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シュカの変化

「ちくしょう……俺の獣っ娘ハーレムの夢が……ケモ耳をモフモフしまくる野望が……」


 どんよりと落ち込む俺に、ヒビキがおずおずと話しかけてくる。


 「おい、そんなに落ち込むなよ……さっき説明しただろ。お前が英雄っていう肩書きで『女が欲しい』なんて言ったら、向こうが嫌でも拒否できないだろ。お前はそういうのを求めてるわけじゃないだろ」

 「まあたしかにそうなんだけど……ハァ……ケモ耳モフモフ……」

 

 ヒビキの説明には納得している。

 それでも、夢の世界が目の前に広がっていただけに落胆は大きい。


 そんな俺の様子を、シュカはチラチラと見て来ていた。

 わりと遠慮なく声をかけてくる彼女のそんな様子は珍しい。

 俺が違和感を覚えていると、おずおずと彼女が話しかけてきた。

 

 「ねえキョウ君……良ければ、ボクの耳、触る?」

 「――触る」

 

 まるで砂漠を彷徨っている時に水を差し出されたような気分だった。

 ちょっとテンションがおかしくなっていたとも言えよう。

 欲望のままに彼女の頭に手を伸ばして、ふさふさとした耳に触れる。

 柔らかくて、温かい。

 俺はぼんやりとしながら彼女の耳を掴んでいた。

 シュカは頬を赤らめて黙り続けている。そんな事を続けていると、突然ヒビキが叫んだ。


 「おい、いつまでイチャイチャしてるんだ!?」

 「うおっ、ビックリした」

 

 思わずシュカの耳から手を離すと、残念そうな声がシュカから聞こえてきた。

 ヒビキがそんな俺たちをジトッとした目で見つめてくる。


 「いつまでケモ耳に囚われてるんだ。目標を達した以上、この国はそろそろ出るんだぞ」

 「そうだよなあ」


 眼福だったケモ耳美人たちもこれで見納めか。そう思うと少し寂しい。

 

「なあシュカ。お前は故郷に残ろうとは思わないのか?」


 ふと気になって問いかけると、彼女はキョトンとした顔を見せた。

 

 「なんで?」

「いやだって、お前はもうこの国にいても生まれだけで侮られる事なんてないだろ。それが嫌で国を出たんなら、もう外の世界にいる理由はなくなったんじゃないか?」


 今のシュカは獣王国を救った英雄だ。誰も彼女を見下さない。

 それなら、同族のいるこの国が一番居心地の良い場所ではないだろうか。

 しかし俺の問いかけを聞いたシュカは、なぜか不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「そんな事ないよ。たしかに、今ならこの国にいても居心地の悪い思いはしないかもしれないけどね。でも外の世界にいる理由がなくなったっていうのは違う」

 

 そこまで言ってから、シュカは俺の事をじっと見つめた。


「もうボクは、外に大事なものができたからね」


 大事なもの……? 強くなることにしか興味がない彼女の大事なものとは何だろうか。

 そう疑問に思って彼女の顔を見ると、意味深な視線を返される。

 ――ひどく色っぽい笑顔だな、と反射的に思った。


 カラカラと笑う普段の彼女とは違う、含みのある、艶やかな笑顔だ。

 そう思うと途端に顔が熱くなったような気がして、俺は顔を逸らした。

 

 「フフッ」

 

 俺を見たシュカが小さく笑う。その笑い声はやはり、普段とは異なるものに聞こえた。

 

 

 ◆


 

 少し前まで、性別なんてものは些細な問題だと本気で思っていた。

 それこそ子作りをする段階になって初めて意識するようなもの。


 そう思っていたから、自分の性別が変わったことについてもそんなに気にしていなかった。

 「真の強さ」を得られるという噂に惹かれて入った禁断の秘境。

 そこで不思議な霧に包まれた僕の体は女になってしまった。

 

 どちらでもいいと、本気で思っていたのだ。

 女性の体は筋肉が付きづらい代わりに柔軟性がある。

 一長一短だし、女になったのならこの体に合う戦い方をすればいい。

 

 当時の僕からすれば、興味があるのは戦えるかどうかだけだった。

 

 それが今では、良かったと思っている。

 女の子で、良かった。

 キョウ君と出会ったボクが、女で良かった。


 女なら、この胸にある想いに胸を張れる。

 今まで漠然と感じていたこの感情が何なのか、今回の一件でハッキリと分かった。

 好きだ。キョウ君の事が。


 女として、男のキョウ君のことが。

 昔のボクが聞いたら、「そんな馬鹿な」と笑っただろう。

 でも、この胸の想いはもう偽りようもないほどに大きくなっている。

 

 初めて出会った時は、敵として戦った。

 見た目よりも強い奴。修行の為に好都合な相手。

 そんな認識が覆されたのは、予想外の方法で彼に組み伏せられた時だ。


 体格が違う。骨格が、生き物として違う。

 その時が初めて自らの女としての体を意識した時だった。

 

 その後も彼と一緒に様々な敵と戦った。

 騎士の国の奥深くに潜んでいた古い魔王。

 魔法の国を襲った魔法を消してしまう魔王。

 そして、進化の極致を目指そうとした魔王。


 彼の言葉が、その時の眼差しが、未だに心に焼き付いている。

 

 『悔しかったんだろ、生まれだけで馬鹿にされて。強くなりたかったんだろ。見返したかったんだろ、馬鹿にしてきた奴らを。今がその時だ』

 

 自分の核心を穿たれたような気分だった。

 そうだった。僕がずっと強くなろうとしていた原点はそこだった。

 

 そして魔王を倒した僕に、キョウ君は『良かったな』と言ってくれた。


 今更故郷に戻るなんて無理だ。

 僕はキョウ君と一緒にいたい。そうしていずれ、彼と。


 想いを新たにして、僕は故郷を出ることにした。

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