を述べる。
「そうか! それなら何よりだ! 本当は昨日いろいろ話をしたかったんだがな、戦の事後処理に追われててな……飯にも碌にありつけなかったぜ」
「為政者として当然の義務です」
と、ジークさんがげんなりといった表情を作ってみせながら手を仰ぐ。すると隣のウォードさんがピシャリと冷徹に言い放った。
「この口うるさいのがいて苦労するぜ……。な? わかるだろ?」
「なッ!」
ジークさんはわざとらしく呆れた表情をしてウォードさんを揶揄い、それにウォードさんは憤慨している。
多分こんなやりとりは日常茶飯事なのだろう、アル爺さんは面白そうに眺めていた。
僕は、あはは……としか返すことができなかった。
そこでウォードさんが咳払いをして場の話題を変えた。
「ごほん。……それよりもジーク、本題に入った方がいいのではありませんか?」
「はは! そうだな! じゃ、本題に入ろうか」
ジークさんが真面目な表情になったことで場の空気が少し厳かになり、僕達も居住まいを正した。
「まず、サンドワームの討伐の件、見事だったな。これで地霊石の採取が再開されるだろう」
為政者然としたジークさんが話を続ける。
「そして急な魔族による襲撃に、臨時で依頼を受けてくれて、十分な戦果をあげてくれたこと、グラド自治領首長として礼を言いたい。……本当に助かった。ありがとうな!」
言葉を紡ぐジークさんは、最後礼の言葉でさわやかな笑顔を向けた。
「サンドワームの討伐の時点でクサビ達には砂上船の乗船許可証をやるつもりだったが、加えて街の防衛にも加わってくれた。このままじゃ釣り合わねえ。……そこでだ。アル!」
そう言ってジークさんはアル爺さんに視線を送ると、アル爺さんが僕の前までやってきて、2枚の手形を渡してきた。
「これが砂上船の乗船許可証で、こっちはサリアの国境通過の税を免ずる通行手形じゃ」
「これは……商人として認められた場合に国から発行される通行手形だわ! こんな貴重なものを頂けるなんて光栄です!」
サヤが身を乗り出して興奮した様子で目を輝かせている。
世界をまたにかける大商人なら誰でも持っている通行手形らしい。
村と周辺の街を行き来する商人だったサヤのお父さんも、通行手形を持てるような商人を目指していたという。そんな父の背中を見て育ったサヤにとっても、通行手形を持つということは憧れであり誉れの象徴なのだろう。
「かっかっか! まだ驚くのは早いぞい! これに加えて~~……これじゃ!!」
サヤの反応に楽しくなったのか、上機嫌のアル爺さんは大きな動きをしながら小箱を僕の手のひらに乗せ、箱を開けて見せた。
「こ、これは……!!」
なんと金貨が小箱いっぱいに入っているではないか。
ざっと見てもかなりの額が入っているのがわかる。
こんな大金みたことないよ。……あれ、なんかくらくらしてきた。
「それはこの国を救ってくれた報酬じゃよ。それにお主らはサリアの聖都にある書庫に用があるんじゃろ? あそこもタダで入れるものではおらんのでな。その資金に充てるとよいの!」
アル爺さんはさらに『書庫への利用にはたしか金貨50枚必要じゃ!』と言っていた。
……それならばこのお金は無駄遣いできない。ありがたく書庫の利用に使わせてもらおう。
「これで報酬は確かに渡せたな! クサビ、サヤ、ウィニ。本当に助かったぞ」
ジークさんが席を立ち、僕の前まで歩いてきて右手を差し出した。
強い自信を持ち合わせつつも穏やかな眼差しを宿した鮮やかな緑の瞳が、まっすぐ僕を見つめている。
僕も右手を差し出し、両者はしっかりと握手を交わす。
「こちらこそ、これで砂漠を安全に移動できます。ありがとうございました!」
「頂いたものは大切に使わせてもらいますね」
「砂漠を歩かなくて済む、さいこう」
「ははは! 共に戦ったお前達はもはや俺の友だ! それを持っている限り砂上船に乗せてやる。またいつか会いに来いよ」
「ええ、いつでもお待ちしておりますよ」
「またクサ坊と共に風呂で語り合いたいのう! ……またいつか、じゃ!!」
ジークさん達の言葉に胸がじーんとする。
この出会いはこれからの旅の中でもかけがえのないものになるはずだ。
「……はい! どうかお元気で!」
そうして別れを惜しみつつ首長邸を後にした。
ジークさん達と一緒にいた時間は短かったけれど、その間はとても密度の濃い時間を過ごした。
僕らを友と呼んでくれたことを嬉しく思う。
「――皆さん、よかった、会えましたか」
不意に声を掛けられ振り向くと、私服姿のリトさんとミリィさんが微笑みかけていた。
「お二人とも、待っていたんですか?」
「はい、今日は私達は非番でしたが、きっとすぐにでも発ってしまうのだろうと思いましてね。ご挨拶に」
リトさんとミリィさんはわざわざお休みの日に来てくれたようだ。二人ともサンドワーム戦ではとてもお世話になったので、僕達も旅立つ前に挨拶をしたかった。
「国を一緒に救ってくれてありがとう~! またこちらに来る事があったら是非顔を見せてくださいねっ」
「はい! その時は必ず!」
ミリィさんは花が咲いたような笑顔で手を差し出してくる。その手を取ると、別れを惜しむように力強く上下に振った。
「これからの道中、どうかお気をつけて」
「ありがとうございます。リトさんもお体に気を付けて!」
それぞれが固い握手をして言葉を交わしていた。
「……それじゃあ、名残り惜しいですけど、もう行きますねっ」
「またお会いしましょう」
「はい! またいつか会いましょうー!」
リトさんとミリィさんは笑顔で手を振って、踵を返して歩いて行った。
僕達は胸に少しだけ切なさを抱きながら、その背中が見えなくなるまで見守っていた。
「行っちゃったわね……。……さてと! 二人とも、砂上船は明日の朝に一隻出航するそうよ。それに乗せてもらっていきましょう!」
「……うん。じゃあそれまでは旅の支度をしようか」
「ん! おやついっぱい買ってくる」
そんなウィニの言葉でなんだか可笑しくなって、僕達は笑いながら歩きだした。
僕達は明日、このグラドの街を発つ。
ここからはいよいよ大陸を跨いだ旅になるんだ!
そう思うと僕の好奇心が胸をざわつかせ始め、明日からの旅が楽しみに思うのだった――――
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜
第5章『熱砂を征く者達』 了
次回 第6章『聖なる水の都へ』
これにて第5章終了です!
次の章ではまた新たな大陸で、新たなキャラクター、新たな冒険が待ち受けています(*´ω`*)
今後も楽しんで頂けると嬉しいです!
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