次の戦いへ
獣王国で数日間の休みを取った後、俺たちは参謀であるルピナに呼び出された。
彼女から現在の戦況を改めて説明される。
カロンという補給線が復活したことにより合成獣たちに優位を取った獣王国は、あれから敵勢力の分析に力を注いでいたらしい。
「戦士たちの調査によって、魔王フランチェスコが根城にしている場所が分かった。獣王国において住む者のいない荒地の果て。そこに、今まで存在しなかった建物ができていた」
ルピナは机上に広げた地図の一点を指さした。
獣王国の国境線を示す線の近く。
この国の果てとも言える場所に、根城は存在していたらしい。
フランチェスコの根城──すなわち魔王城は、即席で作られたとは思えないほどの立派な造りだったという。
3階建て、石造りの城。合成獣の身体能力を活かして作らせたのだろう。
「そこを攻め落とせば、フランチェスコを倒せるんだな?」
俺の問いにルピナが頷く。
つまり、この戦いに勝てば「助けて欲しい」という願いに応えられるということだ。
女の子のお願いを叶えるためだ。
自然とやる気も出てくるというもの。
「ただし、周囲には多数の合成獣が配置されている。無策に突撃すれば、いくら獣王国の戦士と言えど返り討ちに遭うだろう」
「なんだよ、見つけただけで何もできないってことか?」
「やってやろう」という気勢を削ぐような言葉に反発すると、ルピナは小さく首を横に振った。
「違う、事前の準備が必要という話だ。我々はこの魔王城の兵力を外へと誘導し、戦力を削る方策を考えている」
ルピナは再び地図に視線を落とすと、魔王城前に存在する何もない空間を指さした。
「この平原での合戦を第一戦として、敵の戦力を削る。そしてすぐさま第二陣を編成、魔王城へと突撃する」
そこまで言ってから、ルピナは少し迷ったような様子を見せる。
先ほどまで淀みなく話していた彼女の様子に、俺たちの視線が集まる。
「……そして、魔王城へと突入する戦いでは、お前たちの力を貸して欲しい。頼む」
やがて彼女が頭を下げた。
真っ先に反応したのは、この国出身の彼女だった。
「へえ、余所者に頭を下げるんだね」
シュカが冷たい声でルピナに言い放つ。
「ああ。前の私ならば絶対にこんなことしなかっただろう。狼は誇り高き種族だからな。……だからこそ、これは私なりの誠意の示し方だ」
彼女の瞳は真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「……だってさ。どうするのキョウ君」
その様子を見たシュカは、どこか毒気が抜かれたような様子で俺に問いかけてくる。
どうやら彼女なりに納得がいったらしい。
「決まってるだろ。助けて欲しいって言われたんだから、最後までやる。元々、魔王を倒すために来たんだからな」
俺の答えを聞いたルピナは、安心したように一息ついていた。
◇
作戦はこうだ。
第一陣として出撃した獣王国の精鋭戦士たちは、魔王城の城壁へと攻撃した後、ただちに後ろに下がる。
想定外の防壁に怯んだと見た相手が追撃に来た際に、すかさず隠れていた兵力を集め迎撃する。
予想外の反撃に怯んだ合成獣が魔王城へ撤退するタイミングで、こちらは魔王城攻略の為の本隊を突入させ、一気に城内へ侵入する。
ルピナはこの作戦について、「簡単な作戦にはならないだろう。だが、我が国の戦士たちなら必ずやり遂げるだろう」と言ってのけた。
共同戦線を張るなら、顔合わせくらいはした方がいいだろう。
ルピナがそんなことを言いだしたので、俺たちは戦士たちの集まっているという訓練所まで来ていた。
訓練所に近づくと、中から威勢の良い声が聞こえてくる。
手合わせの最中なのだろうか、拳を叩きつける音や激しく肉体同士がぶつかり合う音がする。
王国で見た騎士たちよりもかなり荒々しい印象だ。
そんな中に入っていって、俺たちはひとりの獣人に引き合わされた。
「カロンを解放した勇者様だとか言うからどんな奴が連れて来られるかと思えば……意外と普通の人間だったな」
俺たちを迎え入れた戦士は、開口一番そう言った。
片目の潰れた、狼の耳を持った獣人だった。
年は30代くらいだろうか。
年齢がはっきりと分からないのは、彼の顔がかなり獣の特徴を色濃く残しているからだ。
顔をうっすらと覆っている体毛は黒くしなやか。額のあたりまで覆うそれは、ヒゲと呼ぶには少々異色に見える。
他の獣人たちはここまではっきりと毛が残ってはいない。
瞳孔にも特徴があり、通常白目があるだろう部分は黄色になっている。狼の瞳を思わせるその特徴は、同じく狼の耳を持つルピナにはないものだ。
「俺はヒルデだ。今は戦士長としてこいつらを纏める立場にある。まあ、俺はだいぶ普通の人間とは違うからな。ちょいと嫌かもしれんが、まあよろしく頼むよ」
含みのある言葉を言って、彼は笑った。その物言いに、後ろに立つヒビキが少し眉をひそめたのが分かる。
正直、俺にはその意図があんまり分からなかった。
ただ、1つだけ俺にはどうしても聞きなければならないことがあった。
「なあオッサン、あんた結婚ってしてるのか?」
「……は? まあ、してるが」
戸惑った様子の彼の返答を聞いて、俺は大きく前に乗り出した。
「ってことは……ケモ耳の嫁さんが家で待ってる……ってコトか!?」
「あ、ああ」
「うおお、最高じゃねえかそれ!」
なんて幸福な人なんだ……!
感動のあまり、次の瞬間には俺の脳内に妄想が溢れ出した。
疲れ切った体を引き摺って家に帰ると、嬉しそうに耳をピクピクさせた女性が俺を迎え入れる。
一緒にご飯を食べながら彼女の口から覗く八重歯を眺めたり、嬉しそうに尻尾を振っているところを見てこっちまで嬉しくなってきたり。
夜になってベッドに入ると、隣に寝転ぶ彼女が何かを期待するようにそっと尻尾を俺の足に巻き付けてきたり……
「いい……とてもいい」
俺はその光景を想像して恍惚と呟いた。
俺の様子を見たヒルデは、だいぶヒいていた。
「まあなんだ。この国では結構当たり前のことなんだが……そんなに憧れるようなものか?」
「当たり前じゃないですか! ケモ耳美少女はファンタジーにおける鉄板中の鉄板、王道中の王道ですよ!」
当たり前……? このオッサンは自分がどれだけ幸福なのか分かっていないのか!
「キョウ落ち着け……お前相当気持ち悪いぞ……」
ヒビキから呆れた声でたしなめられる。よく見れば、後ろにいるシュカとソフィアもジトッとした目でこちらを見ていた。
「いやでも、オッサンに自分がどれだけ幸せなのか教えてやらないと……」
「だから、この国では当たり前なんだろ……」
そんな風にヒビキと言い合っていると、それを見ていたヒルデは突然笑い出した。
「……ハッハッハ! なんだ、変に身構えてた俺がバカみたいだな。悪かったよ勇者様。偏見の目で見ていてすまなかった」
ひどく上機嫌な彼が右手を前に出してきたので、俺はそれに応じて握手を交わす。
「おお、よく分からんがケモ耳の奥さんによろしくな。ちゃんと幸せにするんだぞ」
「言われなくてするわ」
そう言って、彼はどこか自慢げな笑みを見せた。




