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巨大な刺客

「作戦大成功ってところだな」


 改めて状況を観察したヒビキがそう呟いた。

 

 荒野に広がるのは、おびただしい数の合成獣(キメラ)の死体だった。

 凄まじい勢いで合成獣の軍勢へと攻め込んでいった戦士たちは、勢い衰えることなく虐殺を続け、ついには敵が撤退するところまで追い込んでいた。

 

 合成獣たちが一度城まで撤退したので、戦いは小休止となっている。

 敵は消耗している。

 

 つまり、攻め入るのなら絶好の機会だ。

 

「次は私たちの番だな。――さあ、行くぞ」


 ルピナが静かな声で言う。

 戦士たちがあれだけの奮闘を見せたのだ。次は俺たちの番だ。

 城の中へと入り、魔法フランチェスコを討伐する。

 

 城壁まで辿り着くまでの間、俺たちは一切の邪魔を受けなかった。

 無機質な壁の向こう側は不気味なほどに静かで、何の動きも見せない。

 

「本来なら戦いのどさくさに紛れて侵入するつもりだったのに……拍子抜けだな」

「ヒビキさん、油断は禁物ですよ。城塞を築いている以上、中から迎撃する敵の方が有利です」

 

 経験豊富なソフィアが窘める。

 先ほどの合戦で大きな損害を与えたはずだが、敵の兵力が全体でどれだけいるかは未だに不明だ。


 そんな話し合いをしつつ、城壁の目の前まで到達する。

 城壁に備え付けられた鉄製の扉は既に硬く閉ざされている。

 侵入者である俺たち相手には、この扉が内側から開かれることは決してないだろう。

 

 ――けれど、そんなのは関係のないことだ。


 「でやああああ!」

 

 気合を入れたシュカが拳を振るう。

 身長の10倍はあろうかという鉄扉に叩きつけらた拳が轟音を立てる。

 

 グラ、と揺れた後、鉄扉はゆっくりと後ろへと倒れた。

 

 「どんなパンチだよ……」

 

 拳で扉を壊したシュカを恐る恐る見ると、彼女のはドヤ顔でこちらを見返していた。


 「フフーン」

 

 ニマニマと笑いながら流し目でこちらにチラチラ視線をよこしてくる。

 クッ、見た目だけは本当に可愛い奴め……!

 


 壊れた扉を抜けると、いよいよ魔王城が目の前に迫ってくる。

 城壁の扉とは違い、城の入口は開けっ放しになっていた。

 

 大きな通路の奥は暗闇になっていて、中に何があるかまったく分からない。


 

 「よし、中に入るぞ」

 

 先陣を切ってルピナが中へと入る。敵地のど真ん中に行くにも関わらず、その足取りに迷いはない。

 俺たちは、そんな彼女の後について魔王城へと入って行った。


 

 内部の廊下は、外観と同じくひどく無機質なものだった。

 飾りっ気のない鉄の壁と床。

 所々に見える部屋の扉は、まるで囚人を閉じ込めるように固く閉ざされていた。


 「静かだな……もしかしてこっちに気づいてないのか?」

 「シュカさんが派手に扉を壊しましたから、それはないかと思います。……どちらかと言うと、嵐の前の静けさのように感じられますね」

 

 ソフィアが俺の言葉に答えると、ちょうどそれに反応するように前方から音がした。

 奥から重々しい足音が聞こえてくる。

 そして、鎖を引きずるような音。

 

 「――来るぞ」

 

 やがて現れたのは、2体の合成獣だった。

 

 先程の合戦に出てきたものに比べれば拍子抜けするほど少数だ。

 ただ、そのサイズは今まで見た中でも最大クラスだった。


 「ギャハハハ! 見ろよデイン! 弱小共がノコノコと出て来やがったぞ!」

 「ハハッ、ついに来たなセイン! 俺たちが存分に暴れられる時が!」

 

 流暢に言葉を喋る2体の合成獣がこちらに向かってくる。

 近くに来ると、2体の威圧感が一層大きくなるのを感じた。


 身長が3m近くあるだろうか。

 片方はゴリラを基にしたような見た目。もう片方はサイを基にしたような見た目をしていた。

 どちらも全身の筋肉が異常なまでに膨れ上がっていて、手足はまるで巨木のようだ。

 

 「こちらは私が引き受けよう」

 

 2体の姿を見たルピナがポツリと呟いた。

 彼女は二足歩行のゴリラのような見た目をした個体を個体の方へとゆっくりと歩いて行った。

 

 「1人でやる、なんてちょっとかっこつけすぎじゃない?」

 「いいや。本来他人事だったはずのお前たちとは違って、私にとっては自国を荒らした侵略者たちだ。せめてこのくらい私の手で打ち倒したい。これは私の矜持の問題だ」

 

 シュカが揶揄うような言葉を投げかけたが、ルピナはあくまで真面目な返答をする。

 シュカは『気に食わない』とでも言いたげな顔をしたが、それ以上何かを言うことはなかった。

 

 「どのみち、私たちは彼女との共闘経験がありませんから足を引っ張ってしまうかもしれません。ここは彼女の判断に従いましょう」

 

 シュカの代わりにソフィアが冷静な声を出す。

 すると目の前の合成獣の1体がケラケラと笑いだした。


 「おいおいデイン! お前は1人で十分だってよ! ハハッ、随分と舐められたんじゃないか!?」

 「黙れよ。こんな小さい女、さっさと引き裂いてお前の獲物を横取りしてやるからな」


 余裕の態度で会話を交わした合成獣がこちらに向かってくる。

 俺たちが戦う個体は、サイのような見た目をした四足歩行の個体だった。

 頭に生える巨大な一本角が特徴的な合成獣だ。

 灰色の皮膚には所々ツギハギのような跡が見られる。

 

 「へへ、お前らのお蔭でようやく外に出られたからなあ。感謝してやってもいいぜ」

 「外に出られた……? 魔王フランチェスコに閉じ込められていたということでしょうか?」


 ソフィアの問いかけに、サイのような合成獣――セインは得意げに答えた。


 「ああ。なにせ、俺たちは強すぎたのさ!」


 彼曰く、この2体はフランチェスコによる『古のドラゴンの血』への適合実験を生き残った成功例なのだと言う。

 

 血を摂取した他の合成獣は、全て体を破裂させて死亡した。

 ドラゴンの血はあまりに力が強すぎた。

 強すぎるドラゴンの遺伝子に適合できなかった合成獣が次々と死亡していく中、2体だけが生き残った。


 そして、その力を証明するために2体は実験室の合成獣を殺して回った。

 闘いの為に生み出された合成獣にとって、己の力を証明したいという欲望は何よりも優先されるものだとサインは語る。

 

 その後、事態を知ったフランチェスコによって2体は幽閉され、今日の魔王城襲撃という非常事態まで外に出されることはなかった。

 

「ただ、外に出ちまえばもう俺たちを止める奴はいない。お前らを引き裂いて、その後獣王国とやらも俺たちでぶっ壊してやるよ!」

 

 自信満々に言いながら、セインは突進の構えをした。

 

「――来るぞ!」

 

 巨大な筋肉に支えられた4本の脚に溜められた力が解放される。

 ダンプカーでも衝突してくるような勢いで、セインは俺たちの元へと突っ込んできた。

 

 魔王城の壁がガタガタと悲鳴を上げ、床がグラグラと揺れる。

 俺たちは左右に避けることでその突進を避ける。

 

 想像以上の速さだが、直線の動きだけならなんとかなるかもしれない。


 しかし、そんな俺の予想はあっさりと裏切られた。

 猛突進の勢いのままに壁に激突するかと思われたセインは、床に突き立てた前脚で巨体を制御すると、すぐさま反転して再度突撃してきた。

 

 「嘘だろ!?」

 「ッ!」

 

 不意を突かれたシュカは、回避は不可能だと悟ったらしく拳を構えた。

 

 「魔闘術――流水」

 

 シュカの拳が突っ込んでくるセインの顔を捉える。

 人間1人くらいなら容易く吹き飛ばす拳。

 しかし、シュカはセインの勢いに負けて吹き飛ばされることになった。


 「シュカ!?」


 吹き飛んだ彼女の体が壁に叩きつけられる。

 おそらく、シュカでも衝撃を受け流しきることができなかったのだろう。

 

「ハハッ! 軟弱軟弱!」

 

 楽しそうに笑うセインが再び突進の構えをする。

 俺たちは内心焦りを覚えながら、迎撃の準備をした。

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