お前自身の
「――つまり、お前はそのバレバレの嘘で女を買ったのをごまかそうとしたってわけだ! 思い返せば僕と初めて会ったときにも、奴隷を買おうとしていたもんな! たしかにお前にとっては女なんて買い替えればいいだけの代替品に過ぎないもんな」
「だから違うって言ってるだろ! というか今更奴隷なんて買えるか! 俺一人の時ならともかく!」
そんなことしたらソフィアにどんな目で見られるか。
「くっくっく。青い青い」
一方の当事者であるツルギは面白そうに笑っているだけだ。ムカつく奴……!
そこから十分ほどかけて、興奮してまくし立てるヒビキに落ち着かせた。
一度熱くなるとなかなか話が通じなくなるのは男の頃と変わらない。以前に喧嘩した時は随分と苦労したものだ。
ようやく話が一段落したところでソフィアが真面目な顔で切り出す。
「──それでは、改めて確認しましょうか。あなたの正体は『傲慢の魔剣』に宿った意志──精霊であるということで間違いないですか?」
「精霊という呼称については詳しく知らんが……まあ、似たようなものかのう」
ひどく退屈そうな表情で応える傲慢の魔剣――改めツルギ。
その眼は、俺と話している時よりもさらに冷たい光を灯していた。
敵意にも近い感情を露にするツルギには、小さな体に不釣り合いな威圧感がある。
しかし、相対するソフィアもまた毅然とした態度で視線を返している。
一触即発、という言葉がこの状況を表すのにもっとも相応しいだろう。
「では、なぜ今になって姿を現したのでしょうか?」
「ああ、それはあの地下書庫にあった本のおかげで微睡みから醒めたからじゃ。共鳴、とでもいいかのう」
「「……共鳴?」」
俺とソフィアの言葉が重なった。
ツルギは小さく頷いて話を続ける。
「うむ。あの本は妾の生まれた時代、場所を同じくするものじゃった。古くより在り、大切にされてきたものには様々な情報や感情が蓄積しておる。そういったものにより妾の意識が刺激され、意識の覚醒を促した。妾のように肉体を持たない存在にとっては珍しくもない事象じゃな」
言葉だけではあまり理解できない説明だった。
けれど、昨日の俺が見た白昼夢のことを思い出せば納得できる節もある。
おそらくあれが、ツルギの覚醒の兆しだったのだろう。
「なるほど、分かりました。──それでは、覚醒した貴女はいったい何をするためにこの世界に現れたのでしょうか?」
おそらく、これこそがもっとも聞きたかった問いなのだろう。
ソフィアの視線が一層鋭くなる。
それを受けるツルギは、あくまで余裕ある態度を崩さなかった。
「まあ、さして隠すことでもあるまい。あるじの望みを叶えるためじゃ。妾はあるじの剣。その望みを邪魔するものを排するのが役目」
「それなら剣の姿で十分なはずです。わざわざ私たちの前に現れて言葉を交わした意図。……それは、あなたの言う"あるじ"の望みをコントロールするためではないですか?」
そう問われたツルギは──不気味な笑みを浮かべていた。
「なぜ、そう思う?」
「七罪の魔剣の伝承は全て悲劇で幕を閉じています。その多くが、名を冠する欲望に呑まれ、身の丈に合わない夢を抱いて不幸になっていくもの。『傲慢の魔剣』であるあなたは、キョウさんから欲望を引き出そうとしているのではないですか?」
「フム、鋭い考察じゃ。──しかし、おぬしの言う『欲望を引き出す』、というのはそんなに悪いことかのう」
ツルギはまるで遠い昔を慈しむように遠くに視線を向けた。
「ヒトは生活の中で己の欲望を押さえつけておる。他者のため、社会のため、家族のため。それは人間社会で上手くやるコツなのかもしれんが、妾には窮屈に見えてしかたない。まるで虫カゴに閉じ込められた蝶、あるいは鎖に繋がれた奴隷のようじゃ」
そこでツルギはソフィアの目をじっと見つめた。その視線を見たソフィアは、僅かにたじろぐ。
ツルギは語気を強めて言葉を続ける。
「七罪の魔剣の所有者が全員不幸になったというのは後世の観測者の主観にすぎん。仮に討ち取られ最期を迎えたのなら、それまでの生は全て不幸か? 己を押し殺し天寿を全うするのは絶対的な幸福か? その後悔を、屈辱を、機会損失を、馬鹿の一つ覚えのように見て見ぬふりをするのが『正しい人間』なのかのう」
「……」
押し黙るソフィアから視線を逸らして、ツルギは俺の方へと目を向けてきた。
「さて、あるじどの。今の妾の言葉を聞いて、何を思ったかのう」
「……何を思ったか、ね」
俯くソフィアの様子を横に見ながら、俺は素直に思ったことを口にする。
「まあ、お前の言い分が理解できないわけでもない。その上で──俺の幸福を決めるのは俺だ。だから、お前の言う通りになるつもりなんてない」
「……ッ」
ツルギの瞳をじっと見つめて答える。その瞳は、俺の言葉を聞いてゆらゆらと揺れていた。
「……くくっ。それでこそ我があるじどの。傍若無人で傲慢。それでいい」
やがて漏れ出た囁きは小さく、けれども抑えきれない喜悦が滲んでいた。
◆
とりあえず、ツルギとは俺の方で色々と話してみる。
そう言って俺はその場を打ち切った。
ソフィアの様子が気掛かりだったし、俺もまだ会話が足りなかったと思ったからだ。
自室に戻り改めて彼女と向き合う。
ツルギは先ほどまでの会話などまるで気にしていないかのようにのんびりと欠伸をしていた。
「ふわぁ……目覚めたばかりだからかまだ眠いのぬ。あるじどの、何か面白い話をしてみせよ」
「俺が命令されるのか!?」
あるじどの、とか言っているからてっきり俺の命令を待つタイプだと思っていたのに。
俺の反応を見たツルギはケラケラと笑っている。
「くっくっく! 妾は『傲慢の魔剣』じゃぞ。傲慢な命令の一つや二つ、するに決まっているおろう?」
「生意気なやつ……」
少し話しただけで、コイツのパーソナリティはだいたいつかめた。
傍若無人、生意気、天邪鬼。
他人が困っている様子を見てケラケラ笑っている。
ソフィアが心配していたことも分かる気がする。
「なあ。お前はどれくらいの間眠っていたんだ?」
俺が問いかけると、ツルギはキョトンとした表情を見せた。
「……なぜ、そのようなことを?」
「いいだろ、別に。どうなんだよ」
「ふむ、正確には分かりかねるが……300年程度かのう」
「そうか。……300年、かあ」
俺には想像もできないような長い期間だ。
そんな期間を経て目覚めた彼女は今、何を想うのだろうか。
「なあ、やりたいこととかないのか?」
「む……? いや、妾はあるじどのの願いを叶えるための存在であり……」
「違う違う。お前自身の、やりたいこと、望みだよ。観光とか食事とか交友とか、色々あるだろ」
人生論とかそういう大きいことはいったん置いておいて、俺はツルギがどんな人なのか知りたい。
そう思ってじっと見ると、彼女は何やらポカンとした表情をしていた。
「妾、自身の……?」
俺は小さく頷く。
彼女の戸惑う様子は、まるで見た目相応の少女のように見えた。視線をゆらゆらと揺らし、思考を巡らせている。
「……分からん」
やがて出てきた言葉はどこか寂しそうに聞こえた。
「そうか? それなら、探してみるか」
「探す?」
「そうそう。300年も経ってるなら、知らない場所や知らないものがいっぱいあるだろ。だから、いろいろ見てみるんだよ。綺麗な景色とか、面白い娯楽とか、美味しいメシとか」
そう言われたツルギは、ずっとポカンとした表情のままだった。
今のやり取りを経て、俺の考えも纏まった。
ツルギには危ないところを助けられた恩もある。
道具とか主従とか、そういうのはいったん抜きにして、コイツのやりたいことを探してやろう。
その後のことは……まあ、きっとなんとかなるさ。
楽天家の俺は、そんな風に結論づけるのだった。




