Ep.105 背中を預けて
「報告! 中央戦線にてジーク様の奮闘により、第1歩兵中隊が陣形を再形成!」
「了解しました。アルマイト魔大将の魔導隊を中央戦線に向かわせて下さい。おそらく敵の総大将は中央戦線にいます」
「はっ!」
伝令の兵士が作戦本部に入ってくるや否やすぐさま新しい任務の為駆けていく。そこへ別の伝令が駆け込んできた。
「報告します! 左翼に展開中の第2哨戒部隊と第4歩兵中隊の戦線が、敵方面指揮官と思しき魔物と遭遇! リト・ハルバロード剣少尉によりこれを撃破しました!」
左側の戦場は優勢に運んでいるようだ。
先程から、この砂漠の環境に適応した魔物は少ないようだとの報告が上がっている。さらにこの夜の砂漠の寒冷環境下で動きが鈍り始めているという。
魔族の指揮官はどうやら思慮浅く、闇雲に力攻めにしか脳がないようだ。……愚かな。
だがこちらにとっては僥倖。この圧倒的な戦力差をこちらは人としての知略を用いて打ち砕いてみせる。
右側の戦線は一進一退の攻防の真っ最中だが、我が軍でももっとも機動力に優れ、ジーク直々に叩き上げられた、選りすぐりの精鋭で構成されたサルカ騎槍隊が、魔物の横っ腹を食い破っている為、徐々にこちらが優位に傾きそうだ。
まだ兵力差はあるが、その差を埋めるのに大きく貢献しているのが、アルマイト魔大将が指揮する魔導中隊による強力な広範囲魔術だ。
その魔導中隊は3つの分隊に別れて各方面の戦線に配置されている。
今は左翼にいるアルマイト魔大将を中央戦線に移動してもらおう。
「このような数が多いだけの稚拙な攻めでここを落とそうとは……。我らも甘く見られたものですね」
作戦本部に控える参謀達がそれぞれに同意の声を出す。
士気は高い。このまま行けば撃退も叶うだろう。
「衛生部隊第3小隊のミリィ・エメラルダ魔曹長に通達。中央戦線の支援に向かってください」
「畏まりました!」
指令を受けた伝令が本部を出ていく。
魔導隊の魔術による遠隔援護と衛生部隊の後方支援、これで中央戦線の援護は抜かりない。
「さて……あとはジーク。貴方の腕にかかっていますよ……」
と私は独りごち、目の前に広がる戦場を油断なく見据えるのだった――
次々と襲いかかる魔物の大軍を、味方の兵士達と共に迎え討つ。多方向から迫る魔物の爪や牙。それらを隣で戦うサヤとウィニ、そしてジークさん達と守り合いながら凌いでいった。
対する魔物もゴブリンのような弱い魔物はすでに黒い塵と化し、今やホブゴブリンやブレードマンティスなどの中位の魔物達ばかりで、戦いは熾烈を極めている。
その群れの中には先日出くわしたニュクススコーピオンの姿も確認できた。奴の毒は掠めただけでも脅威だ! 注意しなければならない。
バラバラな姿の魔物が押し寄せてくる。
そして僕に向かってくるのは、大きな棍棒を振りかざして襲い来るホブゴブリンだ。
振り下ろされた棍棒を体を逸らして躱した後、ガラ空きになったホブゴブリンの懐に入り込んで剣を刺し貫く。
すぐに剣を引き抜くと、黒い塵が霧散したその先からさらに迫ってくるブレードマンティスの左腕の鋭い鎌が斜めに振り下ろし、僕の首元を狙ってくる!
キン! と鋭く金属が撃ち合う音と火花が散る。
剣を咄嗟に傾けて鎌を受け止めたのだ。
そこをウィニの援護が放たれ、円錐型に飛翔する土の塊がブレードマンティスの頭部を撃ち抜いた!
鎌を受け止めた剣に掛かる重みが突如として消える。
ウィニは地属性の下級魔術の『ガイアショット』で、魔力消費を抑えるために地面の砂を利用して発動させていた。
これなら魔力の消費を最小限に抑えながら戦える。
「ウィニ! 助かった!」
「ん!」
僕はサヤの方に視線を移す。
するとサヤが、襲い掛かって来たホブゴブリンの刃こぼれ激しい曲剣を、自身の刀で受け止めている最中で、そのすぐ横から別のホブゴブリンが迫っているところだった!
「――させないっ!」
僕はサヤと鍔迫り合っているホブゴブリンに接近し、曲剣を持つ手首に剣を振り下ろして斬り落とし、サヤを腕で庇いながら後ろに引かせる。
そして左手の剣を右側に構えて水平斬りの構えを取って強化魔術を乗せて一閃! その斬撃で目の前のと、隣に迫っていたホブゴブリン達の命を纏めて刈り取った!
「――っ! ありがと! クサビ!」
「いいよ! まだ来るぞ!」
驚いているのか、はっとした表情をしたサヤはすぐに魔物の方に視線を戻す。
そこへホブゴブリンよりもさらに大柄なゴブリン種『ハイゴブリン』のお出ましだ。
背丈も体格も一回り大きくなったその体躯に、ボロボロの鉄製の軽装鎧を装備している。手に持った武器も傷だらけの大剣だ。
動きが思ったより早い!
ハイゴブリンが一気に僕に近づいて、大剣を横なぎに振り抜いてきた!
僕はそれを飛び上がってスレスレで回避する。
さらにハイゴブリンの追撃しようとしている動きが見えて、僕は大剣を持った方のハイゴブリンの腕に剣を斬り付けた!
僕の剣はハイゴブリンの腕にくい込んで刃を滑らせて返り血を散らすが、断ち切るには至らなかった。
そこをハイゴブリンが激昂しながら逆の方の腕を振り、まるで砲弾のような拳で殴りつけてくる。
「――ッ!」
僕は剣を立てて受け止めると、強烈な衝撃と共に後ろに少し飛ばされた。
くっ……。手が少し痺れる……!
「クサビー! 飛び退けえ!」
そこに槍を高速で回転させているジークさんが大声を張り上げた! 僕はジークさんの攻撃の妨げにならないようにバックステップで飛び退いた。
「――吹き飛べ!!」
頭上で槍を回転させているジークさんがハイゴブリンに殺気を向け間合いに捉えた。そして回転した槍の刀身から眩い光を放ち、激しい炎が刀身を包む!
炎槍がジークさんの頭上で一回転、二回転と円を描いた直後、ジークさんの瞳が目標に狙いを定め、突如に放たれた高速の刺突がハイゴブリンの鉄鎧ごと容易く貫き豪炎が全身を焼き尽くした!
さらにその炎は他の数体の魔物をも巻き込みまとめて葬り、敵の群れにわずかだが穴を空けた。
この様子を目の当たりにした近くの魔物は怯み、味方は沸き立った。
「オラァ! このジーク・ディルヴァインの前に立つヤツは、片っ端から焼き尽くしてやるぜぇ!!」
未だ燃え続ける槍を振りながら前進するジークさんに、僕達と兵士達も続いた。




