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力の証明

「なあ。お前らに1つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」

「あ? なんだよオッサン」


 先程知り合った狼のような顔を持つ獣人――ヒルデが切り出してきた。

 

「お前、うちの若い奴と模擬戦をしてもらえないか?」

「それはいいけど……急になんでそんなことを?」


 ヒルデは残った片目で訓練をしている戦士たちの方を見た。

 彼らは訓練に励みつつもこちらにチラチラと視線をよこしていた。

  

「あいつらに実力を見せてやってほしいんだ。お前らのカロン奪還の功績はあいつらの耳にも入っている。その力を直接見れば士気も上がるだろうからな」

「――疑ってるんじゃない? 僕らの力を」


 シュカがひどく冷たい声で割って入ってきた。

 殺気すら感じるような鋭い視線がヒルデに向けられる。

 

 しかし、彼はまったく動揺せずに楽しげに笑いだした。


 「ハハッ! お見通しか。――そうだな。お前らの実力を疑ってる奴も少なくない。だからこそ、直接戦って分からせてやるのが一番早いと思ったんだがな」

 「キョウ君、こんな失礼な人の言うことを聞くことないよ! 模擬戦をするなら僕が代わりにするから!」

 「お前、自分が戦いたいだけじゃないか……?」

 

 フンフンと鼻息を荒くして提案するシュカ。

 模擬戦にノリノリなのが丸わかりだ。


 「ああ、それでいいよ……」

「やった!」

 「ん? お前が戦うのか」

 

 ヒルデの目がシュカの方を向く。

 その視線は、どうやらシュカの犬耳に向いているようだった。

 なんとなく、感じの悪い視線だった。

 

 「……へえ、不満? なんなら君とやってもいいんだけど」

 「いいや? 俺は強ければなんでもいい。戦場において必要なのは力のみだ」

 

 シュカの目は相変わらず冷たい。

 それに対して、ヒルデは挑戦的な目を向けていた。

 

 ヒルデは模擬戦の相手を呼びに行くらしく、その場を離れる。

 シュカは彼の向かった先をじっと見つめているようだ。……雰囲気が悪い。

 

 「なあヒビキ。なんでオッサンは急に挑発的になったんだ?」

 「……舐められてるんだろ。シュカが。というか、シュカの種族が」


 ヒビキにそう言われてようやく納得がいく。

 そうか、シュカが散々言っていたのはこういうことだったのか。

 

 彼女が度々口にしていた『劣等種』という言葉。

 おそらく、彼女はこの国において見た目だけで弱いと決めつけられ続けてきたのだ。

 そう考えれば、シュカの態度も納得がいく。


 数年ぶりに故郷に戻ってきた彼女にとって、これは自分の実力を証明する絶好の機会なのだ。

 獣王国において強者とされる『戦士』。それに打ち勝つことは、シュカにとって大きな意味を持つ。

 

 そう思うと、彼女に声をかけずにはいられなかった。

 

 「なあ、シュカ」

 「な、なにキョウ君……そんな顔をして」

「負けるなよ。誰がなんと言おうと、俺の知ってるシュカは強い奴だ。それを証明してやれ」

 

 俺の言葉を聞いた彼女はピタリと動きを止めた。

 しばらくすると、下を向いてぼそぼそと返事をする。


 「あ、ありがとう……」

 

 そう言う彼女の耳は少し赤くなっているように見えた。

 

 

「連れて来たぞ」


 ヒルデが1人の若い獣人を連れて戻ってくる。

 いつの間に戦士たちは訓練を止めてこちらに集まって来ていた。


 シュカの相手であろう獣人に試しに『鑑定』を使ってみる。


  

名前 ケイ


職業 戦士


【スキル】

豹獣人 B

 


 

 豹獣人というのは、おそらく獣人が親から受け継ぐというスキルだろう。

 ランクB……シュカなら「楽勝」と言うだろうか。

 シュカが授かれなかった力。けれど彼女は、外の世界でそれを上回る力を身につけた。

 

 

 「それじゃあ、早速だが模擬戦を始める。と言っても準備なんてないからな。互いに致命傷になる攻撃はしない。そのルールだけ守ってくれれば好きにやればいい」

 「了解です、ヒルデさん」

 

 相手の獣人は元気に返事をし、一方のシュカは小さく頷くのみ。

 2人の獣人は言葉を交わすことなく、ゆっくりと5mほど離れて向かい合った。

 

「はじめッ!」

 

 ヒルデの合図を聞くと同時に、相手の獣人が動いた。

 弾丸の如く勢いで飛び出し、一瞬でシュカへと肉薄する。

 その動きの速さは、シュカのそれを凌駕しているように見えた。


 勢いのままに拳が突き出される。

 しかし、シュカの顔に焦りはなかった。

 「魔闘術――流水」


 繰り出された拳がシュカの腕を掠め受け流される。

 全力の拳を突き出した直後の獣人は、完全に虚を突かれた形になった。


 「魔闘術――烈火 噴口」

 

 シュカの拳が閃いた。

 腰の捻りを十分に活かしたアッパーカットは見事に獣人の腹を捉え、その体を上空に浮かせた。


 「クッ……!?」

 

 しかし、相手の対応は早かった。

 打ち上げられた彼は体をしなやかに使い地面に着地。すぐさま迎撃態勢を整えた。

 追撃しようとしていたシュカは、その様子を見て間合いを取る。


 「なるほど。それが外で得た力、というわけですか」

 「……そうだよ。僕はこの力で戦士だろうと倒してみせる!」


 シュカが再び構えを取る。

 今度はシュカから仕掛けるようだ。

 彼女の体が低く沈み、力をグッと溜める。


 「魔闘術――烈火 火砕流」

 

 シュカが相手の懐へと突っ込んだ。

 しかし、その勢いは先程の彼には劣るもの。


 けれど彼女には技がある。

 外の世界に出て鍛錬を積んだ彼女にとって、単純な身体能力はあまり問題ではない。

 

 「シッ……!」


 獣人の男がカウンターの拳を突き出す。

 それに対してシュカはただ体を捻った。

 まるで腕に絡みつくような挙動で、彼女は拳を回避しつつもゼロ距離まで接近してみせた。


 体が密着したゼロ距離からは逆に打撃が繰り出しにくい。

 しかし、シュカは相手の腕を掴むと足を払い、見事な投げ技を繰り出した。

 

 「フッ……!」

 「ぐッ……」

 

 背中から地面に叩き付けられた彼はその場に倒れ込む。

 しばらくの間立ち上がろうともがいていたが、体に力が入っていないようだ。


 「……参った。俺の負けだ」

 

 立ち上がることができなかった彼は、素直に負けを認めた。

 模擬戦はシュカの勝ちだ。


 周囲で見学していた獣人たちがどよめいた。

 立会い人をしていたヒルデも興味深そうにシュカを見ている。


 「……これは正直驚いたな」


 ヒルデの第一声に、シュカはフンと鼻を鳴らした。


 「舐めてたってことだね」

 「……ああ、見くびってた。悪かったな」

 

 その言葉を聞いて、シュカは色んな感情の乗った表情を浮かべた。

 どんな風に反応したらいいか分からない。そんな戸惑いが見てとれた。

 

「シュカ、良かったじゃねえか」

 「キョウ君……?」


 俺が声をかけると、彼女は不思議そうな顔をする。


「お前を生まれだけで馬鹿にしてた奴らが、お前の実力を見直したんだ。これ以上に嬉しいことあるかよ」

「……ッ!」


 俺に言われてようやく、シュカは自分の感情に整理がいったようだ。


 「ハハッ……アハハッ、そうだね。――僕は勝ったんだ。あの時、羨ましくて堪らなかった戦士に」

 

 感極まったように言う彼女は、どこか晴れ晴れとした表情をしていた。

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