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地下へ

「それで、こんなことになってるのか……」


 ソフィアの話を聞いてようやく事態を把握できた俺は、しみじみと呟いた。

 『開かずの本』の周りに集っている学者たちは、相も変わらず議論を続けている。

 話の端々を聞く感じ、大昔の王族の秘密に関する記述があったらしい。


 俺たちの会話を聞いていた精霊騎士のララが口を開く。

  

 「ソフィアさんは本当にすごいことをなさったんですよ! この功績があれば、名誉市民になることだって不可能ではありません! 私が保証しましょう!」

「大袈裟じゃないか……?」


 名誉市民とかいうものの詳細は知らないが、一日二日でなれるようなものなのか?


 「……それなら、一つお願いをしてもいいですか?」


 ララの話を聞いたソフィアがそう切り出す。


「はい、なんでしょうか!」

「今回の功績を認めていただけるのであれば、大図書館の地下書庫への入室許可をいただけませんか?」


 ソフィアの提案を聞いたヒビキが期待に目を輝かせ、ララの方をじっと見つめる。

 彼女は任せておけ、と言わんばかりに胸をドンと叩いた。

 

「もちろんです! 知り合いの司書から許可証をもらってきましょう。今回の騒ぎは既に大図書館側にも伝わっているはずですから。――じゃあ、さっそく行きましょう!」

「え、今から!?」


 ララは行動の早い人だった。

 話を聞いてすぐに小走りに入口へと向かい、受付に事情を説明。そこからさらに偉い人に話が繋がり、一時間もせずに地下書庫への入室許可証を取ってきてしまった。


「はい、4人分の許可証です! こちらを地下入口の守衛に見せていただければ入れるかと!」

「あ、ありがとうございます!」


 あまりの展開の早さにあっけに取られながらも、ソフィアがお礼を言う。

 

「それでは、私はそろそろ精霊騎士としての業務の方に戻らないといけないので……ソフィアさん、今度一般区域も案内しますね。そして地下で歴史的大発見などあった時には、是非! 精霊騎士団のララにもご一報くださいね!」


 彼女は早口にそう告げると、あっという間にその場を去って行った。

 ちゃんとお礼を言う暇すらなかった。


 「あ、嵐のような人でしたね……」

「本当にな。ここに来た時のヒビキみたいだった」

「ボ、ボクはあそこまで落ち着かない感じじゃなかっただろ!?」


 ヒビキは否定したが、実際わりと似ていた気がする。

 好きなもののことになるとテンションが上がって周りが見えなくなる感じが特に。


 

 

 

 大図書館の地下書庫、その入口は一階の隅っこに隠れるように存在していた。

 その入り口と思われる場所には石造りの分厚い壁。さらにその手前には守衛が二人。

 一階や二階とは比べ物にならないほど厳重な警備だ。特に重要な資料を保管しているというのも頷ける。

 通路に控えていた守衛に許可証を見せると、あっさりと入室許可をもらえた。


「まさか大図書館の地下書庫に入れるなんてな……!」


 入る時からソワソワしていたヒビキがキョロキョロと周囲を見渡す。

 その声は随分と抑えられている。地下の厳かな雰囲気に圧倒されているのだろう。

 

 地下書庫は一般開放されたエリアとは比べ物にならないほど不気味な場所だった。

 光の入らない地下。通路には所々にランプがつけられている。

 大昔の魔法か何かで動いているのだろう。オレンジ色の光は火ではない別の何かで生み出されているようだ。

 

 一般エリアにはまばらに人がいたが、ここにはほとんど人がいない。

 耳が痛くなるような沈黙に意味もなく緊張してしまう。

 

 場の雰囲気に耐えかねた俺は、前を歩くソフィアに話しかける。


「ソフィアが地下書庫に入りたいって言ったのは、やっぱり俺の魔剣のためか?」

「ええ。さらに古い時代に遡って調べるのなら、やはり地下書庫の方がいいとララさんも言っていましたから」


 数日前からずっと、ソフィアは俺のために頑張ってくれているみたいだった。

 そんな様子を見ていると、少し罪悪感が湧いてしまう。

 

「その、そこまで時間を使わなくていいんだぞ? 俺は今のところ元気だし。というか、危なくなったらこんな剣捨ててやるよ」

「そうもいかないのが魔剣の厄介なところですよ」


 ソフィアは小さくため息をつきながら振り返った。

 

「魔剣を所有するというのはそれ自体が『契約』の一種なのです。正当な契約破棄宣言なしに魔剣を手放せば、ペナルティが発生します。そのような事例は過去に多く存在します」

「えっ、怖……」

 

 やばくなったら海にでも沈めればいいかとか考えてのに。


「私もここでキチンと調べてようやく確信を持てた事実ですけれどね。ここならさらに詳しく分かると思いますよ」

 

 とはいえ、本の中身は相変わらず俺にはサッパリだ。

 むしろ地上の本よりもさらに内容が難解になっている気がする。


 ソフィアやヒビキの動きに倣って俺も本を手に取るが、内容が全然理解できない。


「あ、キョウ君。サッパリ分からないって顔してる」

「うるせえ」


 暇そうにしているシュカに揶揄われた。

 アイツも全然読めないくせに。

 

「ヒビキさん、これ……」


 真剣な顔をしたソフィアがヒビキに何か見せている。

 真面目な雰囲気になんだか気まずくなった俺は、持っていた本を棚に戻して奥の方へと歩き始めた。


 静謐な空間では自分の足音が嫌に響く。

 何か悪いことでもしている気分だ。


 「……ん?」


 自分の足音以外に、音が聞こえた気がした。

 か細い声というか、何かの楽器が鳴るような、そんな不思議な音だ。

 俺は音が聞こえた方向へと歩き出す。


 「……これか?」


 音の聞こえた方向に行くと、一冊の本がやけに目についた。

 黒塗りの背表紙に、薄いページ。不思議と、惹かれた。

 手に取ってページを開く。

 

 ――その瞬間、俺は白昼夢の中へと入り込んだ。

 それはこの世界よりもむしろ日本に近いような、不思議な光景だった。

 

 

 ◆

 

 

 殺してやる。

 

 それはある男の妄執から生まれた意志だった。

 その男は刀匠だった。

 より斬れる刀を、より強い刀を打つために生きていた。

 その刀がどんなことに使われるかにはあまり興味がなかった。目的は金や名声ではなく、より強い刀を造ること。

 だから、生み出された刀が世界にどんな影響を与えるか想像もしなかった。


 「鍛冶師ムラマサを反逆罪の為捕縛せよ」

 

 お上の命令により、一瞬にして鍛冶師としての生活は奪い去られた。

 

 警吏の手を逃れられたのは偶然だった。

 しかしその過程で負った傷は、あまりにも大きいものだった。

 家を失い、愛する家族を奪われ、大切な右眼を失った。

 

 それからは、やり方を変えた。目的が変わったからだ。

 刀の打ち方を変えた。

 己の執念を刀に籠める。槌の一振り一振りに憎しみを籠める。

 恨んだのは、己の利益のために自分を捕えようとしたこの国の王、将軍家だ。

 傲慢なる王に、この刃を突き立てる。その決意と共に刀を鍛えた。

 

 結果的に生み出された刀は今まで造ったどの刀よりも強くなった。

 ムラマサの中にある七つの悪しき感情――すなわち傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。

 それぞれの籠められた刀は意志を持ち、使い手の精神をも蝕む兵器となった。

 そして籠められた妄執は、ついには新たな人格となり後世にまで残ることとなった。

 

 

 


「今のは……?」

 

 唐突に、景色が切り替わった。

 呆然と呟くも、周りには地下書庫の薄暗い景色が広がるのみ。先ほどまで見ていた光景は、物語は、どこにも存在しない。

 

「キョウ! キョウ! まったく、勝手にいなくなるなよ。こんなところで迷子になるなんてシャレにならないぞ」

 

 背後からヒビキの声が聞こえてきたので振り返る。

 彼女は俺の手元にあるものをじっと見つめていた。


 「なんだ、それ気に入ったのか? 大事そうに抱えて」

 「……あれ?」

 

 そういえば、この本を開いた時から急に別の場所の光景が見えたんだっけ。

 遠い昔のことのように思い出した俺は、ポツリと呟いた。

 

 「……まあ、持って帰ってみるか」

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