褒美
ちょっとばかり獣王国の様子を確認した後で、俺たちは予定通りに獣王のところへと向かった。
先導するルピナについていき、やたらとデカい塔の頂上へと昇る。
久しぶりに見た獣王は、以前の見る者を圧倒する殺気を纏っていなかった。
相変わらずの強面ではあるが、とげとげしい雰囲気はない。
おそらくこれが彼の本来の姿なのだろう、と俺は直感した。
肩の荷が降りた、という事なのだろうか。
獣王国を存亡の危機に陥れた合成獣の軍勢。
その対策に最も心を砕いてきたのは、彼だったのかもしれない。
「久しぶりだな、英雄たち。……前回は失礼な態度を取って悪かったな」
ひどく殊勝に謝罪する獣王。
その様子に、シュカは何やら啞然としていた。
しばらくの沈黙の後、おずおずと隣のルピナに問いかける。
「えっと、これは誰?」
「失礼な奴だな……」
不躾に指を刺された獣王は憮然とした顔をする。
「いやだって、僕の知ってる獣王って言えば、いつも偉そうに腕を組んでいて他人の言う事なんて聞かない人だから……!」
「そうか、そう見えていたのか……」
シュカの率直な意見を聞いて、獣王はわずかに肩を落としていた。
その様子を哀れに思ったらしく、ソフィアが助け舟を出す。
「シュカさん。為政者というものは民には弱い姿を見せられないものなのです。威厳を見せなければ臣下は安心して国を任せる事ができません。ですので、実際の性格と公の場で見せる姿が違うのは珍しい事ではないのです」
お姫様として過ごしていたソフィアらしい言葉だ。
特に彼女は、自分が偽物であると気づかれないように必死に自分のイメージを守っていたのだろう。
シュカもまた彼女の言葉の重みを悟ったらしく、小さく頷いた。
「……さて。お前たちは名実共に獣王国の英雄となったわけだ。俺は一国の長としてお前たちに褒美を与えなければならないだろう
ルピナの言う通り、獣王は俺たちを公式に認める事にしたようだ。来た時とは随分と態度が変わったものだ。
思えば、来た時の冷たい態度もまた彼が意図的に演じていた姿だったのだろう。
「何か望みはあるか?」
「それじゃあ、まずはボクから」
真っ先に口を開いたのはヒビキだった。
おそらく、事前に内容を考えてきたのだろう。
何も考えずにここまで来た俺とは大違いだ。
「魔王フランチェスコ以外の現存する魔王について、知っている事を教えて欲しい。獣王国は以前にも魔王軍の襲撃を受けていたはずだ」
「ああ、分かった。――ルピナ、文官たちへの手配を頼む」
「仰せのままに」
ルピナが恭しい態度で礼をする。
その様子に満足げに頷いた獣王は、続けてシュカに目を向けた。
「何か言いたげだな、この国の英雄、シュカ殿」
「今更敬われるのは気持ち悪いけど……うん。なんて言えば良いのか分からなくて迷ってたけど、決めた」
シュカは大きく息を吸って、吐いた。
「この国の血統主義を、できる限りなくして欲しい。僕みたいな生まれでも、戦士になれるようにして欲しい。もちろん、国が急に変わることがないことは知ってる。……でも、僕と同じ思いをする人が出るのは嫌だから」
きっとその言葉は、幼い頃からシュカが願ってきた事なのだろう。
今の彼女にはもうその救いは必要ない。
シュカは外の世界に出て道を切り拓いた。
ただ、他の人に同じ苦しみを味わってほしくはない。そんな切実な思いが伝わってきた。
真剣な響きの言葉に、獣王もまた真剣な表情で答える。
「英雄の言葉とあらば、王として全力を尽くそう。お前の活躍を見て衝撃を受けた獣人も多い。この国も少しずつ変わっていくだろう」
「……そっか。ありがとう」
獣王の言葉を聞いたシュカは満足そうに頷いた。
そして、言う。
「獣王様って血筋ばっかり気にするいけ好かない奴だと思ってたけど、話せば意外と分かる人だったんだね」
「その一言は余計だ……」
……さて、シュカの用件も終わったみたいだしそろそろ俺の願いを言ってもいい頃だろう。
俺は勢いよく前に出て発言する。
「はいはい! 俺はケモ耳ハーレムが作りたい! 無理やり連れていくとか言わないから、可愛い女の子をいっぱい紹介して欲しい!」
「キョウ、お前……!」
ヒビキがジトッとした目を向けてくる。
しかし、構うものか。俺は英雄だぞ。願いを言ったっていいはずだ!
「貴様、それだけ持っていてまだ欲しがるのか……?」
獣王から呆れたような目を向けられる。
違う、奴は分かっていない。
俺の周りにいるのは全員TSっ娘。実際はハーレムでもなんでもない。
俺が真剣な瞳を以て想いの丈を伝えていると、俺の後ろから声が上がった。
「ま、まあまあ獣王様! 今のはキョウさんらしいジョークですから!」
「そ、ソフィア!?」
「そうです。キョウは誰よりも鍛錬にストイックな男。そんな浮かれた事を言うはずがありません」
「ヒビキまで!?」
まさかの裏切りに驚く。
そんな二人の様子を見た獣王は、なぜか何かを悟ったような様子を見せるとウンウンと頷いた。
「ああ、なるほどな。人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られるという。やはり、今の話は聞かなかったことにしておこう」
「そんな!?」
こうして、俺のハーレム計画はまさかの妨害によって失敗に終わった。




