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堆積した自業自得

「──ハッ。くだらんな」


 その場の重苦しい雰囲気に似合わない、幼い少女の声が響いた。

 廃城の上からこちらを見下ろす亡霊騎士は、その声の方にじろりと視線を向ける。

 視線だけでも殺気が伝わってくる。そんな立ち振る舞いだった。


 いつの間にか俺の隣に姿を現していたツルギは、そんな視線にも全くたじろぐ様子もなかった。


「……貴様、もう一度言ってみろ」

「くだらん、と言ったんじゃよ。そんなもの、負け犬の遠吠えにすぎん。敗者は全てを失い、勝者が全てを得る。お前の言う五百年前から当然の論理とされたものであり、それを自慢げに語られても興醒めじゃ」

「ふっ……はっははははは! ──貴様、よほど死にたいとみえる」


 怒りの籠った声で呟いた亡霊騎士が何かの合図をするように右手を挙げた。

 それを確認したツルギが悠然とこちらを振り返る。


「ほれ、あるじどの。始まるぞ。構えんか」

「おい、お前が挑発したせいで攻撃が始まってないか!?」

「いずれにせよ戦うんじゃろ。貴様らの怖気づきっぷりが情けなかったから、口を出しただけじゃ」


 亡霊騎士の合図に応えて、廃城の中からワラワラとゾンビの群れが現れた。

 その数は先ほどの交戦の時よりも遥かに多い。


「──陣形を密にせよ! 奥から敵の増援が来ることを想定して交戦を開始!」


 精霊騎士の号令がかかり、その場にいる全員が交戦態勢に入る。

 しかし、彼らはすぐに思わぬ展開にあっけに取られることになる。

 ゾンビの軍勢との交戦、その第二幕は大規模な魔法による殲滅から始まった。


『──其は天よりの裁きなり。雷光よ来たれ──ジャッジメントストーム』


 後方に控えていたヒビキは、既に魔法の下準備を終えていた。

 発動のトリガーとなる最低限の詠唱と同時に、眩い光が迸る。


 それは王国にてアンデッドを一掃した時の光景を、もう一度見ているかのようだった。雷光が大地を駆け巡り、ゾンビたちを悉く塵に帰す。

 攻撃のチャンスと見た精霊騎士たちが大きく前に出る。

 しかし王国の時と違ったのは、ここが亡霊騎士が五百年かけて築いた要塞であったことだ。


 ──まるで何事もなかったように、大量のゾンビは再び廃城の奥から溢れ出してきた。


「おい、嘘だろ……!」


 冗談のような光景に、精霊騎士や冒険者の動揺が伝わってくる。


 絶望に身を固くしながらもゾンビたちを撃退する。

 一体一体の強さは、相変わらず大したことはない。ただ、脅威であるのはその圧倒的な数だ。

 ゾンビを倒すと、すぐに廃城の奥からそれ以上の数が湧き出してくる。


 さながら豪雨によって溢れた大河のようだった。

 一時的に土嚢でせき止めたとしても、すぐに鉄砲水が溢れ出すかのような絶望感。


「ッ……クソッ!」


 俺もすぐに戦いに加わるが、こんなものは焼け石に水だろう。

 すぐに殲滅速度よりも敵の出現速度が上回り、こちらが劣勢に追いやられていく。

 俺が歯を食いしばって剣を振っていると、頭の中にツルギの声が聞こえてくる。


『あるじどの、これは絡繰りのあるタイプの敵じゃ。大元を叩くか、首を取らねばラチがあかんぞ』

「そうは言っても……目の前の対処で手一杯だぞ……!」


 敵の密度が高すぎて、とても前に出れそうにない。


「──総員、撤収準備! しんがりは私が務める!」


 そう考えていると、精霊騎士の号令が聞こえてきた。

 撤退戦。しかしこうも敵が押し寄せてきている状況では逃げるのも一苦労だ。

 亡霊騎士は、俺たちの撤退する様を高台から悠然と見下ろしていた。


「ハハッ、見ろ! その骸は、貴様らの歴史が築いた屍の山だ。リヌマリア帝国の積み上げた罪の数! 堆積した自業自得、因果応報が今、押し寄せているのだ!」


 その哄笑を背に、俺たちはノクス平原を後にした。



 ◆



「おい、なんだよあれ! デタラメすぎるだろ!」


 ノクス平原から帰ってようやく落ち着いて食卓につけた後、俺は思いっきり恨み節を吐いた。

 ソフィアもそれに同意するように大きく頷く。


「想像以上でしたね……単純な数で言えば、こちらの十倍ほどでしょうか。通常の戦であれば、交戦を諦めるのが妥当ですね」


 十倍……。たしかに、まともに戦うのも馬鹿馬鹿しくなる数だ。


「なあツルギ。お前、『絡繰りがある』とか言ってたよな。あれって具体的にはどういうことなんだ?」


 俺が腰元の剣に向けて話しかけると、俺の隣に小さな影が現れた。

 どこか呆れた様子のツルギが、腰に手を当てて話し始める。


「言葉の通りじゃ。おそらくあの城跡の中に、遺物──あるいは魔剣か何か、があるのじゃろう。あの量のゾンビを城の中に匿うのは物理的に不可能じゃ。遺物を壊すか、遺物を稼働させているであろうあの騎士を倒さなければ勝利はない」


 少なくともあの状況ではそれは無理だろう。

 そう思った俺は解決策を聞いてみる。


「じゃあ、どうすればいいと思う?」

「──見捨てればいいじゃろう、こんな国」


 ツルギは冷たく吐き捨てた。

 あんまりな物言いだ。

 ツルギが言葉を継ぐまで、気まずい沈黙が下りる。


「おぬしらがここで命を賭す理由がどこにある? 故郷でもなんでもないこんな国、さっさと去ってしまえばいい」


 その冷たい態度に少しばかり気圧されたが、俺は反論を試みる。


「い、いや。お前だってそれなりに楽しませてもらっただろ。飯を食べたり、ガラス細工作ったり。そういう恩を返すとか、そういうのは……」

「関係ない。死ねば全て無に帰すじゃろう」


 冷徹な瞳が俺を見返す。


「もしそれが本当に嫌ならば、ワシにおぬしの魂の全てを授けるか? あの程度の雑兵、まとめて押し潰してくれる」

「……それ、俺が俺じゃなくなるとかそういうやつだろ?」


 傍に控えるソフィアが視線を鋭くしたのが分かった。

 不思議と、怒りはなかった。露悪的な物言いだな、というのが率直な感想だった。

 まるで、自分はそういう物言いをしなければならないと思っているかのようだ。

 心を閉ざし、交流を拒否し、自分の殻に籠っているかのような、そんな印象だ。


「まあ、魂を全部とかそういう物騒なのはナシだとしてもさ……」


 自分でも驚くくらい穏やかな声で、俺は切り出した。


「それでも、救いたいよ。この国を。救いたいから救う。命を賭す理由とか、そういうのは後にして、感情的にそうだ。なあツルギ。『傲慢』って、そういうことだろ?」


 俺の言葉を聞いたツルギは、大きく目を見開いた。

 傲慢の名を冠する魔剣の意識たる彼女。

 その表情は、先ほどまでの冷たい言葉を吐く彼女とは大きく異なって見える。


「……くくっ」


 やがて彼女は、小さく笑い声を上げた。

 それは嘲笑うというよりはむしろ嬉しそうな笑い声に聞こえた。

 少しの間、彼女は下を向いて笑い声をあげていた。

 やがて顔を上げた時、その顔には人間らしい表情が灯っていた。


「いいじゃろう。あるじどのがそういうのなら、道具として力を貸さねばな」

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