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努力の結実

 決戦を前にして、シュカの頭はどこかふわふわとした状態だった。

 先程キョウにかけられた言葉を思い出す。

 思い出すだけで、胸が熱くなるような感覚になる。

 

 「悔しかったんだろ、生まれだけで馬鹿にされて。強くなりたかったんだろ。見返したかったんだろ、馬鹿にしてきた奴らを。今がその時だ」


 その通りだ。

 

 未だによく覚えている。

 戦士になると言う夢を語った時の、両親の苦笑いを。

 周りの子どもたちの侮蔑を。自分より優れた血統に生まれた大人の蔑みの目を。


 だから鍛錬に励んだ。

 生まれを強さの全てとするこの国では限界があると思ったから、故郷を捨てて各地を彷徨った。


 キョウの言葉を聞いて、その想いが一瞬にして蘇った。

 

 

 「……本当に、キョウ君は不思議な人だなぁ」


 先程までの戦いでダメージが蓄積しているはずなのに、体が羽根のように軽い。

 これなら、彼の言う通りにあの化け物を倒してしまえそうだ。

 そうして、示すのだ。

 自分の歩んできた道は間違っていなかった。

 生まれ、血筋、性別、種族。

 そんなものは関係ない。ただ己の足で道を切り拓いてきた者こそが強いのだと。

 

 『傲慢の魔剣』を抜いたキョウの後について、終極獣の元へと接近する。

 あの魔剣を手にした彼は雰囲気が変わる。

 どこか粗野で、乱暴で、傲慢に。

 そんな彼を前にすると、不思議と胸がドキドキする。

 

 拳に力が入る。

 ――さあ、ボクの力を証明する時だ。

 

 

 ◆

 

 

 『傲慢の魔剣』を手に終極獣の元へと接近すると、その眼がすぐにこちらに向いた。

 その視線はやはり、魔剣に向いている。


 「……その剣、莫大なエネルギーを感じるな。少なく見積もっても国宝級、か。……ハハッ、なるほど。どうやら私の最高傑作に見合う試練がようやく訪れたらしいな」

 

 気配を変えた終極獣が腰を落とす。

 その巨体がこちらに突っ込んでくる前に、俺は魔剣の力を解放した。

 

「ひれ伏せ!」

「……グッ」

 

 重力魔法を解き放つと、終極獣の足が地面にめり込む。

 凄まじい重力のかかった巨体がガタガタと揺れる。

 しかし、その巨体は倒れる事はなくその場に踏みとどまっている。


 「なるほど、これが伝説の魔剣の力。好都合だ……実験には同格の比較対象が必要だったからな!」

 

 やはり、これだけではアイツを止めるのには足りないらしい。

 終極獣は『傲慢の魔剣』を持つ俺を倒そうとゆっくり前進してくる。

 しかし、その前にはシュカが立ちふさがった。


 「どけッ雑種!」

 

 終極獣が蚊でも追い払うように腕を振り払う。

 しかし、シュカの動きは先程までとはまったく異なるものだった。


 「魔闘術――流水 渦潮」

 

 シュカの両腕がしなやかに動き、終極獣の腕を掴んだ。同時に体を翻し、終極獣の側面に潜り込む。

 そして、無防備に突き出された脚部を外側から刈り取る。

 

 シュカの技を受けた終極獣の巨体は凄まじい勢いで縦に回転し地面に叩きつけられた。


 「アハハ! やっとまともに一撃入った!」


 シュカの武術が効くようになったのは、俺が終極獣にかけ続けている重力魔法の影響だ。

 常に大きな力に抑え込まれている終極獣は先程までよりも動きが鈍い。


 そして、シュカの技は相手の重量を利用する投げ技だ。

 重力魔法を受けて実質的な重量の増した終極獣には効果覿面。

 背中を地面に叩きつけられた終極獣は、すぐに起き上がれないほどのダメージを受けていた。


 「なぜ、だ……データと違う……いくら妨害を受けているとは言え、雑種に負けるはずがない!」

 「ハッ。データと違うって事はお前が知らない技術があったって事だろ」

 

 シュカの後ろで重力魔法を操る俺はそう挑発した。

 単純な身体能力で言えば、終極獣は依然として最強の存在だ。

 たとえ重力魔法を受けていたとしても、その絶対的な優位に変わりはない。

 

 しかしシュカは、身体能力という絶対的な差を埋める術を模索し続けていた。

 生まれに絶望せず、強者を打倒する技を学んできた。

 

 この結果は、シュカの努力の集大成だ。

 

「有り得ない……私の研究に間違いはない……今の私は神にも届く最強の肉体だ!」

 

 終極獣が再び立ち上がり、シュカへと襲い掛かる。

 しかしその結果は、先程の再放送となった。

 

 「ハアアア!」

 

 乱暴に振り回された腕を絡め取り、シュカの小さな体が躍動する。

 終極獣の巨体は再び地面に叩きつけられた。

 

 「グッ……ハッ……!」


 鉄壁を誇る終極獣の外殻だが、シュカの投げ技はかなりダメージが入っているようだ。

 頭部にダメージが入ったのか、すぐに起き上がる様子がない。

 

 追撃のチャンスと見たシュカはすかさず終極獣へと駆け寄るとその腕を取って仰向けに寝転がる。

 そのまま、関節を可動域の逆方向へと捻じ曲げ始めた。

 

 「グッ……やめろ……!」

 

 十文字固めと言われるような関節技に近い態勢だ。

 全身を筋肉で固めた終極獣と言えど、必要に応じて曲げる必要のある関節部分まで強化する事は物理的に不可能。

 ヒビキの分析通りだ。

 

「クッ……クソがああああ!」

 

 シュカの拘束を振りほどこうと、終極獣が力任せに暴れる。

 しかし、完璧に技が決まっている状態でそれは悪手だった。

 シュカの固めていた右腕が軋み、やがて何かが外れた気配がした。


 「ああああ!」


 目標を達したシュカが少し距離を取る。

 よろよろと立ち上がった終極獣は、右腕をだらんと下げたままだった。

 

 「関節構造を逆手に取った……? 馬鹿な、究極の肉体を相手にそんな事ができるはずが……」

 

 計算外の事態に直面した終極獣は困惑しているようだ。

 

 「どうした、究極だの最強だと言ってたのにもう終わりか?」

 「ッ……劣等種が減らず口を……!」

 

 終極獣が全身に力を籠め始める。

 

 「使う機会など訪れない非常用の機能だと思っていたが……仕方あるまい。私の研究成果を見せてやろう。――リミッター解除」

 

 終極獣の体から、皮膚の表面が赤熱する。同時に体表から白い煙が湧いてくる。

 まるで電化製品が故障したような様子だ。しかしその様は計算通りらしく、終極獣は高らかに笑った。


 「ハッハッハ! 脳のセーブを取り払い肉体の200%の力を解放するこの力、劣等種に使うには十分すぎるくらいだろう!」

 

 その言葉はハッタリではなかったようだ。

 重力魔法が先程よりも効かなくなっているのが分かる。

 ――ただ。

 

「シュカ、やれるよな」

 「うん」

 

 俺は重力魔法の制御に集中するため魔剣を握りしめる。

 シュカは静かに答えると、姿勢を低くする。


 自らのとっておきを披露したにもかかわらず動じる様子のない俺たちに、終極獣はひどく苛立っているようだった。

 赤熱する体を低く屈め、一気に突撃してくる。


 「生意気な劣等種が……死ねえええ!」

 

 終極獣が凄まじいスピードでとびかかってくるのと同時に、俺は重力魔法を発動する。

 巨体の突進スピードは僅かに鈍るが、完全に止まる事はない。残った左腕を大きく振り上げる。


 「魔闘術――流水」

 

 先ほど以上のキレでシュカが動く。

 終極獣の左腕を絡みつくようにして捕まえると、一気に足を払い重心を崩す。


 「ハアアアアア!」

 「ガッ……!」

 

 終極獣が地面に叩きつけられた。

 それと同時に、シュカが俺に叫ぶ。

 

 「キョウ君!」

 「任せろ」

 

 今なら、やれる。

 重力魔法の制御をやめた俺は『傲慢の魔剣』を手に一瞬で終極獣の元に到達する。

 俺の足元には、なすすべもなく地面に倒れる終極獣の姿。

 

 「――終わりだ。お前は究極でも完璧でもなかったんだよ」

 「そんな馬鹿な……ア、アアアアアア!」


 最後の力を振り絞った終極獣の腕が俺に届くよりも早く、首を断ち切る。

 

 「ア……」

 

 凶暴な獣性を秘めた瞳が光を失っていく。

 獣王国に多くの災厄をもたらした魔王フランチェスコは、そうして息絶えた。

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