不死身の軍隊
「ハハッ! 最高だ! やはり復讐とは相手が無様であればあるほど心地の良いものだな!」
精霊騎士たちが敗走した平原で、亡霊騎士はひとり高笑いしていた。
最高の気分だった。この瞬間を迎えるために何百年も過ごしてきたと言っても過言ではない。
彼は己の望みが叶う予感に興奮が抑えられなかった。
「これも全て、お前のお蔭だな」
亡霊騎士は腰に差した剣の柄に手を当てた。豪華な装飾の目立つ、見事な作りの両手剣だった。
その剣の銘は『憤怒の魔剣』。
かの伝説の『七罪の魔剣』が一振りであり、使用者の精神を蝕む呪いの剣だ。
例に漏れず、亡霊騎士の精神はこの憤怒の魔剣に大きく歪められていた。
元より、アンデッドとなった彼の精神は経年劣化により崩壊寸前だった。
しかし戦場跡に落ちていたこの魔剣を手にしたその時、覚醒した。
故国の屈辱。そして、己がなすべき使命。抑えようもない、憤怒。
その想いに、魔剣は応えた。
憤怒の魔剣の力は、この地で殺された者たちの無念、怒りを活用し、屍を束ねあげ兵隊に仕立て上げた。
憤怒の魔剣によって完成された屍の兵隊は、疑似的な不死性を手に入れた。倒しても倒しても復活する無敵の軍隊。
指揮者たる亡霊騎士が死なない限り、彼らが真の意味で死ぬことはないだろう。
その力を支えるのは憎悪──あるいは憤怒だ。
亡霊騎士の陣取るノクス平原は共和国の前身たるリヌマリア帝国が数多の戦争を繰り広げた場所だ。
ここには、戦争の勝者たるリヌマリア帝国への憎悪が渦巻いている。
憤怒の魔剣は何百年にもわたって蓄積されたその憎悪をエネルギーとし、ゾンビたちに不死性を与えた。
帝国に連なるものが敵である限り、その不死性が揺らぐことはないだろう。
「先刻の戦いで十分に帝国を蹂躙できることは確認できた。……であれば、対策を打たれる前に攻撃するのが吉か」
生前、多くの戦いを経験してきた亡霊騎士は知っていた。
撤退した直後の軍は、無防備になりがちだ。撤退戦により消耗している上、精神的にも脆弱。
この好機に時間を浪費するのは愚策だろう。
「──聞け我が不死身の軍隊よ!」
亡霊騎士が廃城に響き渡る声で呼びかけると、下からは呻き声の返事が返ってくる。
「これより、帝国軍を追撃し帝都まで一気に進軍する! 恐れることはない。かの国の罪を暴き立て、我らが怒りを存分に叩きつけてやるのだ!」
ゾンビたちの呻き声が、それに賛同するように廃城に響き渡った。
◆
撤退した精霊騎士たちの集う詰所には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
「負傷者の治療は──」
「冒険者の離脱が──」
先ほどの戦いはあまりにも絶望的だった。
倒しても倒してもキリがない膨大な数の敵。
もしもあれが都市部に襲い掛かってきたら、人々を護りきれるのか。
まるでそんな不安を嘲笑うかのように、伝令がその場に飛び込んでくる。
「──ほ、報告! ゾンビの大群が北部へと侵入、こちらへ向かっています!」
精霊騎士たちは、真っ青になってお互いに顔を見つめ合った。
戸惑いながらも戦列を整えて迎撃へ。足取りは重いままだ。
誰もが顔色の悪いままだ。
「冒険者の各員は?」
「それが、ほとんど姿がなく……」
「……仕方ない、か」
あの状況では、逃げ出しても責めることはできないだろう。
先ほどの圧倒的な物量差を目の当たりにし、作戦に協力してくれていた冒険者たちは姿を消していた。
今頃は大急ぎで国から逃げ出していることだろう。
元々、自由業のような形態である冒険者には法的拘束力など存在しない。
状況を確認した精霊騎士たちの間の暗い雰囲気が一層深まる。
そんな彼らの前に、とある少年と古めかしい話し方をする童女が現れた。
「──よく聞けい凡愚ども!」
その第一声は、場違いな程に明るいものだった。
◆
「おいツルギ、引っ張るのやめろって!」
「遅いぞ、あるじどの! こっちじゃこっち!」
ツルギが俺の手をグイグイと引っ張って移動する。見た目によらず力が強い。
「『傲慢だから、救いたいから救う』じゃろ? それなら、やることがある。善は急げじゃ!」
「いやそうかもしれないけど! それなら何をさせたいのか説明しろよ!」
いったいどこに連れて行かれるんだ。
さっきのやり取りからツルギが変なテンションになっていて話が通じない。
どうにも俺の『傲慢だから、救いたいから救う』という返答がいたく気に入ったらしい。
まるで本当に小さな女の子みたいに頬を紅潮させてズンズンと歩いて行く。
そうこうしているうちに、俺はツルギに引っ張られて外に出てきた。
見れば、大通りには精霊騎士たちが整列して、決死の表情していた。
「おい、なんか邪魔しちゃダメな雰囲気してないか!?」
彼らは暗い顔ながら、覚悟を決めた様子だった。
そんな場にいるツルギと俺は、完全に場違いだ。
「──よく聞けい凡愚ども!」
「お前なに言ってんの!?」
ツルギが大声を出すので、精霊騎士がみんなこちらを振り返ってしまった。
「喜べ! 怖気づいておる貴様らに代わって、我があるじどのが敵を撃滅してくれよう!」
「本当に何を言ってる!?」
ふざけるな、と言おうとしたが、ツルギの顔はいたって真剣だった。
それを聞いた精霊騎士たちの表情は険しい。真剣に覚悟を決めていたところに飛び込んできた子どもがふざけたことを言いだせば不快になるのも当然だろう。
「よく聞け小童共。なぜ妾はこのようなことをわざわざ言いに来たのか。それはおぬしらがあまりに情けないからじゃ。一度敗れた程度でまるで人生の終わりであるかのような顔、見ておらん」
「し、しかしあれだけの数の敵を見ればそれも──」
「笑止!」
精霊騎士の反論を、ツルギは鋭い声で遮った。
「思索は人の特権じゃ。敵が自分より強ければ隙をつけばいい。戦術を練り、戦略を立て、最後には打ち倒せばいい」
その言葉というよりも、ツルギ自身の出す迫力に、精霊騎士は黙り込んだ。
彼女の小さな体には、相対する者を圧倒する威圧感があった。
「な、何か策でもあるのか?」
「最初に言った通りじゃ。我があるじどのが、敵を撃滅してくれよう」
「……え、俺!?」
急に話に出てきて慌ててツルギの顔を見ると、彼女は楽しそうに笑っていた。
「ああ、妾の力を貸そう。あるじどのが人間のままでいられる方法で、な」




