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解き放たれた獣

 「――は?」


 理解の追い付かない事態に、頭が真っ白になる。

 

 最初に感じたのは、背中の激しい痛みだった。

 遅れて、まるで腹の中で何かが爆発したかのような痛みが襲い掛かってくる。

 

「ガハッ……」

 

 一瞬頭が真っ白になる。

 自分がどこにいて何をしていた分からなくなる。

 意識が朦朧として、時間経過の感覚すら曖昧になる。

 

 俺を呼ぶ声がどこか遠くから聞こえる。

 けれど、眠くて仕方ない俺は瞼を閉じて――

 

 「キョウ! しっかりしろ!」


 耳元で響く親友の声に、我に返った。


 「立てるか?悪いな、ボクには治療なんてできない。ソフィアは今、シュカの方についてる」

「ああ、なんとか……」


 ヒビキの心配そうな視線を受けながら立ち上がる。

 腹と背中は未だに痛むが、いつまでも座ってはいられない状況のようだった。

 

 魔王フランチェスコ――否、彼が融合した『終極獣エクストリームビースト』は、室内を縦横無尽に暴れまわっていた。

 太い脚が床を踏みしめるたびにフロアが揺れ、巨大な手足を振り回すたびに風切り音が響く。

 

 それを受けているのはシュカとルピナは、顔色が悪い。

 獣人の優れた身体能力を以ってしても攻撃をいなすので精一杯のようだ。

 

 「ハハハッ! 劣等種族共が何をしようと無駄だ! 私は今、地上で最強の生物になったのだから!」

 

 高らかに笑った終極獣がシュカへと拳を振り下ろす。

 上から降ってくるそれに対して、シュカは両腕を構えた。


 「魔闘術――流水」

 

 シュカが得意とする、相手の力を受け流し、場合によっては利用する技術。

 兜割りのようにシュカの頭に迫っていた拳は、シュカにいなされて地面に突き刺さる。

 

 しかし、その結果顔をしかめたのはシュカの方だった。

 彼女の両腕は真っ赤に腫れあがっていた。

 状況を見たソフィアが、素早くシュカに治癒魔法をかけた。

 

 「ハッハッハ! 一撃受ける度に腕が使い物にならなくなるのでは、戦うどころではないな!」

 「ッ……」


 シュカの力の受け流しは成功しているように見えた。

 それでもダメージを負ってしまうという事は、彼我の腕力があまりに違いすぎるという事だろう。


 シュカの様子を見て哄笑していた終極獣の背後から、ルピナが迫っていた。

 

 「シッ!」


 隙だらけの背中に、細剣で一突き。

 しかしそれを受けた終極獣は、少しも動じた様子を見せなかった。


 「なんだ、蚊でもいたのか?」


 余裕の態度で振り向いて、長い腕を一凪ぎ。

 それだけで突風が吹き、ルピナを後ろに吹き飛ばした。


 「見ての通り、馬鹿みたいな身体能力だ。シュカ以上の馬鹿力に、刃も通さない硬い体。正直言って、今のままなら勝ち目はない」


 ヒビキが「勝ち目がない」と断言するのは重みがあった。

 

 「……でもやるしかない、か」


 たしかに、あんな馬鹿げたものにどうやって勝てばいいのか分からない。

 けれど、あんなものが街中に解き放たれればとんでもないことになるのは分かる。

 俺たちがここで負ければ次に襲われるのは獣王国の戦士たち。そしてその次は、王都で暮らす普通の人たちだ。

 

 そう考えれば、退く選択肢はない。

 俺は剣を手にして前に踏み出す。


 「キョウ。可能性があるとすれば、関節部分だ。いくら筋肉が発達して鎧になっているとは言え、曲げる部分を完全に覆う事はできない。狙いやすい膝裏に切り込めば、あるいは」

 「分かった、やってみる」


 ヒビキが言葉を濁したのは、それが難しい事がよく分かっているからだろう。

 あの腕の一撃を食らえば、下手すれば即死。

 その中で狙った場所に攻撃を当てるのがどれだけ難しいか。

 

 それが分かっているから、言葉を区切った。

 

 「オオオオオオオ!」


 シュカが再び攻撃を受けたタイミングを見計らって、俺は終極獣の背中めがけて走り出す。

 狙うのは膝裏。人体の構造上、装甲で固めるのが難しい部位だ。


 「……ほう」


 しかし、相手は俺の動きを見るとすぐに狙いに気づいたようだ。

 終極獣を動かしているのは人体実験のスペシャリストである魔王フランチェスコ。

 当然、その弱点についても熟知しているのだろう。


 鋭い蹴りを繰り出して、シュカを吹き飛ばす。

 それを確認して終極獣は、俺に向き直った。


 「ハハッ 遅い遅い!」


 3m近くある上背から繰り出される拳は、空から降ってきたかのようだった。

 辛うじて直撃を避けるが、規格外の拳を受けた床がグラグラと揺れる。

 わずかにふらつきながらも、俺は終極獣の足元まで辿り着いた。


 膝裏……回り込まないと届かない!

 床を踏みしめて、さらに加速。


 敵の後ろに回り込む。

 しかし終極獣の反応は、俺の予想よりも遥かに早かった。

 

 「ガフッ!?」


 視線をやることすらせず放たれたキックが、俺の体を的確に捉えていた。

 筋肉に覆われた脚による一撃は、先程避けたパンチと遜色ない威力に見えた。


 メキメキと自分の骨が軋む音を聞いた直後、俺の体は床を転がった。

 

 「クッ……ガッ……」


 体中に痛みが走るが、それよりも気を配るべきことがあった。

 終極獣は蹴り飛ばした俺の方へと走り、追撃しようとしている。

 ……マズい、死ぬ。


 「――キョウ君!」


 声の主はシュカだった。

 無防備に追撃を受けようとする俺の前に立ったシュカが、ガードの姿勢を取る。

 しかし、終極獣の動きはその程度では止まらなかった。


 「ハッ! 諸共にしねえええ!」


 真っ正面から突っ込んできた終極獣が拳を振るう。

 シュカの腕はそれを受け流そうとする――しかし、その破壊力はもはやその程度で止められるものではなかった。


 「ッ……!」


 シュカの小さな体が砲弾の如く吹き飛ばされ、俺の元に来る。

 俺はそれを受け止めようとするが、その勢いを止める事はできなかった。

 

 体が浮き、背後の壁に吹き飛ばされる。

 魔王城の壁面ですらその勢いを殺す事ができなかった。

 壁を破壊した俺たちの体は、遥か中空へと投げ出された。

 

 「――は? う、うわああああ!」


 おおよそビル十階分の高さからの自由落下が始まった。

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