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啓蒙である

「キョウ! 助かった!」


 少しすると、俺の後を追って三人が走ってきた。

 どうやら向こうも片付いたらしい。三人とも怪我がなさそうで何よりだ。

 彼女らはさっそく俺の壊したバリスタの残骸を見る。


 「バリスタ……こんなに大掛かりなものが平原に仕掛けられてたのですね」

「ああ。年季は入ってるけど、威力はホンモノだった。アンデッドがこんなものどうやって造ったんだ?」


 木の造りといい弦の張りといい、急ごしらえとは思えない出来栄えだった。

 

「歴史上、ノクス平原では何度も大規模な合戦が行われてきたみたいだ。おそらくこれはその時に放置されたものだと思う」


 ヒビキが木片を手にしながら分析を口にする。

 ということは、これは数百年前のものか。生きた時代の違った人間の殺意。そんなものを受けていたと思うと、少し不思議な気分だ。あまり気持ちの良いものではない。


「まあ、何にしても今は主力隊に合流するのが先だろう。進むにしても退くにしても、上の意思に従わないと」


 先ほど飛び出してきた位置まで戻ると、精霊騎士たちは戦闘を終えて被害の確認を行っていた。

 負傷者が数名いるものの、大勢に影響はないようだ。離脱した人間は速やかに後方の拠点に撤退させる。

 状況を確認した上で、精霊騎士たちはこのまま前身することを選択した。

 敵の戦力や戦術は想像以上のものだったが、このまま押し切るべきだと判断したのだろう。

 放っておけば、人の多い場所まで攻めてくると考えたのかもしれない。

 

 先ほどゾンビたちが押し寄せてきた方向を目安に、霧の中を突き進む。

 最初に襲ってきた集団を撃退した後は、ゾンビたちはほとんど見かけなくなった。

 霧に覆われた平原は不気味なまでの静けさだ。

 

 おそらく敵も戦力を一度整えて再度ぶつかってくるだろう。

 そういった動きはほとんど人間の軍隊と一緒だ。統率が取れているのがよく分かる。

 

 敵の陣地へと進んでいると、ふいにソフィアが口を開いた。

 

 「──ヒビキさんは、あのゾンビたちを指揮しているのはどんな相手だと思いますか?」

 「え、ボクか? そうだな……さっきの攻防を見るに、用意周到な奴だなーとは思ったかな」

 「なるほど、ヒビキさんはそう考えたのですね」


 ヒビキの返答を聞いたソフィアは少し迷ってから言葉を口にした。


「これは分析というよりも騎士の直感、とでも言うべきものかもしれませんが……今回の相手には底知れない執念のようなものが感じられます」

「……底知れない執念?」

 

 ソフィアらしくない曖昧な物言いに、ヒビキが問い返す。


 「ええ。絶対に相手を打ち倒し、己の目標を達成しようとする執念。そんなものを感じます」

「……それは、戦争なら当たり前じゃないのか?」

「そうとも言えますね。ただ、その必死さ、切実さは状況や人によって変わります。今回の相手の場合、その覚悟が異常に思われます」

 

 ソフィアは霧の先にじっと視線を向けた。


「この広い平原で古い戦争の兵器や死体を回収し、軍隊として再編する。きっと途方もない時間がかかったことでしょう。それこそ、人間の一生では足りないほどの時間です。そこまでして、人間性を捨てて尚成し遂げたい何かがある、ということなのでしょう」


 ソフィアの視線を追って霧の向こう側を見る。

 数メートル先も見通せない霧の中では、敵の全容など分かるはずもない。

 けれども、彼女の言葉を聞いた後だと、この霧の先に恐ろしい何かが蠢いているような気がしてきた。


 

 ◆

 

 

「腐臭が強くなってきたな。──敵が近い! 警戒を厳とせよ!」


 先頭を歩く精霊騎士の号令が聞こえてきて、改めて意識を前方に集中させる。

 少しすると彼の警告通りに、前方に大きな影が見えてきた。


 「あれは……廃城……?」

 

 ヒビキの呟きの通り、それは廃棄されて長く経つであろう城の跡だった。

 レンガを積み上げて作られた外壁は各所がボロボロに崩れ去り、城につけられたガラスは割れ放題。

 しかし備え付けられた大砲だけが不自然なまでに綺麗な状態を保っている。


 「……上に誰かいます」

 

 ソフィアの言葉を聞いて廃城の屋上を見上げる。

 

 そこには、巨大な甲冑姿の影が立っていた。


 「──聞け、邪知暴虐の帝国の末裔、我が怨敵」

 

 低く、怨念の詰まった声だった。

 声は甲冑から聞こえていた。

 そこには誰もが直感した。

 あれがこの騒動を起こした張本人。戦の跡から骸と兵器を搔き集め、ゾンビの軍団を纏め上げ、共和国に牙を剥いた首魁だ。

 

「これより私は五百年前の恨みを晴らし、リヌマリア帝国の汚らわしい歴史を漂白する。これは貴様ら如きには止められぬ、大義の戦いだ」

 「──歴史を漂白する、とはどういうことですか? 共和国に収められた歴史書の数々は人類の足跡であり宝です。誰にもそれを消し去る権利はありません」


 声を上げたのは、精霊騎士のララだった。ソフィアの禁書の件の時に一緒にいた、本好きの騎士。

 優しい印象の強かった彼女の声は、怒りに震えていた。しかし、甲冑のアンデッドはその怒気にまったく動揺していなかった。


「ハッ。無知なる者よ。貴様に啓蒙の光をくれてやろう。……五百年前、忌々しきリヌマリア帝国は我が王国を蹂躙した。そして、勝者の当然の権利であるかのように、我らを惨めな敗者として歴史に記録した」


 彼の語りに、歴史に詳しいであろうララもヒビキも、異を唱えなかった。

 ということは、彼の語りにはある程度の真実性が認められる、ということなのだろう。


 リヌマリア帝国は戦争の後に占領した王国に屈辱的な仕打ちを与えた。

 苛烈な税制を敷き、民からあらゆるものを搾り取った。

 冬の蓄えである食料を取り上げ、兵役に子どもを取り上げ、最後には国民としての尊厳を取り上げた。

 

 そして反論する者が消えた後で、歴史に偽りを刻み込んだ。

 曰く、王国民とは白い縮れ毛を振りかざす、野蛮な風習を持つ蛮族である。帝国は彼らに啓蒙の光を施し、帝国の一員にする名誉を与える慈悲深さを見せた。

 その記述は輝かしき歴史として、真実として、かの大図書館に収納された。



「間違った真実である。誤った記述である。民への侮辱である。──だからこそ、消さねばならない」


 歴史の亡霊である騎士の語りは、そこにいる者を圧倒する迫力のあるものだった。

 最初は怒気を露にしていたララも、圧倒されて言葉を失っている。

 亡霊騎士が俺たちを悠然と見下ろし、その場に沈黙が下りる。

 誰も口を開くことができないような、重苦しい気配。

 

 しかし、その場に不似合いな幼い声が響いた。

 

「──ハッ。くだらんな」

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