魅惑の世界へ
緩やかな傾斜を登って共和国の中心部分へ向かう。
石畳の道は歩きやすい。天気もいいしちょっとした散歩気分だ。
ゆっくりと進みながら、ヒビキの説明に耳を傾ける。
「大図書館はこの世界で最も蔵書量の多い図書館なんだ。その中身は旧帝国だった千年以上前から保管され、更新され続けている」
「千年前! 本ってそんなに保つものなのか?」
「きちんと管理ができていればな。湿度の管理とか、色々大変みたいだぞ」
幸いなことに、火災や浸水の被害に遭うことなく大図書館はこの場所に存在し続けたらしい。
国が変わってもその希少性は変わらず、今でも管理されている。
「キョウ! あれだ、あれ!」
そんな話を聞いているうちに、正面に大図書館が見えてきた。
図書館というよりも神殿と言われた方が納得できるような、厳かな雰囲気の建造物だった。
正面につけられた門のように巨大な扉は開放されている。
石造りの外壁はヒビ一つなく、所々にあしらわれた装飾がその威厳を一層増している。
なるほど、これが千年分の重みってことか。外見だけでも伝わってくる重圧に、俺はその歴史を感じずにはいられなかった。
「おいあれ、普通に入れるものなのか? 許可とかは?」
「地下の書架は無理だけど、それ以外は解放されてるってさっき聞いたぞ。――さあ、行くぞ!」
ヒビキは目をキラキラさせながら歩いて行った。
大きな入口を潜って、内部へ。
さっそく、受付の役割を果たしているらしいカウンターへと向かう。
「ようこそ、人類の知恵の集結地、大図書館へ」
利用者の身元調査のようなものは特にしないようだ。
最初に、大図書館に入る際の注意事項が説明された。
内部では一切の諍いが禁じられていること。
魔法も使えないこと。
書物を傷つける行為は一切禁じられていること。
これらに反する行動をしようとすると、精霊に罰せられる。
罰の具体的な内容について、受付の男は説明しようとしなかった。
「精霊……?」
「やっぱり本当にいるんだ……!」
聞きなじみのない言葉に首をかしげる俺とは対照的にヒビキはキラキラと目を輝かせていた。
あいつはこの国に来てからずっとあのテンションで疲れないのだろうか……。
「はい。精霊は古代において人と共にあった生物です。時代の流れと共にだんだんと消えていき、今ではほとんど存在していませんが……古代と同じ空間を維持し続けている大図書館には、まだ精霊が住んでいるのです」
受付の男はどこか誇らしげに説明した。
あれか、環境汚染でホタルがいなくなる、みたいな話か?
地球では森林の破壊や海面の上昇が生態系を変えたと聞く。
精霊は、生きるのに何が必要なのだろうか?
「基本的に精霊は精霊騎士の命に従い動きますが、大図書館の精霊の場合はこの建物に従属しています。その使命は書物を護ること、ですね」
精霊……精霊騎士……。次々と聞き覚えのない単語が出て来て混乱する。隣をチラッと見るとシュカもグルグルと目を回していた。
どうやら、今の話はこの世界でもあまり一般的な知識ではないようだ。
比較的物知りなソフィアですら首を傾げている。
「ですので、気をつけてください。精霊は正しい利用者を護りますが、ルールを破った者には容赦がありません。仮にその場で殺されようと、私たちに責任は取れませんから」
男性の曇りない笑顔から、その言葉に偽りがないことを確信する。
どうやら、この図書館には命の危機があるらしい。
◆
受付を通り抜けて早速中へ。
三階建てに加えて地下一階を所持する大図書館。その中で一般に解放されているのは一階と二階だけだ。
単純計算で全体の半分だが、それでも尚全て見て回るのは不可能と思えるほど広かった。
受付を抜けて中に入ると、すぐに壁一面に本棚が広がっている光景に圧倒される。
まるで本に取り囲まれているかのようだ。ここまで大きな図書館は、日本にいた頃にも見たことがない。
入口付近には最近の本が並べられているようだ。
比較的綺麗な背表紙には、料理のレシピやエッセイのタイトルが記されている。
そして、奥へと進んでいくほど本の年代が古くなっていくのが分かった。
興奮したヒビキはあちこちを歩き回って、時折本を手に取って読んでいる。
そのままフラフラと奥の方へと入っていく。あの様子じゃしばらく戻ってこないな。
ソフィアもまた、普段とは違い落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見渡している。
「ソフィア。気になるものがあったら見に行っていいんだぞ」
「あ……バレていましたか。では、失礼して」
ソフィアは少し恥ずかしそうに笑うと、本棚の奥の方へと向かって行った。
後に残ったのは、退屈そうな欠伸を隠そうともしないシュカと俺だけだ。
「お前は本当にブレないよな。ずっとアホ面で安心する」
「そういうキョウ君も、本とか読まなそうだよね」
「「……」」
無言でバチバチと視線を交わす。
コイツ……俺のことを馬鹿だと思っていやがる……!
「お前、せっかくだから上機嫌なヒビキの話にでも付き合ってやれよ」
「えー、今日のヒビキ暑苦しくてイヤだな」
シュカは唇を尖らせながらもヒビキが消えて行った棚の方へと向かって行った。
俺も自分で本を読む気にはなれなかったので、とりあえずソフィアが向かって方へと歩いて行った。




