霧の中の開戦
リブリア共和国に帰った俺たちはすぐさま冒険者ギルドへと向かい、事の顛末を報告した。
ギルドの受付嬢は俺たちの話を聞いて深刻な表情で頷いていた。
「ご報告ありがとうございます。上にも報告して、早めに調査を進めていただきましょう」
案外話がすんなり通ったな。
俺たちはそれなりに信頼されているらしい。ここに来てから何度も冒険者ギルドの依頼を受けたかいがあったな。
冒険者ギルドは詳しく状況を確認するため斥候役の冒険者パーティーを派遣。──そして、彼らは帰ってこなかった。
索敵や生存能力に長けたパーティーだった。にもかかわらず、全滅。
この結果は重く受け止められ、冒険者ギルドだけでなく共和国の上層部も動きを見せ始めた。
共和国の主力である精霊騎士の主力を北方へと集結させる。
そして、近辺を拠点とする冒険者へと協力依頼を送る。
そして当然、俺たちにも声がかかった。
「──それで、どうでしょうか? ノクス平原に現れた大量のゾンビの討伐依頼、受けてくださりますか?」
「もちろんです。乗り掛かった舟みたいなものですから」
冒険者ギルドの受付嬢に問われて、ヒビキが答える。俺たちの間での話し合いは既に済んでいた。
「ありがとうございます。先日の封印された書物の一件やゾンビ発見の報など、皆様には沢山の恩を受けてしまいましたね」
「気にしないでください」
「──そうそう、いっぱい美味しいもの食べさせてくれればそれでいいから!」
「……」
急に話に入り込んできたシュカを、ヒビキがちょっと睨んだ。
今回の件は裏に魔王がいるかもしれない。そう言ったのはヒビキだった。
そう言われれば、見て見ぬふりなどできない。
魔王が侵略してくれた国がどんな目に遭うか、俺たちは今までの経験からよく知っている。
リブリア共和国は美味い飯を食べさせてくれたし美しい景色も見せてくれた。
滅んでしまうのはあまりに忍びない。
──こうして、俺たちは新たな戦いの中に身を置くことになった。
◆
精霊騎士の配備が速やかに完了し、協力する冒険者たちも集結した。
ノクス平原には相変わらず濃い霧が立ち込めている。
陣形としては、集団での戦闘に慣れている精霊騎士が戦闘に出て戦い、冒険者たちはその周囲から援護する形だ。
精霊騎士、ララはそんな戦場の最前線に立っていた。
「嫌な空気ですね……」
濃い霧が視界を遮っているだけではない。
薄っすらと漂う腐臭。それがただでさえ陰気な雰囲気のノクス平原をさらに不気味なものにしている。
アンデッド──その中でも肉の残っているタイプは、嫌な臭いを纏っていることも多い。
今回確認されているゾンビもまた然りだ。
しかし、勇猛な精霊騎士はその程度で怯んだりはしない。
「我らは精霊様のご加護を受けし者! 共和国の楯として、万難を排す! 精霊騎士、前へ!」
騎士団長の号令がかかり、精霊騎士たちが前に出る。
「総員、陣形を崩さないよう前進! 冒険者諸氏も共に前へ!」
前方の騎士たちの動きに合わせて、後に続く冒険者たちも霧の中へと入っていく。
するとすぐに、理性のない唸り声が聞こえてきた。
平原を闊歩する足音。ゾンビの大群が精霊騎士の元へと迫っている。
すかさず、前方の部隊が応戦する。
「火の精霊よ、我に力を与え給え……フレアアロー!」
詠唱を始めた精霊騎士の元に、見えない力の塊が集結する。目には見えないが、たしかにそこにあるのが分かる。
精霊。一般的なスキルで使用される魔法とは違い、大きな力のうねりが見て取れる。威力は高いが発動にはやや時間が必要、と言ったところだろうか。
力の塊は炎の矢を取り、やがてその手元から射出された。
「Guaaaaa!」
ゾンビの肉体が燃え上がり、周囲の個体にまで延焼する。
効果は覿面だが、敵の数はそれよりもはるかに多い。炎を避けて走り出したゾンビが、魔法を放った騎士の元へと迫る。
「風の精霊よ、我が肉体を祝福し給え……ウインドステップ!」
肉薄するゾンビの前に立ち塞がったのは、風の精霊を操る精霊騎士だった。
彼は素早い動きでレイピアを操り、次々とゾンビの肉体を貫いていく。
「ふう……ご加護が切れる! 交代を!」
彼が声を上げると、すぐさま別の精霊騎士が前に出てきた。
動きの遅くなった精霊騎士は後ろに下がり、別の精霊騎士がレイピアを振るい前線を維持する。
冒険者として招集された俺たちは、そんな奮戦を後方から眺めていた。
「見事な練度ですね。王国の騎士団にも決して劣らないでしょう」
彼らの戦いぶりを見ていたソフィアが分析を口にする。
敵の数は脅威だが、今のところ精霊騎士は危なげなくゾンビに対処している。
順調な戦況。しかし魔王が関わっている以上、これだけで終わるはずもなかった。
「三時の方向! 新たな敵勢力を確認!」
「――九時の方向より、多数の敵が接近しています!」
「挟み撃ち……!?」
思わぬ報告に指揮役の騎士が驚きを口にする。
敵は知能の低いアンデッド。その前提が頭にあったからこそ、突然の報告に困惑を隠せない。
「キョウ!」
「ああ……九時の方向の敵を叩きに行こう!」
こういう時のための、遊撃としての冒険者だろう。俺は3人と意志を確認しあうと、素早く移動する。
彼らの言う九時の方向では、既に精霊騎士たちが激戦を繰り広げていた。
「Gaaaa!」
「はああああ!」
精霊騎士がレイピアを振るい、その背後から援護射撃が届く。
盤石な体制で敵を迎え撃つことができている。
しかし、援護射撃があるのはあちらも同じだった。
騎士がゾンビの肉体を貫いた瞬間、霧の向こう側から巨大な矢が飛んできた。
「ッ……ガフッ……!」
空を裂き飛来した矢が精霊騎士の肩を掠め、その肉を抉り取る。
「──代わるよ!」
負傷した精霊騎士の元へと躍り出たシュカが、拳を構えて突進する。
精霊騎士が怯んだ隙に一気に距離を詰めてきたゾンビを一気に蹴散らしていく。
「シュカ!」
「キョウ君、バリスタみたいなのがどこかにあると思う! 壊して!」
バリスタは強力な矢を発射する固定砲台のようなものだ。
援護に入ろうとしたが、シュカの言葉を聞いて向かう方向を変える。
先ほどの矢が飛んできた方向、霧の先へと走っていく。
「壊してって言ったって……全然見えねえよ……!」
深い霧が俺の視界を遮っている。これではモノを探すどころではない。
向かってくるゾンビをかたっぱしから斬り倒しながら、俺は走り続ける。
ふいに、俺の耳が奇妙な音を拾った。何かが風を切る音。それを認識した瞬間、俺は反射的に身を屈めていた。
直後、俺の顔面目掛けて飛んできた矢が俺の頭上をすり抜けていった。
「あぶねえ……」
背中に汗が滲む。スキルの恩恵によって肉体が頑丈になっているとはいえ、あの威力をまともに食らえばただでは済まないだろう。
『傲慢の魔剣』から「間一髪じゃのう、あるじどの?」と揶揄する声が聞こえてくる。ツルギはやはり未だに不機嫌らしい。
けれど、今のでバリスタの方向がハッキリ分かった。
さらに速度を上げてバリスタの方へと走り出す。
やがて見えてきたのは、地面に設置された巨大な弓矢だった。
周りには三体のゾンビがいて、巨大な矢を新たに番えようとしている。
「させるか!」
次弾を装填される前にゾンビを素早く切り捨てる。
トドメにバリスタを土台から破壊して、俺はようやく一息つくことができた。




