Ep.101 決着の末に
巨大なサンドワームとの戦闘は激しさを増すばかりだった。
当初の作戦通りに三方向に分かれて、隙をついて攻撃するのは変わらないが、今のところ決定打となる攻撃を繰り出せるのは、リトさんの大剣くらいだ。
あとは同じ個所に攻撃を集中させれば痛手を与えることができるというところか。
僕はウィニとサンドワームの左側面に回り込むべく移動している。正面ではリトさんが雄たけびを上げて注意を引いてくれていた。ミリィさんは主に防御支援だ。
右側面を目指すのはサヤとウォードさんだ。
音に釣られてサンドワームがリトさんの方向に向かってブレスを吐いた。だがミリィさんの最大強度にした魔術障壁とリトさんの持ち前の防御力で、飛んでくる岩すらも防ぎきれていた。
しかし攻撃を防ぐにしてもそう何回も耐えられるわけではない。最大強度に展開した魔術障壁を発動させれば、ミリィさんの魔力もかなり消耗してしまう。
そう時間を掛けていられないし、リトさんには攻勢に出てもらいたい。
「ウィニ、僕達でアイツの注意を引けないかな?」
「それならいいのがある」
サンドワームの左側面に到達した僕は、一緒に移動してきたウィニに提案する。
「わたしのグスタヴォイスを使う」
「っ!……そうか! それでいこう!」
グスタヴォイスは、以前洞窟に住まう魔物の討伐依頼で活躍した、指定した場所に大きな音を発生させる魔術だ。
「じゃあ、やる」
「わかった!」
ウィニは宵闇の杖を掲げて魔力を練り始め、僕はサンドワームに接近を始めた。
「響け、轟け……駆け抜けおどろけ山彦のうた……」
ウィニの杖の宝玉が緑色に光ると杖を振って魔術を発動させた!
「……グスタヴォイス!」
――――パァン!
ウィニのグスタヴォイスはサンドワームの背後で大きな破裂音を立てた。
それに過剰に反応して背後を顔を向けたサンドワームに、全員がその瞬間を好機と見た!
今度こそ仕留める!
僕は加速しながら目一杯高く跳躍するために、足に強化魔術を溜めていく。
と、最初にサンドワームに肉薄したのはウォードさんだった。加速しながらの勢いを乗せた鋭い突きを見舞った!
ウォードさんの剣は深々とサンドワームの体表に突き刺さり、そして素早く引き抜いて飛び退いた。
その一連動きに無駄のない流麗な剣技に思わず見惚れてしまいそうだ。
……が、僕も仕留めに行く!
高く跳躍して上がりきったところで、剣を上段に掲げながら上体をのけ反り、一気に前のめりになって回転を始めた!
縦回転する刃と化してサンドワームを散々に切り裂いた! 連続で斬りつける度にサンドワームの血飛沫が舞う。
勢いが止まるのを感じた僕は、サンドワームを蹴って反動で距離を取った。
けたたましい痛苦の叫びをあげるサンドワーム。すでに至るところから出血しているというのに……まだ倒れないか!
二度に渡る強烈なダメージを受けたサンドワームは、痛みと怒りで飛び上がり、激しく地面を打ち付けて激震を起こした!
あまりの揺れに足が止まる!
他にも追撃に向かっていたが、これで止められてしまった。
そしてサンドワームが大きくのけ反る!
マズイ! ブレスが来るぞ! 狙いはこちらかッ!
僕は咄嗟に回避行動を取ろうとしたが、激震と地面の砂で足を取られて体制を崩してしまう。
「しまっ――」
ブレスが来る! 避けられないっ!!
――その時、激震の影響を受けなかった者がいた。
風魔術で自身を浮かせていたウィニだ!
先程風魔術によって窮地に陥ったウィニが、今度は風魔術によって好機に姿を変えたのだ。
ウィニはサンドワームの頭上まで飛び上がり、今まさにブレスを吐き出さんとしている大きな口に向けて杖を向けていた。
「絶叫……慟哭……。汝に落ちる雷霆の涙!」
ウィニの杖の宝玉が紫色に輝いて魔術が発動する!
「ライトニングスコール!」
ウィニが杖を振り、宝玉が輝きながら軌道を描く。
するとサンドワームの頭上に真っ黒い雨雲が発生し、大きな口にまるで雨のように雷撃が降り注いだ!
サンドワームの口の中から、眩い雷光と共に無数に放たれる雷が体内へ駆け巡り内部から破壊の限りを尽くす様は、一際甲高い悲鳴によって物語っている。
激しい雷撃を一身に受けたサンドワームが、ドシンと音を立てて力なく横たわった!
すでに虫の息! とどめを刺すんだ!
「転倒している今が好機です! 頭を集中的に攻撃!」
ウォードさんの叫びにサヤとリトさんが真っ先に動き出し、続けて僕達も動き出す。
サヤは納刀した状態で刀に手をかけ、居合の構えのままサンドワームの頭部に接近し、一気に刀を抜き放った!
抜き放たれた刀の刃が煌めき、強烈にサンドワームの頭部に食い込み斬り裂いた。そこへ間髪入れずにリトさんが大剣を掲げ、渾身の力で振り下ろす。
――ギュアアアアアア…………!!
夥しい血飛沫を撒き散らしたサンドワームが断末魔を上げて……
――ついに倒れた。
突然周囲が静かになる中、倒れたサンドワームに皆がじりじりと距離を詰める。
突然動き出したりはしないかと、僕も固唾を呑んで様子を窺う。
ウォードさんが慎重に近づき、サンドワームの生死を確認している。そして、静かに剣を高く掲げた……!
……勝った! そんな実感が遅れてやってきた。
自覚した瞬間、僕の胸が熱くなり心が沸き立った。
「――やった……!」
皆思い思いに喜びを表現していた。
誰も欠けることも無く無事に依頼を達成する事ができた。戻って報告すれば、砂上船の乗船許可を貰えるはずだ。
「ようやく倒せたわね!」
「ん。ふたりとも平気?」
サヤとウィニが僕に歩み寄ってきた。その表情には安堵の色が強く、僕と同様に強敵との戦闘を無事に終えられた安心感を感じているようだ。
「うん。皆無事に終わって良かったよ。二人ともお疲れ様!」
「くさびん。さっきは助けてくれてありがと」
ウィニが僕の服の裾を摘みながら僕を見て一瞬ニコっと微笑んだ。
「僕の方こそ助かったよ。それに気にする事ないよ。僕達は仲間なんだから!」
僕も笑顔で返すと、ウィニの瞳が一瞬煌めいた気がした。
「そうね! ウィニの新しい魔術も見れたし、街に帰ったら今日のご飯は奮発しちゃおう!」
「おおおぉ……! さぁやがやさしい……!」
そんなやりとりをしながら僕達は笑顔を交わし合い束の間の勝利を喜ぶ。
そこへウォードさん達もやってきた。
「損害なくサンドワームを仕留める事が出来ましたね。首長に代わりお礼申し上げます」
そう言うと、ウォードさん達が揃って綺麗な敬礼を僕達に送り、僕は少し照れくさく思いながらお辞儀で返した。
ウィニは両手を腰に当てて胸を張ってふんぞり返る、久しぶりのドヤポーズをしていた。
「いえいえ、そんな……。ウォードさん達が居なかったら勝てていたかわかりませんでしたし!」
「ふふ、ではお互いに畏まるのはここまでにして、少し休んだら戻りましょうか」
ウォードさんが穏やかな表情で、姿勢を楽にしながら言った。
「はい!」
気遣いに感謝しながら少し休もうと腰を下ろしかけた時だった。
「――失礼致します!」
そこへ、鞍を装着したサルカの背に乗った兵士がやって来てウォードさんに敬礼しながら声を掛けていた。
どうやら伝令の兵士のようだ。
ウォードさんは伝令の話しを聞いている。
「――なんだと……! …………了解した。すぐに戻る」
「はっ! では私は先に戻ります! 失礼致します!」
ウォードさんの表情に焦りを感じる。何かあったのか……。
その危惧の正体はすぐにウォードさんの口から語られた。
「現在、魔物の大軍が押し寄せ、グラドは交戦中です。……予定変更です。休憩を取りやめ今すぐに帰還します」




