止まらない暴虐
「うわああああ!」
シュカと一緒に魔王城の外に投げ出される。
ビル10階分にも相当する自由落下が始まる。
いくら勇者の体と言えど、地面に激突した瞬間にバラバラになってもおかしくない。
「シュカ、どうする!? このままだと仲良く地面のシミだぞ!」
「ううん。少なくとも着地は、焦らなくて良さそうだよ」
抱き合う形で共に落ちているはずのシュカは随分と落ち着いていた。
高度が下がり地上の様子が見えてくると、その冷静さの根拠が分かってきた。
魔王城の下で、戦士たちがこちらを見上げていた。
先程合成獣と一戦交えた彼らだが、もう体力が回復したようだ。
その中心にいる人物は、戦士の長であるヒルデだった。
彼が何事か叫ぶと、落下する俺たちの勢いを和らげるように下から突風が吹いてくる。
おそらく、拳を振るうだけで風を発生させているのだろう。
流石はシュカの同族とでも言えばいいのか、とんでもない馬鹿力だ。
風によって勢いの和らいだ俺たちが地面に近づくと、跳躍したヒルデがガッチリとキャッチしてくれた。
オッサンの腕に抱かれるのは……少々暑苦しい。まあでも、助かった。
「おかえり英雄さん方。随分と派手な凱旋だな」
「ああ、助かった……って違う! 俺たちはあそこから吹き飛ばされて、敵はまだ……」
俺が説明しようとしていると、上の方から凄まじい気配がした。
それを確認した戦士が声を張り上げる。
「もう一人落ちて来ます! おそらく合成獣!」
「アイツ……あのまま追ってきたのか……!」
上空から落下してくる影は終極獣だった。
小さな影がどんどんと大きくなっていき、その醜悪なフォルムがよく見えるようになる。
「迎撃準備!」
すぐに状況を察知したヒルデが号令すると、戦士たちが臨戦態勢になる。
上空より降ってきた三メートルの巨体は、勢いのままに拳を突き立ててきた。
「ハハッ、潰れろおおおお!」
戦士たちの反応は早かった。
猛スピードで突っ込んでくる終極獣を止められないと悟ると、すぐに全員がその場を離れる。
直後、隕石でも降ってきたかのような轟音が響き砂埃が撒き散らされた。
立ち昇る砂煙の向こう側からゆらりと巨体が姿を見せる。
姿を見せた終極獣には傷一つついていないようだった。
その姿を睨みつけるヒルデが聞いてくる。
「おい、もしかしてあの気持ち悪い奴が魔王サマか?」
「ああ。最高傑作と合体? してあの姿になった」
「マジかよ。気持ち悪い奴だな」
冗談めかして言うヒルデさが、その顔に余裕はない。
先程の攻撃で、目の前の存在がどれほど規格外の存在か分かったのだろう。
最精鋭である戦士たちすら上回る身体能力と、馬鹿げた巨体。
今まで戦ってきた合成獣の中でも規格外だ。
「フハハハハ! 獣王国の戦士たちか。わざわざ殺されに来るとはご苦労。お望み通り、ここでまとめて磨り潰してやろう」
「本丸からこっちに来てくれるっていうならこっちとしても好都合だ。――やるぞ、お前ら!」
ヒルデの言葉を聞いた獣人たちが雄叫びを上げる。
傍で聞いているだけでも気圧されてしまうような迫力のある雄叫びだ。
しかし、終極獣はそれを鼻で笑う。凡人の努力など無駄だと言わんばかりに、嗤う。
「ハッ! 纏めて捻り潰してくれる!」
戦士たちが終極獣を取り囲み、一斉に攻撃を始めた。
全方位から放たれる様々な攻撃。
しかし、終極獣は余裕を崩さないままだった。
「ハハッ! 意気込んだ結果がこれとは、泣けてくるな!」
終極獣が体を回転させる。
至極単純な動作だが、規格外の身体能力をフル活用したそれは、想像以上の破壊力を発揮した。
まるで竜巻のように、回転しながら拳を振るうと、終極獣に襲い掛かった戦士たちが次々と吹き飛ばされる。
「グアッ!?」
「クソッ……!」
「チッ……包囲はやめだ! 一度集結し、一方向から攻撃して態勢を崩すぞ!」
悲鳴を上げて吹き飛ばされる戦士たちの様子を見たヒルデが声を張り上げる。
しかし、終極獣は続けて指示を出すヒルデを狙って接近していた。
「ッ……そんなノロノロやってる場合じゃない!」
ヒルデの前に出たシュカが拳を握り、竜巻のように土煙を上げる終極獣へと突進する。
「待て……」
「魔闘術――烈火 火砕流」
スライディングの要領で体をギリギリまで低くしたシュカは、終極獣の拳をかいくぐり本体へと接近する。
その勢いのままに、踵に足を差し込む。
不意を突かれた終極獣はよろめき、その動きを一時的に止めた。
「チッ……!」
「――今だ!」
終極獣の動きが止まったのを見た戦士たちが動き出す。
終極獣は足元にいるシュカを乱暴に蹴り飛ばすと、迎撃態勢を取る。
「小細工を……無駄だ!」
まるで駄々をこねる赤子のように長い手足を振り回す終極獣。
獣人の三倍千秋体躯を持つ終極獣は、がむしゃらに暴れ回るだけでも、驚異的な破壊力を生み出す。
戦士たちはなんとかそれをかいくぐり攻撃しようとするが、次々と吹き飛ばされていく。
「クソッ……」
「下がれ下がれ!」
戦士たちが合流して尚、突破する糸口は全くつかめなかった。
皆の顔に焦りがつのる。
「チッ……下がるっつたって、こんなのを王都まで連れていくわけにはいかねえぞ……!」
この国の守護を任されているヒルデの顔は厳しい。
そして、焦りは他の味方にも伝染する。
若い戦士が終極獣に突き飛ばされる。
地面に衝突した彼は打ち所が悪く、その場から動けなくなる。
「ニールッ!」
終極獣の巨大な足が無防備な彼を踏み潰さんと迫る。
最悪の結末が予想され、ヒルデが叫ぶ。
直撃すれば、いくら頑丈な獣人と言えど頭蓋骨が砕けて即死だ。
終極獣の脚が若い命を奪おうとして――直後、巨大な岩石が飛来して終極獣の脚を撃ち抜いた。
魔法によって巨大がバランスを崩し、戦士が一命を取りとめる。
「なんだ!?」
魔法は魔王城の方から飛来していた。
全員の視線がそちらに集中する。
「はあ……とんでもない移動しやがって……必死になって追いかけるこっちの身にもなれ……!」
ぜえぜえと息を切らすヒビキが、ソフィアとルピナと共に立っていた。




