戦士たちの戦い
荒野には、何人もの獣人たちが集っていた。
彼らは獣王国において最も強いとされる者たち、戦士だ。
戦士たちは。今まで苦汁を舐めさせられ続けていた。
獣王国を突如として襲った合成獣という脅威。
今まで戦ってきた生き物とは全く違う『造られた命』であるそれは、今までの戦いのセオリーが通じない敵だった。
死を一切恐れずに襲い掛かり、味方を傷つけることに躊躇いがない。
そしてその体は、時に獣人よりも強力な力を発揮する。
理解できない敵ほど恐ろしいものはない。
そして、敗北した戦士を待ち受けるのは死よりも恐ろしい末路だった。
敵に捕らえられた獣人は新たな合成獣を生み出すための材料にされる。
たとえば敵の足に。あるいは手に。あるいは脳みそに。
それは死よりも遥かに惨たらしい処遇だった。
恐怖が、屈辱が、戦士たちを縛り付けた。
士気が低下し、戦士たちは敗戦を重ねていた。
しかし今日この場所で、ついに報いることができる。
「――お前ら、よく聞け!」
高々と声を上げたのは、戦士たちの長であるヒルデだった。
「――ついに反撃の時が来た! この戦いにおける一番の武功を挙げたのは誰だ? 俺たち戦士ではない、外部から来た勇者たちだ。それを歯痒く思わない奴は、この場にいないだろう!」
ヒルデの言葉に、戦士たちは小さく頷いた。
戦功を挙げることは戦士たちの最高の誉れだ。
祖国を救う役目を担うのは彼らのはずだった。しかし、カロンを奪還し国民を勇気づけたのはキョウたち勇者パーティーだった。
「――今こそ、我々戦士がこの世界において最強であることを示す時だ! どんな種族よりも勇敢な心を、どんな生き物よりも強靭な肉体を見せつけろ! そして勝利を! 安寧を祖国に届けるのだ!」
「オオオオオオオ!」
戦士たちの雄叫びが鼓膜をビリビリと揺らす。
「すごい気迫だな……」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
すると、すぐそばにいた参謀のルピナが答えてくれる。
「戦いの前の獣人はいつもあんな風に士気を高めるんだ。……と言っても、今回は特別気合が入っているように見えるな。よほど戦士長の発破が効いたらしい」
そう言う彼女自身も、平時よりも饒舌に見える。
これが戦いの、戦争の熱気って奴か。
まるで満員のライブ会場のような、けれどそれ以上に原始的で熱狂的だ。
大人数が直接ぶつかり合う戦争は、初めて見た。
魔王のような単独の強敵と戦うのとはまた違った雰囲気と緊張感がある。
「あの人たち、あんな馬鹿みたいにはしゃいじゃって。本来の目的を忘れたりしないよね?」
戦士たちやルピナとは対照的にひどく冷めた目をしたシュカがとげとげしい口調で言う。
「当然だ。奴らの役目はあくまで陽動。……ただ、少しばかり敵を多く倒しても問題はないだろう?」
ルピナは得意げに笑った。
「――そして、お前らを先導するのは私の役割だ。戦士たちの動向をここで見つつ、機が熟せば一気に魔王城まで駆け抜けるぞ」
そう言ってルピナが指さした先には、異様な建築物が存在した。
荒地の中に、忽然と石壁が存在している。
まるでコンクリートで作られたように、その表面は真っ直ぐで傷1つ見られない。
石壁の先には、鉄で作られた魔王城の本殿。
魔王の居城にも関わらず、その表面には装飾の類はほとんどなく味気の無いものだ。
無機質な研究所みたいだ。
最初に見た時、俺はそんな感想を抱いた。
戦士たちが足並みを揃えて魔王城へと近づいていく。
その足取りは軽い。遠くから見るだけでも士気は十分なのが伝わってくる。
それに呼応するように、城壁の向こう側から大量の合成獣が現れた。
「あんなにいたのかよ……」
ざっと見て、戦士たちの2倍はいるだろうか。
動物の混ざり合ったような姿のものだけでなく、人間のパーツを無理やり貼り付けたような個体までいる。
クモのような六本脚の一部が人間の手足のものや、四足歩行の動物に人間の顔面を貼り付けたようなもの。
見ているだけでも気持ちの悪くなるような光景だ。
俺と同じ光景を見たヒビキが、ルピナに話しかける。
「ルピナさん。これじゃあまりに敵の戦力が多いんじゃないか? ボクの魔法ならここからでも敵を狙える。少しでも数を減らした方が――」
「――いいや、想定内だ」
ヒビキの言葉に、ルピナははっきりと答える。
「今までの小競り合いから、あれくらいの数がいることは想定していた。――そして、この程度の試練を乗り越えられない奴は戦士ではない」
先頭を走っていた戦士が合成獣の軍団と激突する。
戦士の振り下ろしたバスターソードが合成獣の体へと激突し――あっさりと真っ二つにした。
「……え?」
その後も戦士たちは圧倒的な強さで次々と合成獣を蹴散らしていく。
少し緊張しながら今日を迎えた俺としては、拍子抜けしてしまうような光景だった。
「合成獣って獣人よりも力が強いんじゃなかったのか? なんであんな圧倒してるんだ?」
俺がルピナに聞くと、彼女は小さく頷いた。
「そうだな。こういった頭の悪い言葉を使うのは不本意だが……"気合"とでも言えばいいのかもしれないな」
「…………は?」
こんな時に冗談か、とルピナの方を見る。
けれど、彼女は呆れたような表情を浮かべつつも冗談を言っているような雰囲気ではなかった。
「獣人の持つ獣の名を冠するスキルは、気力に溢れているほどに出せる力が増していく。人間だって、肉体の出せる力は、精神の上下によって大きく影響されるだろう。それと同じだ。気力が充溢し、昂った獣人を止められる者は誰もいない」
たしか、獣人たちは『豹獣人B』のように個別の種族のスキルを持っていたはずだ。
つまり、そのスキルが最も力を発揮するのが今みたいに昂っている時なのだろう。
しかし、それにしてもすごい勢いだ。
獣人たちは我先にと合成獣へと襲い掛かり、次々と敵を倒していく。
手傷を負っても全く怯む様子がない。
「進めッ! 敵はまだ沢山いるぞ! 進めええええ!」
最前線で剣を振るうヒルデが声を張り上げる。
彼の体は既に返り血で真っ赤に染まっている。しかし、その覇気はまったく衰えていない。
あまりにも勇ましい姿に、俺はポツリと呟いた。
「陽動、だったよな……?」
「作戦がなんであれ、敵を前にした戦士には関係ないことだ。一度戦が始まれば、ただ目の前の敵を打ち倒すだけだからな」
獣王国の参謀役であるルピナは、頭が痛そうに言った。
しかしその顔には、どこか誇らしげな色があるように見えた。




