ざまあみろ
終極獣が倒れた後もしばらく、その場にいた人間は動けずにいた。
あの暴虐の嵐が静まったのが信じられない。
まして、それを倒した一人は戦士ですらない獣人族。
戦士達からすればにわかに信じられない事だろう。
その様子を確認した俺は、『傲慢の魔剣』を高く掲げて宣言した。
「俺とシュカが、魔王フランチェスコを討ち取った! 俺たちの勝利だ!!!」
「「オ、オオオオオオオ!」」
やや遅れて、荒野に勝鬨が響き渡った。
戦士たちの目は真っ直ぐに俺たちを見つめていた。
戦功を挙げた者には称賛と敬意を。彼らの瞳はそう語っていた。
俺と一緒にそれを受けるシュカは、呆然としているように見えた。
俺は彼女の肩を小突いて言う。
「……ほらシュカ。言ってやれよ。『見たか、ざまあみろ!』ってな」
「……アハハッ。良い雰囲気に水を差すことないじゃん」
俺の言葉を聞いたシュカは嬉しそうに笑ったかと思うと、勝鬨を上げる戦士たちの様子を目を細めて見つめた。
「まあでも、『ざまあみろ』っていうのはちょっと思ったかも」
「そうだろ?」
きっと、シュカにとって戦士たちは羨望の対象であり嫉妬し続けていた相手なのだろう。
生まれが良かっただけで自分よりも強く生まれ、自分を従えていた存在。
彼らをしばらく見つめていたシュカはこちらを振り返ると、ニヤリと笑った。
「ありがとう、キョウ君」
「……なんだよ、急に」
彼女の笑顔を直視した俺は顔が熱くなるのを自覚した。
その無防備な笑顔は、普段の凛々しい姿とは全く異なる印象を受ける。
落ち着け、相手は元男。友人としてならともかく、異性としての意識を抱く必要などないのだから。
「あれ、キョウ君顔赤くなーい? 照れてる?」
「馬鹿言うな。散々動き回って体が熱くなってるだけだ」
そうだ、運動したから熱くなっただけ。
シュカの笑顔を見た時の感情など、勘違いに過ぎないのだ。
◆
長きにわたる戦いから解放された獣王国はお祭り騒ぎに包まれた。
長期にわたる自粛ムードから解放された街では酒屋に詰めかけた人々が昼から酒を飲み戦勝を祝福している。
そんな浮かれムードの中、俺たちはしばらくの間療養期間にする事になった。
大きな怪我があったわけではないが、全員が終極獣を打倒する為に死力を尽くした。
肉体的な疲労だけでなく精神的な負担もあるだろう、と治癒を担当するソフィアから言われてしまった。
俺としては、戦勝の浮かれムードに乗じてケモ耳の美人と仲良くなりたいところだったんだけどな……。
そんな事を考えていると、なぜかシュカに睨まれてしまった。
コイツは心が読めるのか……?
そうして三日間の療養期間を過ごした頃、ルピナが俺たちの元を訪れた。
「獣王様がお前たちを労いたいそうだ。城まで来れるか?」
「労いって……俺たちがこの国に認められる事はなかったはずだろ?」
この都市に来て最初に言われた事だ。
力を至上とし、強さこそを誇りとする獣人たちが俺たちのような部外者である冒険者を認める事はない。
しかし、俺の問いかけを聞いたルピナは呆れたように頭を抑えた。
「たしかに、王も最初はそう言わざるを得なかったのだろう。しかし、ここまでの戦果をもたらしたのだ。もはや知らぬふりをするのは不可能だろう。それに、私たちとてお前たちには感謝している。今更冷遇などできないさ」
そう言って、彼女は僅かに微笑んだ。
出会った時に比べて、ルピナの態度は随分と柔らかくなったと思う。最初なんてほとんど睨まれていたからな。
この短い期間で少しは信頼を勝ち取れたようだ。
「ほら、ついてこい」
ルピナの後について王城へと行く。
しばらく療養期間だったので久しぶりの外出だ。
街は室内から眺めていた通りの騒がしさだった。
獣人たちがそこらじゅうで笑い合い、酒を飲み交わしている。
「……お前たちが勝ち取ったものだ。少し眺めていくといい」
ルピナが前を向いたままポツリと言った。
……そう言われると、この光景を見るのも感慨深いな。
改めて周囲をぐるりと見渡す。
犬の耳を持った男が猫耳の女と談笑している。
キツネの耳を持った女がせっせと給仕をして笑顔を振りまいている。
「……やはり、守った民の笑顔を見る事ができるのは何よりの報酬ですね」
ソフィアの言葉に内心で同意する。
この光景を見れたのなら、痛い思いをしたのもそんなに悪くなかったように思えてくる。
「あ、お兄さん!」
そんな風にボーっと周囲を眺めていると、俺の方に向かってくる人の影があった。
「その、私の事覚えて……ますか」
それは、王都レオロスに来て最初に話した犬耳の少女だった。
「おー、久しぶり! 無事だったか?」
「うん、私はずっとここにいたから」
少し照れくさそうに笑う彼女は、久しぶりに見ても可愛らしかった。
「その、私はどうしてもお礼を言わないとって思っていて、機会をうかがっていたの。……助けてって言ったけど、まさか本当に魔王を倒しちゃうなんてね」
「ハハッ、まあな」
改めて面と向かって言われると照れるな……。
最初はこうして褒められる事を目標にしていたはずなのに、いざ対面すると照れが先に来る。
こんなんじゃあハーレムなんてまだまだ先なのかもな。
「だから――ありがとう」
まあただ、彼女がこうして笑えるようになってくれて、良かった。




