シュカの喜び
獣王国の戦士は誰もが憧れる存在だ。
強さこそが絶対的な正しさとされるこの国において、最も強いとされる存在。
獣王国で生まれた子どもの多くは戦士になりたいと語る。
そしてすぐに、自分には無理だと悟り、小さな絶望を知る。
獣人の強さはほとんどが生まれ時には決定される。それが覆されることはない――とされている。
シュカもまた、その絶望を覚えた1人だ。
僕は幼い頃から、彼らが憧れの存在で、そして妬みの対象だった。
強さを追い求める最初のきっかけは、いつかあいつらに勝ってやるという想いだった気がする。
憧れて、そうなりたいと思って、研鑽を積んできた。
――だからこそ、戦士をこの手で打ち倒した瞬間は、頭が真っ白になってしまった。
まるで夢のような、現実感のない光景。
呆然としているところに、彼の声が飛び込んできた。
「シュカ、良かったじゃねえか」
「キョウ、君……?」
彼はまるで自分のことのように嬉しそうに言った。
「お前を生まれだけで馬鹿にしてた奴らが、お前の実力を見直したんだ。これ以上に嬉しいことあるかよ」
「……ッ!」
彼にそう言われたことで、まるで心を抑えていた蓋が外れたようだった。
胸の奥から熱いものが込み上げて来て、頭がボーっとする。
「ハハッ……アハハッ、そうだね。――僕は勝ったんだ。あの時、羨ましくて堪らなかった戦士に」
そして、僕がここまで辿り着けたのは君のお陰だよ、キョウ君。
魔王ルサンチマンに為すすべなく倒された僕は自信を失っていた。
キョウ君に元気づけられていなかったら、この瞬間は訪れていなかった。
まったく、君といると僕の気持ちはいつも変になるな。
あったかくなるような、ドキドキとワクワクが入り混じるような、そんな感じ。
今まで女の子になったことなんて大して意識もしていなかったけど……でも、今この瞬間、僕は女の子になって良かったのかもしれない、と思った。
◇
「フフーン! これでもう分かったよね? 僕が……僕たちが強いってこと! フン、ほら、頭が高いんじゃないの? 地面に額を擦り付けて協力を乞うべきじゃない!?」
戦士に勝った後のシュカは、それはそれは調子に乗った。
「良かったな」と言ったが流石にここまでいくとうるさい。というか相手がそろそろキレそうだ。
俺は雑に彼女の頭をはたいた。
「こらシュカ。そろそろ黙れ」
「痛い!」
涙目でこちらを見るシュカ。その瞳には抗議の色。
「お前がはしゃいでいるといつまでも話が進まないだろ。頭の良い奴に任せて、俺たち馬鹿はちょっと黙ってようぜ」
「は、はしゃいでるって……誰のせいだと思ってるのさ」
「……ん?」
少しだけ頬を赤らめてこちらを見るシュカの意図が分からず困惑する。
「……ンンッ、そこの2人。もうイチャイチャはいいだろ。真面目な話をするぞ」
「い、イチャイチャ、じゃないし……」
シュカの弱弱しい抗議を無視して、ヒビキはヒルデと向き合う。
その瞳には真剣な色が灯っていた。
「ヒルデさん。ボクたちは戦士の支援を受けて魔王城まで侵入するように言われている。ただ、ボクは1つ懸念があると思っている。……獣人はこの作戦に納得しているのか? 武功を挙げるのは獣人にとって最大の誉れなのだろう。であれば、ボクたちのことを面白く思わない奴がいてもおかしくない。……気を悪くしたらすまない。正直なところ、味方の不和に足を引っ張られないかボクは不安だ」
ヒビキの言葉を聞いたヒルデは、何度か頷いた。
「なるほどな、部外者から見たらそう思うわけか。なるほどなあ。……まあ、それについちゃ心配いらないと言っておこう」
ヒルデは隻眼をギロリと光らせた。
「たしかに、獣人にとって武功を挙げることは重要だ。――ただ、それ以上に重要なのは規律、上下の関係だ。上位者が退けと言えば退き、攻めろと言えば攻める。それを守れないような奴は戦士にはなれない。というか、そんな奴は俺が叩き出す。少なくとも俺の配下が勝手な行動をすることはないと思ってもらってかまわないさ」
その言葉には相手を納得させるだけの重みがあった。
ヒルデの重々しい雰囲気がそれを物語っている。
ああ、シュカが嫌ったのはこういうところだったのかもな、と俺はこっそり考える。
上位に立つものが絶対の世界。荒くれ者たちに見えて厳格な規律で支配された集団。
自由を好むシュカには、こういった部分も合わなかったのかもしれない。
「ま、そういうわけだからよ。お前らは後ろを振り向かずに前だけ見てればいいってわけよ。露払いくらい俺たちに任せておけって」
けれど、それは集団において大きな強みにもなる。
軽い口調で言うヒルデは、今までよりさらに頼もしく見えた。




